テューリンゲンの庭師

牧ヤスキ

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無力の力

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イリス率いる反政府組織の者達は、再び本拠地である酒屋の隠し部屋に戻った。
その道中、無駄口を叩く者は誰一人おらず、表情も暗い面持ちであった。


本拠地の椅子に着席しても尚その静寂は続く。
皆、イリスの発言を待っていた。

イリスはテーブルの上で腕を組み、項垂れるように下を向き冷静になろうと考えた。



キンバリー、否、小風の声が頭の中に蔓延り、永遠と再生を繰り返す。
あれは間違いなくカスパルの友人として紹介された東洋人だった。



よりにもよって何故あいつ一人が貴族として捕らわれているのだ。

あいつは貴族ではあるものの異国人。
顔形がまるで我々とは違う。
おまけに貴族と言っても養子縁組なのは明らかだろう。

その様な者を宮廷の前で惨たらしく処刑したとして、誰の心に響くというのだろう。



「…皆、意見は一つだと思う。」

誰も言葉を発しないこの場で、重い腰を上げるように静かに語り始めた。
そのイリスの少しかすれた少年と青年の間を彷徨う声色に、姿勢を正しイリスに目を向ける。


「今、あの貴族を処刑したところで貴族や王族が動くか怪しい。
その理由として、今の時点であいつを全面的に捜索する様な動きが一つもないからだ。
それならばやはり他の従者だった捕虜から使う他ないだろう。」


「でも、従者達を殺したら…、街の者の中にはその家族や知人だっている筈だぜ…。
市民からの信用を失う恐れがあるんじゃないのか。」


咄嗟に出席している一人が反論する。

その意見もごもっともである。
そう言うようにイリスは、深く帽子を被った頭で頷き、話を続ける。

「その通り。
処刑したら今度は住民の味方を失いかねない。
だけど選択が遅れれば、王政に先手を取られる可能性は高い。」


「俺の考えなんだが、近いうち…明日晩にでも声明を発表するのはどうだろう。
もうこちらは情報を得ている、貴族どもが疎開しようと亡命を画策しようと全て先回りして阻止出来る情報も手段も用意している、てね。
そうすれば屋敷を失って匿われている貴族どもと国王は真相究明や手配で混乱するだろう。
その混乱の間、こちらにも時間が生まれる。
その間に従者達から別荘や頼りそうな親類の情報を聞き出すんだ。
素直に話せばきちんと帰すし、話さなければ処刑する。」


どうだろう、と話を終わらすと周囲の者達の反応は実に様々だった。

それしかないだろうと頬を緩める者、
そんな心理戦が果たして本当に上手く行くのだろうかと眉をひそめる者、
従者を利用することにどうしても臆する者、


全ての者の気持ちを手に取るようにイリスの心に入ってくる。
どの感情も当然の感情だ、少々無理な案であることも承知している。

しかしイリスは一貫してこの内乱をなるべく早く収束させたい思いが念頭にあり、この些か強引な手段が最も速度のある案には違いなかった。


イリスは戸惑う者もいる中、椅子から立ち上がる。
心にある思惑を、皆の心が動く様な言い回しに落とし込んでいった。


「戸惑う気持ちも分かるよ、従者と言っても市民だからね。
でも俺達には時間がないんだ。
増税も決定された。
俺達の行動が遅れれば遅れるだけ渡したくもない俺達のお金が吸い上げられていく。
暮らせなくなる者ももっと増えるだろうね。
それに立ち向かうにはやはり早い決断が必要だ。
…もう俺達は犠牲を恐れる段階ではないだろう?」


「確かに…。
このまま渋っていたら、頑張った屋敷襲撃も水の泡…」

「私達の生活を守るために立ち上がったんだから、イリスの言う通りだわ…!
多少の無理も早く終わらせられるなら必要よ!」

同調する様に周りの者達が立ち上がり賛同し拍手して行く。

もうその時点でイリスの案に反論するものはいなくなった。

しかしまだ動揺を残す者達は控えめな拍手だった。
恐らく従者の中に知り合いと思われる様な者もいるのだろう。
その者達をイリスは見逃さなかった。


「どうしても納得できなければ今この段階で抜けてもいいよ。
俺達は攻めないし追わない。
でも従者達の事情聴取には、なるべく物腰の柔らかい人にやってもらいたいんだ。
今は苦しいと思うけど、それをやってくれる人がいたらぜひ力になってほしい。
どうだろう。」


イリスによって設けられた救済は動揺する者の目に光を与えた。

「それならば、イリス…。
国のために、俺達は何でもしよう…」











深夜、青白い月の光で薄ら照らされた宮廷内の廊下を歩く二つの影があった。


一人は豪華な刺繍の施されたマントを床に引きずっていた。
その傍らには厳かに礼服に身を包んだ男も後をついてきている。


「どこまで着いてくる気だ、トーマス。
私の蜜事まで監視するつもりなのか。」

トーマスと呼ばれた初老の執事は、辺りを見渡しながら国王の後を申し訳なさそうに尚も着いてくる。

「今の情勢は非常に危険です陛下。
この様な夜更けに歩き回る事は本来はしていただきたくありません…。
なのでせめて私が着いている次第で御座いますが、陛下…一体どちらへ…?」


この様な夜更けに一体どこの女の元に行こうと言うのだ、と言わんばかりの視線を受け止めながらも国王は執事を振り返らず、ふん、と鼻をすすった。






「お前はここで待っていろ、いいな。」

そう突然言って立ち止まった目の前には白く大きな扉があった。側室のために造られた部屋の一つである。
執事はその扉の先の人物を勿論知っていた。

「何故この様な夜更けにジェーン様の部屋に…?」


国王は暗がりでも薄く分かる様な、残虐的で仄暗い微笑みを少し垣間見せた。

「何故それをお前に言わなくてはならないのだ。」


そう言って扉の取手に手をかけた。









 

 
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