テューリンゲンの庭師

牧ヤスキ

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無力の力

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「イリス、街の皆の怒りももう限界に近い。
切り札はいつ使う?」



その言葉に夜の酒屋の奥の隠し部屋に佇む数十名は暗い顔をして、大きな一つのテーブルを囲んでいた。
その一人に帽子を目深く被ったイリスが考え事をする様に腕を組んでいたが、その表情は誰からも見えない。


「今すぐにでも使おう!
次の一手をしてみせないと貴族達にも舐められるし、増税で怒っている皆からも支持を失う!」

「もう少し、様子を見るべきだ。
場所をきちんと整えないと切り札を使ったって意味がない。」


皆が意見を出し合う中、イリスは頷きながら漸く言葉を発した。


「様子を見るには賛成する。
しかしそう長くは待てないのも分かる。
その切り札を、どう使うかにもよると思うけど…」


イリスの言葉に皆は頷き、一人の女が立ち上がる。


「捕虜達は今地下水路に皆幽閉しているわ。
私の店からそこへ降りれるけれど…
使い方はどうにでも出来ると思うの。
それこそ公開尋問でも拷問でもなんでも
宮廷の前で公開処刑だって出来るわ。」


「処刑か…。
いきなり貴族ではない者の殺人を行えば、街の者から反感を買いそうだな。」


考える様に呟くイリスに、「それなら!」と先程発言した女の隣に座っていた亭主らしき男が立ち上がった。


「貴族が一人捕虜の中にいますよ!
そいつをまず処刑して反応を見てみましょう。
そうすれば宮廷に篭ってる奴らも明日は我が身と恐れるでしょう!」


「でもあんた、あいつはちょっと…」


女は怪訝な顔をして亭主を制するも、亭主は女の言葉を無視しなおも言葉を続けた。


「どうせ捕虜を使うなら一度うちに視察にいらしてください。
どいつを使うか是非イリスが決めればいい!」

少し部屋野中は騒々しくお互いが話し合う音やどよめく音に満たされたものの、イリスもその男の意見には賛成し席を立った。

「確かに見ておく必要があるな。
視察に行こう。」











深夜も大分過ぎもうそろそろで明るくなりだす空の下、若干名の反政府の者達とイリスが、集会場となっている酒屋から少し離れた別の酒屋の地下を降り、冷たい空気に満ちた地下水路に姿を現した。


地下水路はこの発展した城下街にはなくてはならない存在で、水路を辿れば宮廷を除いた街の隅々まで行けてしまう程に街に張り巡らされていた。

今イリス達が歩いているこの水路も何処かへ繋がる水路なのだろうが、大分歩いたためいったいどの辺りを歩いているのか地下からは検討もつかない。

案内人の夫婦は地下の移動が慣れているのか、難なく先頭に立って歩いて見せた。



そのうち漸く前方に人の気配がしてきたと思うと、なにやら悲痛な苦しむ声が木霊していることも聞こえた。


「この先です。
捕虜を監視しているのは、スパイをしてくれていた元憲兵の者達です。」


そう簡単に紹介すると、その呻き声の中心へと近づいて行く。
イリスはそのぴりぴりとした現場に緊張で顔が引き攣った。

「なぁに勝手に喋ってんだ、おい!!
あんまり調子乗んなよ!?」


そう怒鳴る声と共に、何度も何度も蹴り上げる鈍い音が聞こえてくる。

その先に居たのは、鎖や縄で繋がれた数十名の老若男女だった。
皆水路の脇に捕獲されており、至る箇所に傷を負い出血し、ボロボロの状態だった。

それを見張る様に巡回する男達が、声を出して泣く者の顔を蹴り上げている場面だった。

イリスは震えそうになる身体を必死に拳を強く握って耐えるも、誰にも見えない表情は恐怖で強張っていた。


巡回していた者の一人が気づき、先程残忍に蹴り上げていた人間とは思えない清々しい顔で近付いてきた。


「貴方がイリスですね、話はよく伺ってます!
この捕虜達の監視をしていた元憲兵のジェムです!」


そう元気良く挨拶し握手せんと手を差し伸べるも、イリスはその手をどうにも取る事が出来ず、一つだけ頭を下げて見せた。

ジェムと名乗った男は、握手を断られたことは特段気にしていない様で、明るい調子のまま言葉を続けた。


「案内します!
ここより奥の方にも捕虜がまだいるんで。」


ジェムの案内を受け、イリスと数名の組織の者達は水路を進む。
壁には縛られ項垂れている捕虜達が、ぎりぎりの生存を許されている状況だった。

その一番奥にはまた違う声が木霊してくる。


「こ…か…ない!……、…だ…!」


先程の罵倒する声とは違う、どこか懇願する様な声にイリス含めた数名はあたりを見渡す。


「この声は…?」


その奥には二人の男が、先程の者達と同じく鎖で腕を壁に繋がれていたが、先程通り過ぎて来た者達とは様子が違っているようだった。


「お願いだ、この者は関係ない!
僕のことは好きにしてくれていい。
この者は解放してくれ。頼む…!」


声はその男から発された懇願だった。


全身を血で濡らし、ぜいぜいと息を切らしながら、もう一人の者を庇う様に背中に追いやり元憲兵だった男に頭を下げ続けていた。

男は漆黒の髪をした東洋人だった。


背中で庇われている男もきちんと成人した、庇っている男よりも年上の男の様だった。
しかし意識が遠のいてきているのか唇も青紫で、血に濡れた全身をがたがたと震わせ憔悴しきっていた。


「この者は、…」


イリスはこの男に見覚えがあった。

一度だけカスパルに紹介された東洋の顔をしたカスパルの友人だ。
東洋人などその男以外にこの街には恐らくいない。
間違いなくイリスは男と面識があった。


「唯一捕獲に成功した貴族ですよ。
と言っても、こいつも元憲兵なんですけどね。
な?キンバリー!!」


ジェムはそう言って愉快そうにキンバリーと呼ばれた小風の顔を勢いよく蹴り上げた。


「ぐふっ!」

小風は鎖がある以上蹴りを受け止め、口から血を吐いて倒れこむ。しかしその眼差しは強くジェムを睨みつけていた。


「キンバリー、様…っ」

背中で庇われていた男が必死に庇おうと体を丸めてもがく。
その度にごほごほと血と胃液を口から溢した。

その光景がジェムやその周りの元憲兵には娯楽に見えるのか、非愉快そうに笑っていた。


「っお願いだ、この者はっ関係ないんだ…。
解放してやってくれ…!」


絞り出す様な懇願は続く。
小風もまた体力的に限界が訪れそうな声色だった。


「こいつ、ここに収容してから同じ事しか言わないのです。
憲兵時代もまぁ生真面目で面倒で、キンバリーには散々迷惑かけられましたよ。なぁ?」


賛同する様に周りの者達も嘲笑う様に頷く。
その笑い声を受けて、小風は血を吐きながら俯いて聞いていた。


憲兵という職務に誇りを持っていたとしたら、この嗤笑は胸が引き裂かれる様な痛烈なものだろうが、ただじっと受け止めている様だった。


イリスはまさかここに捕まっている唯一の貴族が、よりにもよってカスパルの友人キンバリーなどとは予想しておらず、動揺を隠せずにいた。
しかし周りの者達はその見慣れない東洋の顔に動揺しているのかと特段疑念を抱く者はいなかった。


「キンバリー…、か。」


そのイリスの呟く様な声に小風はすぐさま顔を顔を上げた。

「……っ」

小風は直ぐに目を見開き、小風もまたイリスと面識がある事に気づく。


カスパルに紹介された時、東洋人であるこの顔を怪訝そうに見ていたので声も顔も印象的に記憶に残っていた。

しかしそれ以上の事は言葉にせず、小風は口を閉じた。

「…っ!」


イリスは慌てて帽子を目深く被り直すも、小風はじっとイリスを見上げ何も言わず再び俯いた。
俯いた頭上の血の固まった跡が痛々しかった。


「おうおうキンバリー。
お前でも流石に知っていたんだなぁ。
この国の再生の象徴!革命のイリスを!」


小風の言葉に意外そうに笑いイリスを紹介しだす。
しかしイリスはジェムの腕を取り言葉を中断させた。


「ほ、捕虜に紹介なんて必要ないだろう!
…もう視察は済んだ、皆行こう…!」


慌てて踵を返したイリスに皆もまた慌てて後を付いて行く。



「怖がらせちゃったかね?」

「まあまだ若そうだしな…。
せっかくここまで来てくれたんだ、見送りに行こう!」

小風ともう一人の男を監視していた元憲兵達も小言を交わしながらもイリスの後を付いて行く。
小風と一緒に捕まっている男とで、再び二人だけとなった。






男は直ぐに小風に視線を向けて涙を流した。


「キンバリー様、っ…。
もう私を、…っ庇うのはおやめください、
貴方が、貴方が…死んでしまう…!」

泣く男に小風は少しだけ微笑んで見せ、再度唾と血を床に吐いた。




「リゲル、…貴方はあの燃える屋敷から僕を救ってくれた。
今度は僕が、貴方を救う番だ。」









 
 
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