テューリンゲンの庭師

牧ヤスキ

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成長、彼の情

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シムの部屋にあるものでは所詮大した治療は出来ないものの、血はすっかり止まり化膿も防げそうな程には清潔にすることが出来た。

そしてジェーンも先ほどより幾分落ち着きを取り戻した様で、啜り泣き程度に収まっていた。


これからどうすればいいのか、その事についてお互いにシムはジェーンの手にガーゼを巻きながら、ジェーンはシムの手当てするその手を見つめながら考えていた。

これから先のことを考える事にもうジェーンは逃げていなかった。
シムがいてくれると思うと向き合う勇気が生まれるようだった。

そしてジェーンはきちんとレグランド王妃に謝罪をしようと考えていた。
これまでの事や国王との間に出来た子の事、そして故郷に帰る許可を頂きに。


「シム、私…テューリンゲンに帰るわ。」

シムはいきなり発されたジェーンの言葉に驚き顔を上げる。


「妊娠したことはもう、嫌だと思っても仕方がない…。
けれどこんな所では…産みたくもない。」


シムはジェーンの決断に、既に産むという事を自身で受け入れつつある姿に小さな少女から偉大なる母の影を感じた。
シムは否定の言葉を飲み込む代わりに切ない思いが胸に広がった。

腹に子さえ出来なければもっとジェーンは宮廷で楽しく過ごせたのかもしれないと思うと、やはり加害者に対しての強い怒りの感情は消えない。
さらにシムも、テューリンゲン夫人に見ている様にと言われ一緒に入廷した身でジェーン1人を返してのうのうと庭を作り続ける訳にも行かなくない。

カスパルの事や作りかけの庭の事、まだまだ話し足りない庭師との話や神父ベイジルの事全て中途半端なまま退廷するというのは寂しく辛いが、命が関わる中でその様な事は言っていられない。


「ジェーン様が、退廷されるなら私も、ともに帰ります。
私は貴方の、お付きで、来た身ですから」


シムが長い時間考え出した回答はやはり一緒に帰るの一言になった。
烏滸がましくも兄の様な気持ちもないとは言えず、14歳の少女を放っておく事は出来ない。

するとジェーンは少し眉を吊り上げて叱るような目つきをしながら首を振る。

「シムはここに残りなさい!
王妃様が貴方の入廷を望んだのよ。
途中で投げ出したりなんかしたれそれこそ大罪になるわ。」

それに、と幾分か影を落としてジェーンは話を続ける。


「…付いてきたのは私なの。
シムは私のお付きなんかじゃないわ。」

だからいいのよ。ジェーンは 少し自分を蔑む様な笑みを浮かべてその事に関してはもう口にしなかった。

シム自身ジェーンに反対されたとしてもジェーンが帰るのであれば夜に逃げ出してでも着いて行くべきだと考えていた。

しかしそれをジェーンに告げたとしても話は平行線を辿るばかりだろうと考え口を閉じた。


すっかり冷めてしまった芋粥とミルクティーが目に入る。

「もう、冷めてしまい、ましたね…。
新しいのと交換、してもらいましょうか。」

シムがトレイに手をかけ立ち上がりそうになってジェーンは片手だけを上げてそれを制した。
そしてシムに静かに問いかけた。


「どうして一緒に帰ってくれるなんて、言ったの?」


その一言には私を憎んでいないのか、と暗に語られている気がシムにもしたが、大きな理由も無くそうしなければ後悔を背負いそうだと殆ど本能的に思っていたので言葉に詰まる。
しかしこの問いかけを適当に返したとしても同情で着いて行くと勘違いされるのも嫌なので、それも否定しなければならない。


「ここで唯一の…テューリンゲンで、生まれ育った、同胞だからです。」

同胞、と言っては立場も位も歳も全く違う失礼になってしまうが、北のあの空気や大地を吸い生きてきた人間はシムとジェーンしかいなかった、その絆と言えるかもしれない。


ジェーンはそれをじっと聴き、嬉しい様な落ち着いた様な色を目に湛え手当が施された手でスプーンを静かに取った。

冷えた粥をゆっくりと含み飲み込むジェーンを見て、シムは陽を背負う強い母の様な姿をその小さく細すぎる身体に感じた。

「美味しいわ…」


冷たい芋粥は喉だけでなくジェーンの気持ちも落ち着かせ、優しい味が舌を包む様にまた一度また一度と喉を通っていた。





その後シムはジェーンを再びおぶりながら真っ暗闇の宮廷を密かに歩いた。
いつの間にかシムの部屋で長い時間が経ってしまったために夜も明けそうな、少し紫の夜空が窓から伺える。

先程おぶった際はお互いに動揺と興奮で頭が一杯だっため感じなかったが、今おぶるその背中からは相変わらず病的に軽いもののジェーンの人間らしい暖かみが感じられ、その温度に暗闇を歩くシムの心をも安心させた。


シムとジェーンは今後の事を改めて確認をし合った。

ジェーンは取り敢えずは健康の為に食事をきちんとすること、そして落ち着いたら王妃に話をしに行く、そして帰る。
シムは最後の行動を起こす際着いて行くつもりでいる。


ジェーンの眠っていた部屋に着くと白い壁に白いベッド、非常に潔癖な空間だった。
シムはジェーンをそのベッドにゆっくりと座らせ、自身はその動作のまま膝を折り視線を合わせた。

「辛くなったら、また話をしま、しょう。
…私の部屋は、もう、分かりますか?」


こくりと頷くジェーンは、再び1人になる事にやはり不安感があるようで始終目線は泳いでいた。
そんな不安定な心を落ち着かせる様にシムもこくりと頷いてみせた。


「私は、いつも教会の、庭にいます。
もうどこも、怪我されないように、なさってください。」

シムはそれだけ伝えると、人に見つかっても危険と感じ早々に立ち上がって出口へと向かう。
その背中にジェーンは少しの勢いを付けて「あ、ありがとう…」と言い慣れてなさそうに告げた。

シムは暖かい小麦畑のように優しく微笑み、一礼をして退出した。








朝、カスパルはある部屋へと向かっていた。

彼女は今日も当たり前に死体の様に眠っているものと思いノックせずにゆっくり入室すると、そこには身体を起こして窓の外を眺めるジェーンがいた。

カスパルは起き上がっていたジェーンは驚愕し一瞬立ち止まるが、何時もと変わりない日常をとり繕い自然を装いながら近付いた。


「…体調、良いみたいだな。」

短く話しかけ軽く微笑んでみせる。
ジェーンもカスパルに気付きゆっくりと振り返る。

相変わらず頬はこけ髪もバサバサと水分がないままだが、その目付きだけは動揺の色もなく腹の据わった大人の目つきをしていた。
決心を湛えた目付きを、敵味方合わせて沢山見てきた武人のカスパルはジェーンの眼差しから自分の腹に赤子が居ることもここに寝かされていた事ももう本人は分かっていると直感で汲み取る。

しかし今色々不躾にその事について言及する必要もないと感じ、何時ものように太陽の様な笑みを向けた。


「ずっと寝ていたから心配していた。
ちゃんと飯食わないとな。」

ジェーンはカスパルの言葉に少し笑ってみせる。
ジェーンもカスパルは全てをきっと知っているだろうと思ったが、こうして見舞いを続けてくれていたのはカスパル唯一人だけかもしれないと思うと申し訳ない気持ちが胸に広がった。


「大丈夫、ちゃんと食べるわ。
約束したから…」

シムと、という続きの言葉は心の中で唱える。
此処に寝かされていてもシムはこの建物の中にいる、そのことを考えるだけでジェーンの気持ちを落ち着かせた。


カスパルはジェーンの変わり様に少し驚く。
ジェーンを変わらせる様な何かがあったということだからだ。


「ジェーン、俺がここに来る前誰か来ていたのか?」

ジェーンは窓の外に目を戻し、首を振った。

「いいえ、誰も。」







その頃、護衛軍の若手セスは飾る為の国家の紋章が彫り込まれた盾数枚を運びながら宮廷を歩いていた。
ガチャガチャと硬質な音を出して歩いているとセスは廊下の途中で何かが落ちている事に気づく。

「なんだこれ。」

盾を持ち直しながら、数冊の本を拾い上げる。


「なんだ、図書館の本だ。
まったく誰だよ、ちゃんと返せよな…。」

数冊の本を脇に抱えながら盾を安定させて再び歩き始める。

「おいセス!運ぶのは盾だけじゃないんだから急げ早く!」

護衛軍の一人が、遠くから些かオーバーに時間がないことを身体で示してきた。
セスは「はい!」と威勢良く答え、急いでガチャガチャと音を立てながら走った。


今夜行われる宴は、レグランド王の近隣諸国との定例会議に出席する為の出発式だ。
普段は宮廷に陳列されている甲冑や武器を広間に飾りたてる予定があるため、本日のセスに時間はないのであった。








 
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