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成長、彼の情
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しおりを挟む「ウサギ草とリリーマの後は、何を植えようと思っているんだ?」
図書館でカスパルの弱音を聞いた後、カスパルとシムはこの時間を名残惜しむ様に、庭に植える次の植物の資料を広げていた。
広げていたと言っても読み解くのは所詮カスパルで、その横で綺麗な花の絵に指を指すのがシムの仕事だった。
「まだ、決定じゃない、ですけど…。
大輪の…そうですね、秋冬に咲く、ような、薔薇を考えてます。」
カスパルはそうかと頷く。
逐一カスパルに庭の進行状況を説明しているため、シムと同じレベルで庭のことを把握しているにも等しいカスパルは、どんな風に植えられるだろうと想像した。
シムは希望を言いながらも、そんな品種がはたして存在するのか手に入るものなのかもまだ把握できていない。やはり日々勉強は必要だと痛感した。
大輪をつける品種の薔薇は大体春に咲くものなので、秋冬という過酷な季節に大輪をつけるものがあるのだろうか。
しかし目が寂しくなってくる秋冬にこそ元気を出させてくれる花が必要だとも思っていた。
それからシムは何やら頭で深く考え始め黙りこくる。
黙り込むのは考え詰めている証拠だと、シムを分かってきたカスパルは何も言わずに難しげに黙るシムを眺めて楽しんだ。
そして少し時間が経ち結局カスパルが読み解いてくれた本と図鑑を借りて勉強することにし、カスパルとの本日の談話が終わろうとしていた。
楽しみにしていた時間は疑う程に早く過ぎてしまうもので、シムは本を持ちながら言い知れぬ寂しさに肩を落とした。
「今度は庭を案内してくれ。」
カスパルはいつもの太陽の様な朗らかな微笑みでシムの頭を撫でる。
こうしていつもシムが寂しさに沈んでしまうと次のことを想像させてくれるようなことを言ってくれる。
大人の余裕とはこのことだろうか、とさして年齢の変わらないシムはカスパルの成熟した人格を実感した。
そして今日もそのカスパルの言葉に胸は嬉しげに鼓動を早めた。
「はい!
俺、頑張り、ます…!」
また大切な予定が出来た。
普段人と会う約束などしないシムにとっては嬉しい予定が出来たのだった。
カスパルは最後に名残惜しげに一度、シムの頬に大きな手で触れた。
嬉しそうに帰っていくシムの後ろ姿を見送り、誰もいなくなった暗い図書館の扉を閉めた。
図書館から出ると廊下はすっかり薄暗い。
日中そこら中で貴族達が井戸端会議をしている場所だなんてとても思えない程に静かな場所となる。
しかしシムはこの硬質な雰囲気を纏う宮廷特有の暗い廊下が好きだった。
図書館から自分の部屋までの暗い廊下は、いつしか頭を些か整理する時間にちょうどよかったからだ。
時には勉強が出来ることになって嬉しいという気持ちを噛み締めたり、小風との友情や感謝に何が返せるのだろうと考えたり。
そして今日はカスパルのことを考えていた。
シムは本を両手で抱えながら、最後に触れてくれた手のひらの暖かみに奇妙な身体の火照りを感じていた。
カスパルに会えることはとても嬉しい。
シムがカスパルを慕っていたとしてもそれを言わなければ、それはないことになる。
このままあわよくばずっとこのような関係だと嬉しいと思う。
しかしカスパルが、前に会った時に触れてくれる様になった頬にだけは、またそれとは違った特別な、独特な感情が迫り上がってきているのも事実だった。
(カスパルさんがその大きな手で触ってくれると、自何だか変になってしまいそうだ。なぜだろう…。)
擽られている訳でもないのに全身がくすぐったいような、運動もしていないのに鼓動が速くなるような。
カスパルの側は落ち着き穏やかな気持ちになるのに、身体だけはそれに反発しているようでシムはシム自身のことに大変戸惑っていた。
もうこのような訳の分からないことを考えても埒は開かない。は止めよう、とシムは一度大きく首を振る。
今は庭に集中しなければ、作業を怠ればあっという間に秋が来てしまうのだから。
突如、自分の足音ではない他の音に気付きシムは咄嗟に足を止めて驚いた。
今までこんな夜に誰かに会うことは無かった。
異音は誰かの不規則な足音の様に思えた。
(どうしよう…貴族の方と鉢合ってしまったらまずい…)
シムの図書館の閲覧許可は貴族達との接触を避ける為に夜に設定されているので、鉢合って一悶着起こってしまうと図書館の閲覧許可を剥奪されかねない。
シムはスピードを速めて早く足音から過ぎようと急いだ。
しかしその足音は一度パタリと止んだ後、いきなり大きな音と鈍くぶつかる音に変わり側にあった階段の上から聞こえてくることが分かった。
「お、落ちてくる…」
この音はまさに転げ落ちる音だった。
だとしたら一大事だ。
落ちてくる音に気づくのと黒いマントを被った小さな人影が不規則に転げてくるのを視界に捉えるのは殆ど同時期だった。
その時シムには見つかってはいけないことや貴族達と接触する危惧は頭から離れ、反射的に本を手放して受け止めるために急いで走った。
「うっ!」
しかし走り出したのも少し遅かった為、受け止めることはできたが自分が後ろに大きく倒れてしまい背中を打ち付ける。
身を呈して落下を止める様な形になってしまった。
強く打った背中と手の痛みに耐えながら苦しげに眉を寄せる。
それでも自分が無事受け止めた黒いマントの人物に怪我があるかもしれないとシムは痛みに耐えながらすぐに身体を起こして身を案じた。
「だ、大丈夫、でしょうか?!」
自分の身体の上に乗る人物に心配気に声をかけたところで、シムはたった今さっきまで考えていたことを思い出し顔を青くさせた。
貴族達に鉢合ってしまったら閲覧許可を剥奪され兼ねないと考えていたところだったのに、鉢合うどころか咄嗟に身体を受け止めてしまった。
この汚い庭師の身体で。
相手の安否だけを考えてしまい失念していた。
やってしまった、と後悔が押し寄せるがシムの身体から動かないこのマントの人物も見える部分で怪我はなさそうなので、小風に相談してみようかと苦悩した。
マントの人物は漸くそろりと深くかぶった布から顔を表していく。
その顔にシムは思わず息を飲んでしまった。
その顔は潤いを失ってカサつき頬もこけ、髪もバサバサと手入れがされていない老婆の様な髪質の長い髪の子供なのか老婆なのか分からない見た目をしている。
何よりシムが驚いたのは、その顔に痛いほど見覚えがあったからであった。
忘れるはずもない、自分が長く仕えていた屋敷の…。
「ジェーン、様……。」
ジェーンもシムを見て目を見開いていた。
こんなところで再開するとはお互いに予想など出来るはずがない。
シムは悲し気に眉を寄せた。
自分の知っているジェーンはこんな容姿ではない。
一体この数ヶ月、ジェーンに何が起こってしまったのだろう。
この変貌をカスパルは知っていたのだろうか、様々なことが頭を巡る。
そして変わり果てたジェーンからは、強い孤独とまだ幼い子供特有の直接的な絶望と言う感情がびしびしとシムに伝わってきていた。
あんなに可愛らしいお嬢様だったのに、まだ14才の可憐な少女だったのに。
シムはジェーンから一度も目を離さず、予期しえ無かった悲しい再開に目を細めた。
「お怪我は、ありませんか…?」
ジェーンが退かないためシムは倒れた時の体制から立て直すことが出来ず、その言葉だけを告げる。
「…っ…ふぅうっ…」
するとジェーンは突然隠しもせずに顔を大きく歪めて、その瞳からは大粒の涙がボロボロと溢れ出した。
制御が壊れた様に次第に大きな声を出して泣き始める。
「ジェーン、様?!どこか、どこか痛い、のですか?!
やはり、お怪我が…!」
それに大変慌てたのは勿論シムで、突然自分に乗っかったまま大泣きをする少女にどうしていいかと焦り恐る恐る背中を摩った。
しかしジェーンは全く泣きやまず、静かな廊下にジェーンの大きな声が木霊した。
このまま泣かせるとジェーンの泣き顔が誰かに見られてしまう。
シムは周りを見ながら尚も背中を摩り続け、ゆっくりと声を掛けた。
「…わ、私が!お送り致します。
お部屋は、どちら、ですか?
おぶらせて、いただきますね。」
ジェーンは目元と鼻先を真っ赤にしてむせび泣いている。
シムの言葉を聞くや否や子供のように、嫌々と首を幼稚に降った。
「もど…たくない!!か…りたい!!」
そんな舌足らずな言葉を何度も何度も繰り返し、流石にシムも困り果てる。
こんなに錯乱し取り乱すジェーンなど一度も見たことなかったため動揺した。
ジェーンにもう部屋のことを尋ねるのは難しいと悟るが、ここに放置することも出来ないのでシムは一度考えた。
「ジェーン様、落ち着いて、ください。
大丈夫です、大丈夫、ですよ。」
未だに声を出して泣くジェーンの背中を摩りながら落ち着かせようと一緒に深呼吸をしてみせた。
ジェーンも泣きながらではあるが、シムの口元を伺いながら深呼吸の真似事だけしてみる。
しかし一向に嗚咽で乱れた呼吸は治らない。
「わ……私の、部屋に、行きましょう。
そこで、少し落ち着き、ましょう?」
そのシムの横顔は静かで優しく、少女を介抱する姿はまるで兄の様に頼もしかった。
ジェーンもシムの提案に、そこなら身を隠せるかもしれないと思いうんうんと首を縦に振る。
「立て、ますか?」
シムが問うと涙と鼻水を垂らしながら小さく頷き、漸くシムの上から退く。
しかしその震え弱りきった足腰で立とうとする動作はシムが見ていても大変危うく、慌ててシムの方が先に立ち上がりおぶる姿勢を取るように屈んだ。
ふらふらと倒れそうになりながら立ち上がったジェーンは、すぐ側でおぶる姿勢で待機しているシムの背中に甘えるように身体を預けた。
シムは人をおぶった経験など一度もなかったが、それでも今はそんなことで躊躇しているどころではなかった。
ジェーンの低すぎる体温がシムの背中から伝わる。
相変わらず漏れ出る激しい嗚咽を耳のすぐ側で感じながら、シムはジェーンの下に手を回して立ち上がった。
(なんて軽さだ……)
驚く程の軽さに逆に狼狽えてしまい、無駄に力んでしまう。
そうしないと壊れてしまいそうだと反射的に力を入れてしまった。
これでは大きな鉢を運ぶ方がよっぽど重い。
人一人、こんなに軽いのはよくないのではと考えを巡るが、とりあえずジェーンを落ち着かせここから避難させることに頭を変える。
シムは慎重に慎重に上に乗る軽くなってしまったジェーンを労わりながら進んだ。
今日借りて来た本達を廊下に残して。
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