85 / 171
無力の力
4-3
しおりを挟むシムは食堂の女が持って来た暖かい芋粥を有り難く頂き、ミシアとともに席を立つ。
「ミシアさん」
シムは直ぐ様ミシアに手を伸ばし立ち上がるのを手助けする。
ミシアもその手を取り「すまないねぇ」とゆっくりと立ち上がった。
高齢のミシアにとって小さな気遣いを欠かさない心優しいシムをまるで孫の様に想っており、ついつい甘えてしまうのだった。
「散歩は、どの辺りに、行きますか?」
シムの問いかけにミシアは歩きながら答える。
「大丈夫だとは思うけれど、一応休廷中の庭に被害が出ていないか見て回ろうかしら。」
ミシアの言葉にシムは目を見開き、それなら!と言葉を返した。
「ミシアさん、それならさっき、ここに来る前に俺が、巡回して来ました。
朝から、じっとしてられなかったんで…。
何も異常は、ありませんでしたよ。」
「あら!仕事が早いわねぇ。
とても助かるわ、それなら…」
ミシアはパッと笑顔になりながら少し考える仕草をする。
「それなら、私の部屋でお茶でもしましょうか。」
「お茶、ですか…?」
シムはきょとんとしながらミシアを見下ろした。
ミシアに割り当てられた部屋はシムに割り当てられている部屋と同じ建物の中の一階の一角だった。高齢ということもあり階段を上り下りせずに済む配慮だった。
鍵を開け扉を開けるとシムの部屋よりも幾分広く、庭師長奥行きのある部屋だった。
壁には花の絵や、ドライフラワーになった花束やリースなどが飾られ可愛らしく落ち着く内装で、思わずシムもほうと息を吐いた。
「ミシアさんの部屋、とても素敵です。」
目をキラキラと輝かせ一つ一つの花の小物達をじっくりと眺めるシムに、ミシアも少女に帰った様に嬉しそうに微笑んだ。
「あらそう?嬉しいわ。
適当な所に腰掛けていてちょうだいね。
今お茶を入れるから。」
シムは頷きながら辺りを見回し、窓辺の小さな丸いテーブルと一緒に置かれている椅子に遠慮気味に着席した。
一つ息を吸い部屋を眺める。
この部屋はミシアの匂いがする。
だからこんなに安心するんだとシムは微笑んだ。
花を愛する自分の上司への敬愛とともに、祖母がいたらこの様な匂いだろうか、と孫の様な事まで考えていた。
ミシアは奥の方からティーセットを持って来て自身も着席する。
「ありがとう、ございます。」
「召し上がって。」
渡されたカップを受け取り、紅茶の湯気に眩しそうに目を細めた。
「昨日から色々と大変だったわね、シム。
あなたこそ、怪我はしてない?
昨夜は大丈夫だったかしら?」
ミシアはカップを片手に静かに話し始めた。
シムはその問いかけにいつもの表情で答えようとしたが、どうしても喉が詰まり口を開きかけて再び閉じる。
「ー……、」
大丈夫だとは言えなかった。
ミシアに心配かけまいと努めていつも通りに接しようとしたものの、今朝からシムは何度も何度も血だらけのカスパルを思い出していた。
正直今もきちんと呼吸をしている心地さえなかった。
大切な人を守れず一人で隠れる事しか出来なかったあの夜は悪夢そのものだった。
医務室に連れ添うことも叶わず、結局カスパルが無事なのかさえも把握する術を持たない。
ミシアにはカスパルの事は関係ないと分かっていても、とてもこれ以上普段通り取り繕う余裕が出来なかった。
シムは顔を引攣らせながら少しの間を開けて再び口を開いた。
「………し…知り合いが、とても怪我を負ってしまって。
俺は、何も、……出来なかったんです。」
ミシアはシムの本当の表情を漸く引き出すことに成功し、黙って頷き話を促した。
「俺は、お見舞いには、行けない、立場なので、ちゃんと…ぶ、無事なのかも、分からない。」
縁起でもない事を言いたくないんですけど、呟きながらまるで不安に押し潰されそうな心を必死で押さえ込む様に拳を強く握りしめる。
「…昨日の、物凄い音も、どこで何があったのかも、何も分からないので、…知り合いがどうして、怪我を負ったのか、も、分からないんです。」
「号外は読まなかったの?」
ミシアの問いかけにシムは首を振る。
「じ……字が、読めないんです。
教わった事が、なかったので。
いつも……その方に、読んでもらって、いました。」
そうだったのね、とミシアは目を伏せて短く答える。
知り合いが怪我を負い、安否が分からず、爆発音の意味も分からずに一日を過ごしたシムはさぞ不安で堪らなかっただろうと心中を察した。
「分からないまま庭を見回ってくれたのね。
あなたの気持ちに気付けなくてごめんなさい。
私からの説明で良ければ昨日の事を説明するわね。
昨日の凄い音は全部街で起こった爆発だったの。
王族の政策に対して街の人達が怒って暴動を起こして、貴族の屋敷は大概燃やされてしまった。
その音がずっと夜中鳴っていたの。
街を守る筈の憲兵達も行方をくらましてしまって消息が分からないみたい。
貴族の方達は皆パーティーに出席されていたから無事だけれど、帰る場所がなくなってしまったから宮廷で一時過ごされることに決まったわ。
だから私達のご飯は幾分減るかも知れない。
宮廷の人達は今情報収集や屋敷の復興や…宮廷の警備などに大慌てになっているのよ。」
大体の全容を掻い摘んで説明するミシアの言葉をじっと黙ってシムは受け止めた。
カスパルはそんな非常事態の中、怪我を負いつつもシムの元まで戻って来たことを知った。
恐らくカスパルのことだから、自分のすべき仕事は全うして。
焦りを見せずにシムを安心させ、怪我を負ってまで本当に戻って来てくれたカスパルの優しさが、事件の全容を知った事で痛い程に熱い温度でシムの胸に沁みた。
カスパルさんなら、きっと大丈夫。
きっと元気になる。
怪我の具合を見ただけで重症なのかどうかはまるで分からないシムだが、仕事を全うする強いカスパルがこのまま帰らぬ人にはならないだろうと確信した。
ミシアと、そしてカスパルの優しさを受け取ったシムは漸く心を強く持つ事が出来る様になってきた。
しかし憲兵の行方が分からない事を知り事態が深刻である事を悟る。
カスパルの事にばかり目を向けていたが、小風こそあの夜最も危険な街にいた人物である。
本来であれば最も街に密接に絡む小風の事を心配するべきにも関わらず、血だらけのカスパルに気が動転し続けた自分を恥じた。
小風も行方不明に該当していない事を切に願う様に、シムは目を強く瞑る。
「ミシアさん、教えてくださって、ありがとうございます。
憲兵も…行方が、分かっていないんですね…。」
「ええ。まだ情報は全て揃っていないかも知れないから確かでは無いけれどね。
憲兵にも知り合いが?」
「はい…。友達が一人いるんです。
彼は、弱くはないので、きっと大丈夫だと、思いたいですけど…」
シムは不安げに紅茶を見つめた。
「そうね、憲兵さんなら不安よねぇ…」
ミシアはまた一つ紅茶を口に含んで再び優しく微笑む。
「シムにお願いしている教会の庭の方はもう完成してきているでしょう?」
シムは突然の庭の話にきょとんと顔を上げながら、はい大体は、と頷いた。
「私ももうこんな歳でしょう?
私の補佐として一緒に陛下の執務室や寝室がある付近の庭の手入れを手伝って貰おうと思ったいたけれど…」
「…勿論!
やらせてください。」
ミシアからの珍しいお願い事にシムは慌てて返事を返す。しかしミシアはまた一つ笑って言葉を続けた。
「それは片手間でいいわ、そんなに急ぎの事ではないから。
それよりも憲兵さんのお友達、心配なら探してみてはどうかしら。」
「え…!」
シムは呆けたままミシアを見つめる。
この不測の事態な中、本来の業務を後にして友人を探してみろと言うミシアに言葉が見つからなかった。
「街に出る時は十分気をつけて、危ないと思ったら直ぐに戻ってくればいい。
空いている時には庭に顔を出してちょうだい。
それでいいからね、シム」
「……っ」
ミシアをシムは今まで優しい上司だとは思っていたが、小風の事やカスパルの事など、シムの数少ない人との繋がりを大切に思ってくれていた事が分かり、思慮深く慈悲深い素晴らしい人間である事を思い知った。
自分が本当はどうしたいのか、何に不安なのか。
思っている事は全て見透かされている様に包んでくれる。
シムは驚いた表情のまま固まった。
「いいんですか…、仕事を、疎かにするかも、知れないのに。」
その様な事を口にしてもシムは分かっていた。
恐らく自身がどんな事を言ってもミシアは街に行くことを許してくれるだろうと。
「あらあら、いいのよ。
貴方いつもとても頑張ってくれてるもの。
それくらい問題ないわよ。」
ミシアは皺を深めて微笑む。
「大切にしないね。
怪我をした知り合いの方も、きっと大丈夫よ。
憲兵さんもきっと無事よ。
だって貴方が好きだと思う人達だもの。
貴方は意外に頑固だから、その人達だって弱く無い。
そうでしょう?」
ミシアの言葉は一つ一つ重く偉大であり、シムは途方も無い深い愛に包まれる様に顔をくしゃりと歪ませた。
「はい………。はい…」
きっと大丈夫、きっと無事よ
ミシアに背中を押され、強く持ち始めた気持ちをしゃんと立たせられた思いであった。
シムは何度も頷き、一回りも二回りも人生を歩んで来たミシアの言葉を噛み締めながら、紅茶の入った温かいカップを両手で握りしめた。
30
あなたにおすすめの小説
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
【本編完結】処刑台の元婚約者は無実でした~聖女に騙された元王太子が幸せになるまで~
TOY
BL
【本編完結・後日譚更新中】
公開処刑のその日、王太子メルドは元婚約者で“稀代の悪女”とされたレイチェルの最期を見届けようとしていた。
しかし「最後のお別れの挨拶」で現婚約者候補の“聖女”アリアの裏の顔を、偶然にも暴いてしまい……!?
王位継承権、婚約、信頼、すべてを失った王子のもとに残ったのは、幼馴染であり護衛騎士のケイ。
これは、聖女に騙され全てを失った王子と、その護衛騎士のちょっとズレた恋の物語。
※別で投稿している作品、
『物語によくいる「ざまぁされる王子」に転生したら』の全年齢版です。
設定と後半の展開が少し変わっています。
※後日譚を追加しました。
後日譚① レイチェル視点→メルド視点
後日譚② 王弟→王→ケイ視点
後日譚③ メルド視点
劣等アルファは最強王子から逃げられない
東
BL
リュシアン・ティレルはアルファだが、オメガのフェロモンに気持ち悪くなる欠陥品のアルファ。そのことを周囲に隠しながら生活しているため、異母弟のオメガであるライモントに手ひどい態度をとってしまい、世間からの評判は悪い。
ある日、気分の悪さに逃げ込んだ先で、ひとりの王子につかまる・・・という話です。
転生したようだけど?流れに身を任せていたら悪役令息?として断罪されていた――分からないまま生きる。
星乃シキ
BL
発作の後に目覚めたら、公爵家嫡男の身体だった。
前世の記憶だけを抱えたまま生きるレイは、ある夜、男の聖女への嫌がらせの罪で断罪される。
だが図書室の記録が冤罪を覆す。
そしてレイは知る。
聖女ディーンの本当の名はアキラ。
同じ日本から来た存在だった。
帰りたい聖女と、この身体で生きるレイ。
秘密を共有した二人は、友達になる。
人との関わりを避けてきたレイの人間関係が、少しずつ動き始める。
拝啓、目が覚めたらBLゲームの主人公だった件
碧月 晶
BL
さっきまでコンビニに向かっていたはずだったのに、何故か目が覚めたら病院にいた『俺』。
状況が分からず戸惑う『俺』は窓に映った自分の顔を見て驚いた。
「これ…俺、なのか?」
何故ならそこには、恐ろしく整った顔立ちの男が映っていたのだから。
《これは、現代魔法社会系BLゲームの主人公『石留 椿【いしどめ つばき】(16)』に転生しちゃった元平凡男子(享年18)が攻略対象たちと出会い、様々なイベントを経て『運命の相手』を見つけるまでの物語である──。》
────────────
~お知らせ~
※第3話を少し修正しました。
※第5話を少し修正しました。
※第6話を少し修正しました。
※第11話を少し修正しました。
※第19話を少し修正しました。
※第22話を少し修正しました。
※第24話を少し修正しました。
※第25話を少し修正しました。
※第26話を少し修正しました。
※第31話を少し修正しました。
※第32話を少し修正しました。
────────────
※感想(一言だけでも構いません!)、いいね、お気に入り、近況ボードへのコメント、大歓迎です!!
※表紙絵は作者が生成AIで試しに作ってみたものです。
結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした
紫
BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。
実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。
オメガバースでオメガの立場が低い世界
こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです
強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です
主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です
倫理観もちょっと薄いです
というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります
※この主人公は受けです
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ユィリと皆の動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦
雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、
隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。
しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです…
オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が
なかたのでした。
本当の花嫁じゃない。
だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、
だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という
お話です。よろしくお願いします<(_ _)>
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる