テューリンゲンの庭師

牧ヤスキ

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無力の力

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国王は深夜にも関わらず無遠慮に音を立てて大きな扉を開けた。


「私が来たぞ。
起きてこちらまで来い。」

そう声高々に言う。
しかし部屋の奥のベッドからは寝息のみが聞こえる静寂の部屋のままだった。

仕方がない、まだ子供の身体なのだからよく眠るのも子供の仕事だろうと、妙なところで加虐心を感じながらも国王は扉を閉め、ベッドの方へと歩いた。

「黙っていれば可愛い顔だな…。」


ベッドには横向きにすやすやと眠るジェーンがいた。

前よりも痩せた様に見えるものの、気の強そうな瞳は今は閉ざされ、あどけなく無垢な表情が国王は堪らなかった。
ジェーンの既に膨らんでいる腹をゆっくりと手を這わせた後、頬に大きな手を添えながら囁いた。


「さぁ、私が来たぞ。
起きて奉仕をするんだ。」


その言葉に、漸くジェーンは人の気配を感じ取り、眉をひそめそっと瞼を持ち上げた。



ここに訪れる人間は、食事を運ぶ従者か人の目を盗んで来てくれるシムだけである。
そしてこんな夜更けに訪れるのはシムだけ、ジェーンはすっかりシムかと思い緩く微笑んだ。

あれ…?

ここで漸く身体の感覚が鮮明になってゆき、今頬に添えられている掌が非力そうなシムの優しい手ではないことに気づき、サッと笑みが消える。
暗がりに目を凝らす様に人物を見上げ、ジェーンは息を飲んだ。


「…っ…なんで……」


微笑みから驚愕までの流れが面白かったのか、国王は愉快そうに笑って首を傾げた。

「微笑んでいたな。
良い夢でも見ていたのか?
どうだ?妊婦の身体は。」


ジェーンはその他人事の様な言い方に、に怒りで全身がガタガタと震える。

誰のせいでこんな事になっていると思っている。
私の人生をめちゃくちゃにしたのはお前だ…!


許されるのならばここで罵詈雑言を言葉が続く限りぶつけたいが、国王の先が読めず怒りだけが震えとなって現れる。

「さぁ、何度も言わせるんじゃないぞ。
お前の下の穴は今は使えないが口では奉仕出来るだろう?
私は国民のために働き詰めで疲れているのだ。
早く口を開きなさい。」


さも当然の様な口調で言い放ち、ジェーンの髪を乱暴に掴み持ち上げる。
その瞬間にジェーンの心の何かがブチリと切れる音がした。


その時のジェーンは自分でも不思議な程、先程まで激昂して高鳴っていたはずの心臓は恐ろしい程凍てついた。
冷静になってゆく中で、シムの顔を思い浮かべていた。


ごめんなさい、シム。
お腹の子を大切にしたかったけど、私もちゃんと生きるって
故郷にも帰りたいって言ったけど全て諦める。
心の歯止めが効かないの。


心の中に浮かぶシムにジェーンはそっと告げた。
心の中のシムは少し困った様に眉を下げた様な気がした。


ジェーンは持ち上げて来る国王の手を力一杯振りほどいた。

「嫌です…!
絶対したくありません。」



国王は些か冷静すぎる強い眼差しに目を見開いたものの、抵抗されることは想定の内だったのか意地の悪い笑みを続ける。

「いいのか?
この私の命令に歯向かう事は不敬罪だ。
そんな身重で、牢屋にぶち込まれることになるのだぞ?」


「そうやって前みたいに無理矢理組み敷く算段を立ててたのかもしれないけど、その時はこの歯であんたの性器を噛み千切ってから死んでやる。
本気よ、それでもいいなら来なさいよ。」


ジェーンの視線は、国王の微笑みを消す程には酷く冷たく怨念の混じる恐ろしい色をしていた。

それは決して怯えや恐怖と言った弱い色は一切無かった。

その異様な空気を放つジェーンに、国王は次第に苛立たち舌打ちをする。


「随分調子に乗ったものだなぁ…。
やはりこんな贅沢な部屋で優しくするものじゃなかったな、小娘が!」

国王はそう威圧する様に怒鳴りながら、ジェーンの頬に力一杯の平手を食らわせた。


「ぐふっ!!」



ジェーンはもろにその衝撃を頬に受け、ベッドから転がり落ちる。
しかし膨らんだ腹を護る様に身体を丸めて蹲り、強い眼差しのまま睨み上げる。

「っ…そうやって言う事聞かないとすぐ暴れる姿、赤ん坊みたい。
市民もそんなあんたに呆れてるから、あんな騒ぎを起こされたのよ…!」

その言葉に国王は拳を強く握りながらジェーンの上に跨る。


「その騒ぎを何故お前が知っている!!
お前に会いに来る者などいる訳がないのに、何故だ言ってみろ!!」

激情に任せて唾を飛ばさんばかりに怒鳴りつける声に、ジェーンは耳を手で抑えながら反抗する。


「何も知らないのはあんたの方じゃない!
私の事も不敬罪で殺せば?
あんたの子供を身篭った女を処刑する事が、どれだけ心象悪いか身を以て感じれば良いじゃない!殺しなさいよ!」

狂気さえ孕んだ眼差しで殺せと迫るジェーンに、国王は憤慨しつつも後ずさる。

この娘、何か覚悟を決めている。


その揺るぎない強さに国王は無意識に歯が立たない事を察したのか、それとも自分の思い通りにならない事に苛立ちが募ったのか、大きな舌打ちをしながらジェーンから遠のいた。


「生意気な小娘め…!
次私がここに来る前にその態度を直さなくば、次こそ不敬罪で殺してやるからな!」


その言葉を足早に言い放ちながら急ぎ足で出口へ向かう。

「糞尼め!」

悪態を付きつつ出口の側にある小さなテーブルを勢いよく蹴り倒し、国王は部屋を出た。







ジェーンはその後ろ姿が見えなくなるまで見つめると、倒れた状態のまま肩を震わせて涙を流した。

「ふうぅうっ…!ううぅっ…っ」

唇を噛み締め漏れ出る声を必死に堪える。



人に当たり、物に当たり、傲慢でなんて愚かな大人だ。

あんな男に一度でも身体を虐められた事が悔しくて悔しくて発狂しそうだった。
ジェーンもぎりぎりの攻防戦だったため、ここに誰が来るのかという問いにシムの名を口に出しそうになったが、あんな残忍な男からシムを絶対に離さなければならないと強く誓った。


ぶるぶると震え、涙と鼻水をぼたぼたと絨毯に落としながら独り言を零した。


「シムっ…わ、わたし…勝ったわよ…!
あの男に、逆らってみせたわっ…
シム……っ……」






 



 

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