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成長、彼の情
3-17
しおりを挟む書類の整理を再開してから凡そ3時間半、最低限の会話をしながらもなんとか無理矢理に終わらせる事ができた。
カスパルもセスも口には出さないものの、膨大な書類の量と途方も無い作業に明らかな疲れの色が顔に現れていた。
「セス、連日手伝わせてしまってすまないな。」
「いえっ、また直ぐにお呼びください!」
身体を捻って伸ばすカスパルに、セスはピシッと軍人らしく敬礼する。
そんなセスに一度笑いながら、ありがとう。と言葉を返した。
セスは言い難そうに、気まずげな表情で口を開いた。
「先程は、出過ぎた発言を…本当に申し訳ありませんでした。
俺は、どうしても…」
「いいんだセス。
心配してくれているんだろう?
嬉しいよ。」
カスパルはセスの言葉を自分の言葉で遮り、する必要のない懺悔を止めた。
カスパルの言葉を聞いたセスは、一度とても嬉しそうにはにかみ、勢い良く一礼をしてからその部屋から退出していった。
少年らしく、走り去る姿はどこか犬みたいだなと少し可笑しく思いながら、やっと元通りになった仕事部屋を見渡す。
あまり意識していなかったが、随分とこの部屋には重要でないものから機密事項のものまで膨大な書類が詰め込まれていたなと感心してしまう量の書類が一時ひっくり返された。
もうこの仕事は二度とやりたくないな、と少し自虐的に笑ってから、カスパルも外の空気を吸いに行くため仕事部屋を出た。
空はもうすっかり赤く染まり夕日の綺麗な時間帯に差し掛かっていた。
宮廷も続く窓から夕日が差し込み煌びやかな装飾がキラキラと反射している。
流石、宮廷は贅を尽くした建物だなと思う。
レグランドの伝統装飾はルージッドのものよりも些か派手だが、色とりどりな花束を鑑賞しているようでカスパルは嫌いではなかった。
そんな事を思いながら、何をするでもなく宮廷内をゆっくりと歩いていると、遠方から歩いてくる見知った人物を見つけた。
相手もカスパルに気付いたようで、軽く片手を上げてみせる。
「誰かと思えば、調子はどうだカスパル。」
「そっちこそ。
宮廷に呼ばれたのか小風。」
小風は別にカスパルに会った事に嬉しそうな表情でもなく、いつも通り飄々としている。
少し違うと言えば、カスパルと同じ様に若干の疲労の色が見えるくらいだ。
「審問帰りだよ。
…全く、宮廷の奴らは馬鹿馬鹿しい事にしか力を発揮できないのか?」
言葉のあちらこちらに隠しもしない苛立ちと宮廷嫌いな臭いをぷんぷん匂わせる小風にカスパルは思わず可笑しそうに声を出した。
「はは、違いないな。」
小風は一度辺りを見渡してから腕を組んでカスパルに目線を向けた。
その表情は先程よりも鋭さを増した様に思える。
「君の噂を聞いたよ。」
その言葉だけで察したカスパルは疲労の顔を伏せてああ、と返す。
宮廷内で引っ張りだこの噂なのだから知られて当然なのだが、旧友に知られることは何だかカスパルを寂しくさせた。
「他国のスパイだのなんだのと格好の噂の餌食だね。
君を心配した事など一度もなかったが、今回ばかりは僕も気分が悪いよ。」
こんな重要なポジションに、戦力になるからと上層部自らカスパルを配置しておいて怪しむなど頭が足りていないにも程がある行為であると小風は眉を寄せる。
さらに小風としては、カスパルが宮廷の中からシムを守ってもらわなくては困ると思っている。
こんなくだらない足枷で身動きが出来なくなってしまうのは本当に御免だった。
街を巡回し熟知する小風からしてみれば本当のスパイがどこの誰なのか明白だった。
もう一人一人尋問していては間に合わないくらいスパイも反乱分子も日常に紛れ込んでいることを国の上層部は掴めていないのだ。
しかし小風も審問で真のスパイがどのような者なのかを言うことは一部憲兵隊の同僚を売ることにも直結するため口に出すことは出来なかった。
故に間接的にカスパルを救うことを放棄したに過ぎないのだ。
そんな自分にも小風は怒っていた。
気分を害する小風にカスパルは驚いた。
そんなカスパルを見てもちっとも心など癒されないと、小風はため息を吐いてから肩の力を抜いた。
「まあ…ルージッドに戦争をしかける余裕はないだろうな。
自国の民すら統率が間に合っていないのに。」
それはそうだな、と重苦しくカスパルは返事を返す。
確かに最近小風からも周りからも市民の暴動や貴族の被害の話が目立つ。
把握しきれていないのは一目瞭然だ。
さらに言えばこれから国自体が改宗するなど前代未聞な事が起きようとしているのだから、まさに火に油を注ぐとはこの事だった。
しかしまだ改宗のことは決定事項ではないため、カスパルは今の時点で小風には黙っておくことにした。
小風は少し秘密のことを言うように声のトーンを落として静かに告げる。
「これは僕の勘だけどね、この国は近いうち革命が起きるよ。
きっと王族は倒される。」
革命が起きる。
そのきな臭い噂は暗に宮廷内でも聞いたことはあったため、カスパルは驚かなかった。
小風の表情は噂程度の話題を振っている雰囲気ではなく、確実に起こる未来を見透かしているように真剣な眼差しで、カスパルは険しく顔を歪ませた。
もし万が一、革命が起こったら国民と戦うのは憲兵、王族を守るのは護衛軍だ。
国民を守る筈の機関が国民に牙を剥くこととなる。
カスパルは自分の心配よりも国民に手をかけるその日が来ないことを切に願っていた。
そしてもしもその時が来たら、カスパルは一人であることをしなければならないと覚悟も固めつつあった。
「そうならないことを願いたいな。」
カスパルは少し困ったように肩を竦めれば、小風もいつもの態度に戻り、組んだ腕を解く。
「どっちに転がっても君は地獄そうだけどな。」
まあ僕もか、と皮肉を溢しながら小風は窓に目をやった。
赤かった空は段々と紫を垂らしていったように美しいグラデーションに移り変わっていっていた。
「それじゃあ、僕は疲れたから帰るよ。」
カスパルは会えて嬉しかったように、柔らかく微笑んで片手を挙げる。
「ああ、お疲れ。」
小風は一度カスパルをじっと見てから、ふいっと背中を向けて歩き出しながらも片手を挙げた。
「まったくだよ。本当に疲れた」
それだけ言って小風のしなやかな影は宮廷の先に消えていく。
後ろ姿を眺めながら、カスパルは小風の微妙な立場を按じる。
東洋で育ち、ルージッドで学び、レグランドに従属、何処から疑われてもおかしくないその経歴は審問の連中の格好のカモだろうに、小風は何を言われてきたかについては何も言わなかった。
それは果たして言う程の価値がない内容だったのか、カスパルをこれ以上心配させないためだったのかは定かではない。
そして小風も赤紫の廊下を渡りながら、密告をする者達について考えていた。
審問でも、カスパルにもとても言えない。
最早憲兵隊の殆どが、王族から国民に寝返っているだなんてことは、小風の口からは言えないことだった。
深夜、城下町一の大通りに近い酒場は、この時間帯が一番の掻き入れ時なのか異様な盛り上がりを見せていた。
酒場は昼間美味しいオムライスの定食も提供している、地元の者達にとても愛されている酒場である。
その中ではあまり綺麗好きとは言えない男達や、ボロボロのワンピースを着た女達、疲れた顔を闘志に燃やした者達がひしめき合い、深く帽子を被った若い男の周りに集まっていた。
「この国はずっと、王族の玩具にされて来た!それはこの国が始まってから今に至るまでだ!
その皺寄せはいつも誰に来た?」
帽子の男は声を張り上げ、集まる者をけしかけた。
周りの者達はグラスや猟銃、拳を高らかに掲げながら男の言葉に勢い良く参道する。
「俺達だ!!」
「私達よ!」
同調する者達は一様に皆憤怒をありありと顔に掲げている。
「そうだ俺達だ!
今まで散々、飢えにも病気にも怯えがら王の戯言に翻弄され、貴族共に屈服してきた!
これからもずっとそうか?
これからもずっと贅を極める無能達に、税を納め続けるのか?」
「もう御免だ!!うんざりだ!」
「俺達はその為に働いている訳ではないんだ!」
帽子の男は労わるように、大きく大きく頷いてみせる。
その男が肯定の動作をする、それだけで集まる者達は勇気付けられ何でもしていいのだと錯覚に似た麻薬を注がれる。
ここにいる皆の気持ちは怒りや焦り、高揚感で血走っている。
「そうだ、俺達は決して貴族の為に働いている訳ではない。
自分たちが生きる為だ!
生きる為にはそれを妨げる者も虐げる者も絶対に許してはならない!
その為にはどうしたらいいかもう分かってるだろう?!」
その帽子の男の掛け声でその場の興奮も怒りも最高潮へと駆け上っていく。
「貴族を倒せ!!」
「政治を王族から奪うんだ!」
「俺達の怒りをぶつけてやろう!思い知らせてやれ!!」
男はニッとその場に似つかわしくない好青年のように白い歯を出して爽やかに微笑んだ。
「そうだ!
王族を潰すんだ!」
その言葉に皆は高く高く拳を上げた。
そうだ!王族を潰せ!!と高らかに声を張り上げながら、何度も何度も拳を上に突き上げるのだった。
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