テューリンゲンの庭師

牧ヤスキ

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成長、彼の情

3-27

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セスは一度生唾を飲み込みカスパルを一度見やる。

「一戦…いいのですか…!」


敬愛してやまないカスパルからの思わぬ申し出に喜び跳ね上がる気持ちと、この宮廷内で一番の腕を持つ武人と一戦を交わす圧倒的な緊張でセスは顔を強張らせた。

そんなセスの表情で全てを読み取るかの様に、カスパルは少し戯けて笑ってみせた。


「一戦と言ってもただの摸擬刀だ。
お前の実力を見せてみろ。」


セスは自身が持っていた模擬刀を再度強く持ち直し、どうにか「はい…!」とだけ言葉にした。




観客の居ないこの訓練場に二人きり、中心で構える。

カスパルは片手で模擬刀を持ち、静かに刃先を下に向けた。

一方セスは狙いを定めるかの様にカスパルに向けて刃を構え、両手で力強く握る。


カスパルはセスの構えを観察し、防御よりも攻撃を重んじる戦い方を好むのだろうと考える。
表情も先程とは打って変わり真剣な眼差しには恐怖は消え、確かな闘志が見て取れた。

と、その瞬間セスが勢いよく動き出す。
成長過程のまだ未発達な身体をハンデとせず、地面をなぞる様に低い体制で模擬刀をカスパルの脇腹めがけて突き刺してきた。


カスパルもその動きを目で追い、一瞬にしてセスの模擬刀を自身の模擬刀をを持って勢いよく弾き返す。

かわされることは想像していたが、片手で持たれた模擬刀に弾き返されると思っていなかったセスは本の一瞬怯み、カスパルの顔を見てしまう。

そこには先程まで太陽の様に微笑む優しき上司から、獰猛な獅子を連想させる見透かすような強い表情をしているカスパルがいた。

これ以上この顔を見ていれば根気で負けると気付いたセスは直に目を反らし、次の一手を仕掛ける。

弾き返された反動で一度脱力し身体を後退させた所で自身の懐の隙間から模擬刀を突き刺した。

自分を盾にし見えない様にした体制で突き刺すという奇を衒う手口に、寸でのところで身体を捻りかわしつつカスパルはここまで成長していたことに感心する。


まだまだ細い身体を上手く利用している上に、その特性を良く理解している。

小柄だからこそ自身の影に武器を隠す行動を咄嗟に取るあたり、頭は悪くない。
地面をなぞる様に構える姿勢は致命的な攻撃を回避する為の手段にも思え、一挙種一同カスパルは感心するように目で追った。

しかしどこまで着いていけるか。


カスパルは一度好戦的に微笑み、セスよりも低く姿勢を構え模擬刀を裏手に持ち直す。

「突き刺すだけじゃ隙を突かれるぞ」


セスはまずいと感じ急いで飛び退くもその軌道を予測していたカスパルがより速く立ち回り、背後から振り翳す狂気の様な模擬刀がセスの背中を襲った。


「くっ…!」

ぎりぎりのところでセスは自身の模擬刀で動きを止めるも、目の前の模擬刀に意識を奪われ、気付いた時にはカスパルの息を感じる程に近く迫っていた。

ああ、まずい。

そう思ったのも束の間、カスパルの模擬等は再び天井を向いており風を切り裂く音とともにセスの首へ目掛けて迫ってきた。
セスはカスパルを目前にして避ける動作が間に合わず、思わずぎゅっと目をきつく閉じた。

その瞬間首に軽い感触で模擬刀が当たる。

「俺の勝ちだ。」


そう声が聞こえ、恐る恐る目を開くと目の前で先程と同じ様に穏やかに微笑むカスパルがいた。
セスの首に模擬刀の刃先が向けられながら。

セスは極度の緊張から解き放たれ、安堵と恐怖からふらふらと地面に座り込む。



カスパルの殺気を向けられるている間は生きている心地がしなかったセスは、やはりカスパルは偉大な人物であり誇りの上司なのだと再認識する。


「格段に強くなっていて嬉しい。
よく自分の特性も理解している。」

カスパルはセスに手を差し伸べると、その手で起き上がっていいものか悩みながらもセスはその手を取る。


「あとは克服するべき点は、俺の様な対格差のある敵にどう一撃を食らわせるかだな。」


セスはどっと溢れ出ていた冷や汗を自身の袖で吹きながら不満そうにカスパルを見上げる。

「体格の問題ではありません…!
隊長だから怯んでしまったんです!!」


そう訴えるセスにカスパルは声を上げて笑った。

「そうならそれこそ直すべきだな。」


カスパルの笑う姿を見上げ、セスも釣られる様に不満げな表情から柔らかな表情に変わる。

カスパルを心から尊敬するセスは穏やかなカスパルを見ることは嬉しく思い、そして宮廷内で心ない噂に晒される姿に人一倍強い憤りを感じていた。


カスパルの幸せを願ってやまなく、そして自身が鍛えることでこの男を安心させられたらという、忠誠心とはまた違う想いも仄かに無意識下で存在していた。



以前カスパルは大切そうに小さな花の冠を御守りにする姿を一瞬思い出しセスは目を細める。

その花を編んだ人は誰でしょうか。



カスパルにとって大切な存在とは、この国で護衛軍でもなく、その者でしょうか。

構ってほしい犬の様に寂しい感情が湧いて出てくる。

もっと軍の人達と一緒に居てほしい。それがセスの只の我侭であることは重々承知している為口が裂けても言葉にはできない。


セスが少しの間カスパルを見上げながら考えている間に、カスパルは模擬刀を置き、身なりを整え始める。


「もう、行かれるんですか?!」


セスは慌ててカスパルを制止するも、カスパルはああ、と短く返事をし停まる気配を見せない。



「どう言う訳か、検問の許可の雑務は増える一方でな。」

困った様に笑うカスパルに思わずセスは眉を潜める。



貴族共がカスパルに仕事を押し付けているに違いない。

尊敬するカスパルを不当に扱って、怒りを通り越し殺意さえ湧いてくる。

「こ、今晩のパーティーは出席されるんですか?!」


今晩のパーティーとは、レグランド国の建国パーティー。

レグランド中の貴族や有権者、著名人が集う。護衛軍はそのパーティーを宮廷内で護衛する任務があり、その配置を指揮するのは勿論護衛軍統括のカスパルである。

しかし、カスパルはスパイを疑われているため自ら護衛する事を禁じられるも、護衛軍の代表として出席は強制というややこしい状況だ。


「ああ、一応な。」


そう短く応え困った笑みを続ける。

その簡単な返答だけで今晩が憂鬱であることをセスは痛い程に感じ取る。


「自分達は、隊長を全力でお守りします!!
安心してご出席してください!!」


何か下衆な悪戯をした者は承知しない覚悟で元気にそう放つと、嬉しそうにカスパルは一つ頷いた。


「ありがとう。
それでこそ俺の部下達だ。」











早朝、訓練場とはまた別に、宮廷内で働く者達の憩いの場である大きな食堂は既に賑わいを見せていた。

朝の給仕をする前に朝食を取る集団や、清掃や洗濯を一日中する者達、それぞれが朝のエネルギーを補給していた。


シムも若干寝癖の残る栗毛を手で整えながら食堂へ顔を出した。

シムにしては今朝は寝坊してしまい、ここまで賑わう食堂で朝食を取る事は新鮮に思えた。


食堂の女は今日も元気が良くカウンターで料理を出し続けており、シムに気がつくと皆にも声をかけて来ただろう言葉を笑顔で言って来た。


「おはよう!
今日は少しだけ遅いのね~」

女は色々な人の顔や仕事や活動時間を覚え、こうして一人一人に声をかける為、皆から大変慕われている。
シムも勿論その一人であった。

シムが幼い頃に住んでいた老婆だらけの教会に居たシスター達を思わせる優しい空気が流れているからだった。
女の声を聞き、恥ずかしそうに頭をかいた。


「寝坊、しちゃって…。」


女は笑いながらいいのよ~、たまになら!と続けた。

「それより、身体の具合はどう?もう良くなったの?」


その言葉にシムは首を傾げ何を言っているのか一瞬考え、あの日の夜ジェーンのためについた嘘を一気に思い出し慌てて首を振る。

「あ、ああ、えっと…も、もう大分。」

とてつもなく吃り自分でも頭を抱えるが、女は気にした様子は一切なく、「そう、なら良かった!」と笑いながら今日の朝食であるパンとスープと林檎を一かけプレートに乗せてシムへ渡した。


シムはそれを受け取ると、辺りを見渡す。

席はちらほらと空いているものの騒々しく、食堂の端に座る事にした。

端のテーブルに向かって歩いていると、聞いた事のある声で呼ばれた。


「シム!こっちこっち!」


そこには同じ宮廷庭師である先輩の小太りなメダがスプーンを振り回していた。

シムはそちらの方に向かうと、メダの横にはドリー、そして向かいに庭師長のミシアも座り、共に朝食を取っていた。


「本当に偶然ね!
庭師が皆で朝ご飯だなんて」


メダは嬉しそうにミシアの隣へシムを促す。
シムも皆に微笑み会釈をしながら座った。


ミシアもシムを孫を見るかの様に優しく微笑み、ドリーも仏頂面ながらにも小さくおはようと告げる。

非常に穏やかな人間関係にシムは嬉しく微笑んだ。


「皆さん、も、いつも早いのに、会わなかったのが、不思議ですね。」


シムの言葉に三人が頷き共感する。



「ミシアさんとドリーは早いけどね、私なんかはダメ。
朝は弱くっていつも寝てしまうのよ。」

メダは何がおかしいのか一人で吹き出す様に笑う。
彼女のいつもの行動だ。


「でも今日ばかりはそんな事言ってられないから、昨日はいつもよりも早く寝たのよ。」


そう続けた後、美味しそうにスープとパンを口に含むメダを見てシムは首を傾げる。

今日ばかりは、とは何か特別な事でもあるのだろうか。

最近教会の庭にばかり意識が行ってしまっていた為情報にはてんで疎い。


「今日、何か…あるん、でしょうか?」

そう問いかけるとドリーがパンを千切りながら口を開く。

「建国パーティーだよ。でっかいパーティー。
メダが料理に添える飾りをする事になっていて、私は会場内の装飾。
ミシアさんがその指示をするから私達大忙しの日なんだよ。」


建国パーティー…

シムは口で唱え、皆の大変さを想像すると同時に自分に仕事が割り振られていない事に気付く。

シムも一応宮廷庭師だというのに、一人だけ蚊帳の外とは悲しいとも寂しいとも形容し難い寒い気持ちになった。

そんなシムの些細な表情の変化を感じたミシアはシムを見つめ優しく微笑んだ。



「シム、貴方にはあえて仕事を割り振らなかったの。
まだここへ来て日も浅いのに急かしたくはなかったし、何より貴方の完成させるべき庭の方が私は大切だと思ったからよ。」

ミシアの言葉と表情にシムはほっと心がほどけていく。
分かってはいるがこうして言葉にしてもらえると何倍も安心出来、シムは安心した様に微笑んでみせた。


「そうよ~!あの教会の庭を触らせてもらえるなんて、誰にでも出来る事じゃないわよ!
あのドリーだって大喧嘩になったんだから。」


「喧嘩売ってんのかい!」


メダとドリーはいつもこうして喧嘩に発展するのだが、不思議と仲はとても良いのだ。

ミシアとシムはそんな2人のやり取りを笑って見ながら穏やかな朝食を楽しんだ。








  
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