テューリンゲンの庭師

牧ヤスキ

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無力の力

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庭の片隅で箒を持ちながら、シムは手を動かすでもなくただ呆然と遠くに目をやっていた。



「あの、大丈夫ですか…?」

ふいに、肩に手を置かれる感触がし、シムは慌てて後ろを振り向いた。


そこには男が少し心配そうにシムを見つめていた。

その男は以前介抱したことがある、先輩からセスと呼ばれていた青年だった事をシムは思い出す。

「あ、あなたは、あの時の…」


シムは慌てて辺りを見渡し、自分が庭掃除をしている最中だった事を思い出した。



カスパルの接吻を受け止めてから、シムはずっと名前のつけられない感情の中を行ったり来たりしていた。

今までの記憶もひどく曖昧なまま数日過ごしてしまっていたが、手元の道具たちを見る限り、記憶曖昧な中でもきっちり仕事だけは怠っていなかったようだった。


「また会えたって思ったんですけど…。
ぼーっとしてたんでつい。
…大丈夫ですか…?」


セスはシムの顔を心配そうに覗き込む。

シムもセスの顔を見ながら、状況を理解しなければと慌てて口を開こうとするも、咄嗟にカスパルの妖美な瞳と唇の感触が鮮明に蘇ってきて固まった。


”分かるか、シム。”


低く、腰に来る様な響くカスパルの言葉。
シムはまた意識を遠くの彼方に飛ばしてしまいそうになる。

しかし必死に頭を振り、困った様に微笑んだ。

「…すみません。
作業に集中、しちゃっていたみたいで…。
今は何時、ぐらいでしょうか…?」


「多分16時ぐらいかな。
冬ですしあと少しで暗くなりますよ!
俺、送って行きましょうか?」

「いいえ、そんな事、させられないです…!」

シムは困った様に首を振りながら後ずさる。
そこまで護衛軍の者にしてもらう訳にはいかない。

16時ごろであれば庭師はもう仕事終わりの時間だが、セスは仕事真っ只中な時間といっても過言ではない。
しかしそんなシムの遠慮は全く通じないのか、セスは以前よりも血色が戻った顔色で微笑みながら近寄る。


「それじゃあ少し話をしませんか?
あ、俺セスって言います。
俺、…介抱してくれた時本当に嬉しかったんです。
本当に会いたかったから……、
その名前を伺ってもいいですか?」

近寄って来るセスに、嬉しいと思いつつも印象が変わり過ぎていてシムは戸惑った。
吐きそうな彼を介抱した時は、怯えている様に寂しげで静かだったが、今はまるで反対の印象である。

本来の彼の性格はこちらの方なのだろうか、頭が混乱する。


「庭師の、シムと言います。」

その言葉にセスは嬉しそうに微笑んだ。







「最近少し色々と追い詰められていて、仕事もうまく行かなくて辛かったんです。
でもあの日、シムさんに介抱して貰った時、なぜかとても安心できて。
変ですよね!
でもまた会えたらって…そう思ってると不思議と落ち着く事が出来て。」


セスとシムは用具小屋の裏に軽く腰を掛けて話をした。
小屋の裏は日陰でひっそりとしており、静かな話にはうってつけの雰囲気だった。


辛かったというセスの言葉をシムは静かに聞く。
やはりあの時は何かに追い詰められていたのだと知った。


「全部自分のせいなんですけどね!
でも色々あって先輩達の事も怖くなっちゃって…本当に尊敬していたのに今は…。
でももうそれもあと少しで終わる筈なんだ…。
あと少し俺が頑張れば丸く収まるかもしれないんです。」


主語が抜けたセスの言葉は、シムにしてみれば何に対し誰に向けた言葉なのかさっぱり分からない。

しかし苦しそうに、静かに語るセスの言葉をじっと聞いた。


恐らく仲間の者には言い難い話なのかもしれない。

こうして、全く関係のないシムだからこそ言葉にしているのかもしれない。
聞くだけでもセスという青年が救われるのであればシムはいくらでも聞こうと思った。

そしてシム自身、こうして誰かの話を聞いているとカスパルとのあの夜の鮮明な記憶を一旦忘れる事が出来た。


シムよりも少し背の高いこの若い青年は、一人で一体何を背負っているのだろう。
とても悪い事を考える様には見えない。
彼なりの正義を証明するために立ち向かっている様にシムは思えた。


カスパルも時折、世界の全てを背負っていると様な絶望の眼差しをしている時がある。
今のセスもその目の色と似たものを感じた。

軍人になる者は、自分が壊れてしまいそうな程の責任感とせめぎあっているのだろうか。


「あまり、思い詰めないで、くださいね。
俺でよければ、話だけは聞けるので。」


安心させてあげられる様にゆっくりと話すも、前からの吃り症ですらすらと話す事が難しい。
しかしそれでもシムは最後まできちんと言葉にする。


その言葉でセスは嬉しそうにシムの目を見つめながら微笑んだ。


「はい、ありがとうございます。
…シムさん!」















「おい、お前の部下は随分と怠惰な様だな。


国王はどこか苛立たしげに書類の山に視線を落としながら、カスパルへと言葉を投げかけた。

その書類の山はレグランド国の貴族達からの疎開希望の書簡やら受け入れ要請の書類である。


大きく煌びやかな窓の側で直立し構えていたカスパルは、国王へ視線を向けた。

理由は分かっていないが数日前から異様に苛立ち、こうした言葉や態度で幼稚に示して来る国王のせいで、この数日間の執務室の雰囲気は非常に悪かった。

扉の隅に控えている執事のトーマスも、カスパルの視線に怯えているのか国王自身に怯えているのか、心労を抱えていた深刻な表情をしていた。


「セスのことでしょうか?」

カスパルは一応応答するも、国王は間髪入れず返した。

「名前などいちいち覚えているか!
お前がよく小間使いしている小僧だ。
先程もお前の剣の手入れ道具を持って来る様に言っていたじゃないか!
それなのにいつになっても戻ってこない。
躾がなっていないぞ!」

カスパルは元々冷め冷めした目つきをさらに冷たくし、窓の外に視線を戻した。


確かに先程カスパルは件の手入れをしたいから用具達を持ってきてくれないかとセスにお願いした。

しかしそれは最近体調も不安定で恐らくカスパルを遠ざけているセスを思いやり、ゆとりのある仕事を与えているだけに過ぎなかった。

なんならこんな執務室戻ってこなくてもいいし剣の手入れなど自分の部屋でも出来る。

長い時間戻って来ず休憩していてくれていればカスパルとしては本望であった。



「国王の政務には関与のない事を任せてありますので問題ないはずですが。」

「そう言う問題ではない!
躾をしておけと言っているのだ」

国王が机を強く叩き、口答えをするカスパルに怒鳴った時、丁度執務室の扉がノックされた。

外から入ってきたのは正に話題に上っていたセスだった。

いつもより元気を取り戻した様な、嬉しいことでもあった様な表情で入室してきた。


それでもカスパルを見た瞬間、その瞳は怯えだし下を向き出す。
その変わりようにカスパルはほんの少しだけ寂しい目をしてすぐ戻した。


「隊長…遅くなってしまって申し訳ありません…!
手入れの用具一式をお持ちしました。」


おどおどしく差し出すセスから「助かった、すまないな。」と告げて道具を受け取った。

「ふん、可愛げのない上司なら部下も部下だ。」

そう嫌味を言いながらも書類を差配する国王にセスは小さくなる。

そんなセスに、カスパルは見下ろしながら国王に聞こえない様に小さく囁いた。


「気にするな。」








 
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