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無力の力
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しおりを挟むシムはその日の深夜、使いかけの小さな蝋燭を蝋燭立てに挿し、辺りを灯しながら図書館に赴いていた。
眠ろうにも寝付けず、どうせ眠れないのならば新しい図鑑でも読んで時間を潰そうと図書館に来ていた。
図書館はいつも通り静かで、まるで外が大変だった事など一切感じさせない程いつも通りの空間だった。
シムは室内の一部にだけ灯篭に火を写し本棚を漁った。
「この街の地図…」
この場所の土地勘をまるで知らないシムは、無知なまま城下街に出たところで小風どころか、自分が迷子で探される側になり兼ねないため街の地図を探した。
しかし今まで植物の本棚にしか着目していなかったせいか、地図を探すところからまず苦戦する。
天井も高く、壁中に覆われている本の山の一体どの辺りが地理で纏められているのか検討さえもつかない。
何せ背表紙の文字さえも読めないシムはそこでまた頭を抱えることとなった。
「はぁ…文字が読めないの、面倒だな…」
シムは入廷してから文字が読めない事で躓く事が多いせいで、無学を心底悔いた。
学校にはお金持ちでも無いので行けなかったが、テューリンゲンの教会の修道女や、テューリンゲンの屋敷の従者にも文字が読める人はきっと居ただろう。
しかしそんな事も後の祭りなので気を引き締めて一度頭を振る。
せっかくこの図書館を使わせて貰えるのだから、独学でも文字を学べれば。
シムは意を決した様に一つ一つ本を取り出して挿絵などがある書物で大体の内容を推測しながら本を見て行った。
そうした作業を長らく続け、夜も更けた頃シムの手が止まった。
シムが取り出した本は子供が読む様な柔らかな挿絵の絵本だった。
その本からこの辺りが子供用の書籍が集まっている場所であることを推測する。
再び手を動かし幾度も取り出し戻す作業を続け、シムは漸く大きな文字とペンの挿絵が書かれた絵本を見つけ顔を綻ばせた。
「今日はもう夜遅いし、これを借りていこう…」
その本を開きパラパラと軽くめくった後胸に抱いた。
その後はその子供用の書籍の場所でもう少し漁り、子供用の地図が無いものか探した。
一方で、この深夜に関わらず宮廷の中枢の者達は、眠らないまま今後の体制について議論を交わしたり情報を集め続けていた。
王族や貴族に仕えている者達も例外なく眠れない夜を過ごしており、国王の執事達は一際多忙そうに一日中ばたばたと廊下を歩き回っていた。
その深夜も、国王が会議の中で夜食を所望した為その旨を調理室に伝えるべく執事は早歩きで廊下を渡っていた。
ふと廊下の先の方の部屋から灯りが漏れている事に気が付き、執事はブレーキをかけた様に足を止めた。
「…こんな時間に灯り?」
会議やら執務室やらが灯っているのは分かっているが意味のないだろう部屋が明るいのはこの事態なら尚更気になった。
静かにその部屋を開け辺りを除くと、そこには図書館で誰かが本を探している様な音が聞こえて来た。
この様な時間に図書館…?
執事は益々不審げに片眉を上げ、音を立てず中に忍びこんだ。
もしも泥棒や外部の者だったらと思い、恐る恐る音のする方を遠目から確認しようと窺い見る。
すると音を立てている方には男がしゃがみこみながら幼児用の絵本を熱心に探す姿があった。
(この者は何だ…?)
見るからに子供ではない栗毛の男が絵本を探す姿が奇妙な為、執事は暫く眺める。
あまりに一生懸命探しており特段盗む仕草でもない為、執事は再び音を立てない様に細心の注意を払いながら扉から廊下へ出た。
もし許可を得ていない者ならば処罰の対象だろうが、あの男が誰なのかから分からない執事は一旦身を引いて護衛軍のどの者かに許可は下りているのかを確認する事にした。
釈然としない気持ちを抱えながらも執事は調理室のある食堂へ辿り着いた。
本来であれば王族専属の調理室があるが、そこは決まった時間にしか稼働しないため、深夜問わず調理が可能な従業員が使用する食堂に赴いていた。
「誰か、国王陛下が夜食をご所望だ!
何か体が温まる様な物を用意しろ!」
執事は声を立て、食堂のカウンターから呼ぶ。
すると奥の方から食堂では有名な膨よかな女が出て来た。
「はいはい、今からだと芋粥の残りかお茶とクッキーしかないけどどうします?」
材料がないもんでね、と雑に答える女に執事は少しむっと眉を寄せるもその表情だけで止める。
国王陛下に芋粥など貧相な物は食べさせられない為、お茶とクッキーを、と短く答え近くの椅子に座った。
「あ、それと護衛軍か何か許可のことについて分かる者は今いるか?」
「許可?さて、なんの許可でしょう。
皆大忙しで出ずっぱりなもんで。
直ぐには難しいんじゃないですかね。」
女は首を傾げながら大きな瓶の中に保管されているクッキーを何枚か取り出しお皿に並べる。
「図書館の閲覧許可だ。
先程、貴族でもない男が忍び込んでいたのだが。」
女は執事の言葉に、ああ!と顔を明るくさせた。
「それならシムで間違いないわ!
あの子ここの新米の庭師の男の子で、護衛軍から夜だけ閲覧許可出してもらって色々調べてるんですよ。
喋りました?良い子でしょう。」
今夜も勉強なんて流石シムは偉いわ~、と何故か嬉しそうにお茶を小さなポットに移す。
執事はその準備を見つめながら腕を組む。
「シム…」
その聞きなれない名前を一度自分の口で転がしてみる。
みるからに平凡そうな名前である。
その庭師が絵本を漁っていたということか。
何故だろうと考えながら黙り込んでいると、食堂の女は紅茶とクッキーの乗った皿をトレイの上に乗せ、音を立ててカウンターに置いた。
「どうぞ。執事様」
不躾な渡し方に執事は再び眉を寄せながらトレイを持ち上げる。女の態度や話し方、庶民的な話し方が自分と合わないと話す度に執事は思っていた。
「…ああ、有難う。」
執事はトレイを大切そうに運びながら再び夜の暗い廊下へと踵を返していった。
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