テューリンゲンの庭師

牧ヤスキ

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無力の力

4-2

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爆撃が起こった翌日午後、夜明け前から爆発音が止んだ時刻と合わせて派遣された護衛軍と私軍からなる調査隊が宮廷に戻った事でこの度の襲撃の全容が明らかとなった。

この度の襲撃は主に街の居住者有志からなる反政府組織、名は定まっていないが計画的に組まれた組織による犯行である事が特定された。
同時に、宮廷内の一部にも被害が出た報告もあり、反政府組織の捕まった数名の者からの取り調べから先導者は"イリス"と言う名前の人物である事も皆が知る事となった。



「号外ー!号外ー!
昨日の事件の号外ですー!」


爆撃の格好の的となったのはパーティー出席で手薄になっていたレグランド国の由緒ある貴族屋敷と、その屋敷に従事する者。

屋敷は殆ど壊滅状態、従事する者達はその場で遺体で発見されたか、行方不明な状況だった。
パーティーに出席していた貴族達は臨時で宮廷の客間に身を寄せる事となった。


街を警護していた筈の憲兵も少数殺害された遺体が発見されているが殆どが行方不明となっており、憲兵の捜索も今後護衛軍と私軍で進める案件となった。


宮廷内の従者や軍人、貴族達は午後に発行された秘密裏の号外を軍人から受け取って行く。

宮廷内でも被害者が出た以上、皆戦々恐々としていた。





「まさかこん事になっちゃうなんてねぇ…」

夕方を過ぎようとしていた頃、従業員が使用する食堂を仕切る膨よかな女は、適当な椅子に腰を掛け休憩がてら号外を広げて眉を寄せていた。

女が食堂を見渡すと食堂はいつもよりも大分人が多く席におり、軽くうつ伏せて仮眠を取る兵士、やっと食事にありつけた様に必死にかき込む従者達など、皆一様に疲弊しているのが手に取るように分かった。

それもその筈、事件が起こった昨日の夜から爆発音は夜明けまで止まず、止んでからも宮廷内は大騒ぎだったため、皆一睡も出来ていないのだ。

食堂で皆に振る舞う筈の食材達も、急遽貴族達を受け入れる事でそちらに充てがわれてしまい、疲弊した者達に出せる物はパンと芋粥程度と心細い食ではあったが、皆有り難く平らげていった。


疲弊した者達の間に一人の老婆がゆっくりと自分の座れる場所を探して歩いてくるのが見えた。
食堂の女は席を立ち目につく様に手を振った。

「ミシアのおばあちゃーん!ここ座りになって!」


食堂の女の快活な言葉に老婆は優しく一度微笑んで有難うと告げると女の方へと歩み寄った。

女は自分の横の席を空け、招き入れた。
老婆はこの宮廷で庭師長をしている腰の曲がった老婆、ミシアだった。


ミシアは食堂の女の横にゆっくりと座った。

「何か食べるかい?」

女は号外をテーブルに置いて尋ねる。

「いいえ、お腹は空いていないの。
お茶だけ貰えるかしら?」

ミシアの言葉に女は元気に頷き、直ぐにカウンターの大きなティーポットとカップを持ってくる。
注ぎながら女は号外に目を向けた。

「おばあちゃんに怪我がなくて良かったよ。
号外はもう読んだ?」

「いや、まだだけど噂で大体の事は…」

ミシアは女からお茶の注がれたカップを受け取り有難う、と微笑む。

「怖い世の中になったね、突然の事で私も昨晩はびっくりしちゃってさ!」

食堂の女は大袈裟に怖がるそぶりをして見せるがミシアはそれを優しく見守った。
その目にはほんの少しだけ悲しみの様な感情が伺える。


「もうずっと緩やかに後戻り出来なくなっていたんだろうねぇ。
先代の国王陛下の時は、良かったんだけどねぇ…」

先代、という言葉を聞いて食堂の女は顔を上げた。


「私は先代の時はまだここに来てないんだよ。どんな方だったんだい?」

「そうだねぇ、今の陛下とは逆の方だったね…。
慎ましく、いつも国民の事を思っておられた方だった。」


ミシアはお茶を飲みながら昔の事に想いを馳せた。


先代の頃は繁栄を重ねたレグランドに住む事を皆誇りに思っていた。
心身共に健康な国だった。

一方先代の王妃はその繁栄した権力を誇示するため貴族とはどう振る舞うかを気にする勝気な人間だった。
現国王陛下は前王よりかは王妃の血を強く引いているとミシアは思っていた。

本来一番によく考えなければならない国政を後回しにし、貴族としての振る舞いや近隣国への牽制を誇示し続けた結果、予算は足りず皺寄せは国民への度重なる課税となって表れ、守らなければならない民達を敵に回す結果となってしまった。

国民の怒りが煮えるのも至極当然の事だと言えるだろう。
こうなる事を常に予測しながら慎重に動かなければならなかった。

ミシアにはこの反乱の事件が"突然"始まった事ではなく、その火種を大火にまで育てて放ったのは王族だと認識していた。
そのため穏やかな表情の奥で静かに現場を憐んでいた。


これからの国を築く若い者達が、この無益な衝突で命を落とす者も勿論出てくるだろう。
長く生きたミシアにとって、若者が死んでゆく事は何より恐ろしく悲しいことに思えた。

「恐らくこの衝突はもう止められないんでしょうね…。
近いうち…どのみち宮廷が狙われることになるわ。
貴女もここから逃げた方がいいんじゃないかしら…」

ミシアは静かに優しく、しかし他の者達には聞こえない様に静かに食堂の女にそう伝えた。

食堂の女もその真剣かつ深刻なミシアの表情に顔を静かに強張らせる。

「本当にここが狙われると思う?」

ミシアはお茶を飲みながら瞼を閉じる。

「早かれ遅かれ必ずね。
反乱する人達だって、きっと人手と武器がもっとあったら…面倒なことはせずに最初からここを狙ったんだと思うから…」



非常にきな臭い話に食堂の女はテーブルをじっと見つめた。

「おや、坊だね。」


食堂の女の言葉にミシアは顔を上げる。

前方の食堂の入り口には、もうすっかり顔馴染みの庭師シムが丁度食堂に入って来たところだった。

相変わらず冴えない平凡な顔立ち、手入れされているとは言い難い栗毛の髪の毛のシムは常に景色に埋もれてしまう程存在感は薄いが、近寄ってみれば内から滲み出る慈愛に満ちた眼差しが印象的な心優しい青年だと食堂の女は思っていた。


シムはいつもよりも疲弊し表情も暗く、遠くからでもそれが分かるほどだった。

「おーい、坊!」

食堂の女はシムに向かって声を上げながら、ミシアにした様に手を振った。


シムは一度辺りを見渡した後食堂の女に気付き、先程までの暗く疲れた表情を一瞬にして消し優しげに微笑み近付いた。

「お疲れ様です。今は、休憩ですか?」

相変わらず吃りながら尋ねるシムに女は何度か頷く。シムの吃り癖も慣れれば可愛らしいものだった。

「そうそう!
休憩がてらね、おばあちゃんと世間話よ。」


食堂の女はミシアに一度目をやりながら、自身が今まで座っていた椅子を譲る。
「何か持ってくるね。
て言っても、芋粥しかないんだけどね!」


シムは着席すると隣に座るミシアに頭を下げ挨拶をした。
「ミシアさん、お怪我などは、してませんか?」
心配そうに伺うシムの言葉にミシアは少し嬉しそうに微笑んだ。

「ええ、私はずっと寝室で待機だったから問題ないわ。
心配してくれて有難うね、シム。」




シムはいつも通りに微笑み、いえ、と短く返す。
しかしその目つきは焦りと自分に対する怒りの感情が渦巻く様に暗く揺らめいていた。

ミシアはじっとシムの暗い目を見つめた後、お茶を飲み干し一呼吸置いてシムに語りかけた。



「シム、貴方の食事が終わったら少し私とお散歩しましょうか。」








 
 
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