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成長、彼の情
3-18
しおりを挟む翌日の朝、大通り近くの酒場は黒い制服を着た憲兵隊に囲まれて物々しい雰囲気に包まれていた。
憲兵隊に今日の朝方、通報が一件。
酒場で反乱者達が集会を行い王族を卑下する発言を繰り返していたという報告があった。
通報があった以上、そのような事実があったのか確かめなくてはならず、渋々酒場に集まった憲兵隊の男達の顔にやる気は全く無かった。
何故なら大半は、酒がまだ抜け切れていないのか夜更かしでもしたのか元気の無い顔の者達ばかりだからだ。
形式ばかりのこんな捜査に意味なんて欠片もない。
昨夜集まった者の中に、途中で同調することが怖く思ってしまった小心者が、自分だけが小狡く通報でもしたのだろうかと憲兵は一様に思っていた。
その憲兵隊の中に小風も駆り出されていたが、小風も同様やる気の欠片も無く、早々に酒場の椅子を引っ張って座り込んでしまう。
他の者が店主に事情を伺うも、そんな事は起こっていませんという台詞しか勿論出てこない。
なんなら今駆り出されている憲兵隊の中にも昨夜ここにいた者がいるのだろう、口裏合わせはばっちりといった空気だった。
そんなお芝居の様な事情聴取を遠くから眺め、小風はほんやりと
していた。
「おうおうキンバリー、いつもより眠そうだなー。」
同僚が人懐っこい笑顔を浮かべて小風の隣にどかりと座ってきた。
小風の中で馴れ馴れしく接するこの男は、嫌いでも好きでも無い無関心の部類に分類されている同僚だった。
「そりゃ、朝からこんなくだらない事で呼び出されたんだから、眠いだろ。」
飄々と同僚を一度も見ずにさらりと言う。
自分もこき使われているものだなと溜息吐く。
「本当だよな!ったく、参ったぜ。」
何時もよりも異様にテンションの高い同僚をうざいと思いながら小風はテーブルに肘をつく。
「こんなに人はいらないだろう。
僕帰っていいかな。」
気の無い言葉を発しながら小風は心底つまらない気持ちでいっぱいだったが、同僚は大袈裟に慌てておいおいと口を開く。
「一応仕事だぜー、おい。
……なあなあ、お前この噂聞いた?
何でも、護衛軍の隊長さん、実は他国のスパイだったって話らしいぜ?
突然ルージッドが乗り込んできたらどうする?」
不意に声のトーンを落とし、とても楽しいことを言う子供のように最近手に入れたらしい噂を小風に披露してはしゃいでいる。
同僚に内心苛つくものの、そこで小風が怒るのも変な話になりそうなのでそのまま無表情でいることにした。
「ああ…あの噂か。」
特に食いつかない小風の態度が少々不満だったのか必死にその話題を盛り上げようと息をあげる。
「本当だって話らしいんだよ!
だって怪しいじゃなえか、レグランド出身でもない癖に健気に仕事だけ頑張ってると思うか?
絶対裏があるに決まってる。」
小風は静かに、しかしとても凍て付いた雰囲気に変わる。
(あいつは馬鹿みたいに健気に仕事を頑張る、そんな男だって分かってないな。)
心の中だけで反論する小風は苛々が溢れ出て仕方が無かった。
よく知りもしない人間を、噂一つで愚弄出来るものだと感心する程の最低な人間っぷりに、最早哀れにさえ思えてきた。
小風は意地悪く笑いながら初めて同僚を睨み付けるように目を合わせた。
「そうだね。
僕もここの出身じゃないしね。」
同僚は小風の言葉に初めて自分の言葉が小風をも攻撃していることを認識したらしく、まずい、と言葉を詰まらせながら顔を青ざめさせた。
「わ、悪かったよ…キンバリー。
お前は信用してるってことで……ははは。」
同僚は何とか冗談で済ませようと笑ってみせるが、小風はもう会話は終わったと判断し立ち上がって扉の方へと向かう。
「あっ、待てよキンバリー!
じ、じゃあこの噂は知ってるか?!」
同僚は驚きながら、去ろうとする小風を必死に引き止める。
その際も何とか機嫌を直そうと無駄な足掻きが男をさらに滑稽に見せた。
しかし小風は無情にも振り返ることなく扉に手をかける。
「もう喋らないでくれよ、苛々する。」
それだけを言ってから今度こそ扉に手をかけ、酒場から出て行った。
清々しい程の職務放棄だった。
教会はいつも通り穏やかな時間に包まれている。
そこには一人の庭師の青年とご老体の神父がいるだけの静かな空間だった。
作りかけの庭もウサギ草を中心にじわじわと外壁を固めるように苗や株が植えられてゆき、清潔感のあるハーブガーデンの内壁が出来上がろうとしていた。
とは言っても一本一本はまだまだ生えたてに過ぎないので土は剥き出しに近い貧相な見た目だが、それでも教会を囲うように円形で、四つの路が其々外に向かっている形であることは見て取れるまでになってきた。
シムは教会を守るウサギ草の外側に次の薬草を植え終わっていたところであった。
この草はウサギ草程大量に植えようとは思っておらず、一本の線の様に植える予定だったので幾分早く作業が終わる。
この草はリリーマと呼ばれるハーブで、些か香りの強い品種。
そのためシムは庭のほんの香り足しのために使った。
リリーマはハーブティーとして有名で、誰でも簡単にもぎ取り煎じて飲むことが出来る。
シムは神父にも是非飲んでもらいたいという気持ちを込めて、この草を使うことを決めた節もあった。
神父ベイジルはいつも通り教会の側でゆっくり着実に完成に向かっていく庭を、杖をつきなぎら何を言うでもなく眺めていた。
「…。」
鳥の鳴き声とザクザクと土の掘る音、そして草が風に揺れる音。
ベイジルは心地よく目を細める。
言葉に決して出さないが、ベイジルはここに来て久しぶりに面白い男にあったな、と常々思っていた。
自分が庭を預けることを承諾したあの時のことを考えても、よくこんな細っちょろい奴に説得されたものだと自分でも意外に思い続けていた。
しかし今こうして庭を弄るシムの姿は、聖母にも似た穏やかさと逞しさと、そして優しさを体現しているように思えた。
ベイジルを説得したあの日は、確かに彼から明確な強さを感じた。
見た目も特段美しくなければ喋りが壊滅的に下手で恐らく女性には全くモテ囃されないだろうが、根は芯が通っていて男らしく優しい人間だと評価していた。
現に教会の一番近くに植える草について何だか執拗に悩んでいたし、何よりそれを先に植えて教会を護り、そして今そのウサギ草はこの教会を虫から護っている。
きっちりとベイジルが訴えた苦言を、受け止め答えを導き出している。
ベイジルは素直に嬉しかった。
だからこそ最期まで、せめてこの庭が完成するまでベイジルは見てみたかったし、それを心から楽しみにしている自分もいた。
しかしそれはもう出来ない様だな、と改宗を言い渡されたことを思い出した。
ベイジルは神父、一度支えると心から誓った神を違える選択は有り得ない。
この国が本当にその判断を下す時は、ベイジルがこの場所を去る時だった。
遠くで丸まっていたシムは一度顔を上げ、ずっと見続けるベイジルに嬉しそうに微笑んだ。
「神父様、外寒くない、ですか?
陽の当たる所に、椅子を置きましょうか」
「いいから仕事続けい。」
ベイジルが庭を見てくれているのは嬉しいと、彼は前に笑いながら言っていたことがあった。
全身泥だらけ、手なんかもっと酷く、髪もぼさぼさ。
そんな青年が草に囲まれ柔らかい微笑みを浮かべながら暖かい太陽に照らされているその姿は、その時のベイジルには確かに聖母のように見えていた。
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