テューリンゲンの庭師

牧ヤスキ

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無力の力

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「はぁ…。」


セスは自室のベッドに横たわり天井を見つめる。
今日の事を思い出し、胸が暖かくなるのを感じていた。

ここ最近は、カスパルが気にかけてくれているのか、簡単で責任のない仕事を細々とこなすばかりの日々だった。
今日もカスパルの側にいる事の他には剣の手入れ用具を持って来る事以外仕事はなかった。

きっと散々取り乱し体調の悪い姿を見せてしまったので、カスパルなりに側で監視したいのだろうと察していた。



しかし、やはり今の状況でカスパルの側にいることは精神衛生上決して良いとは言えなかった。

夜はイリスとしてとても頭を使う日々、日中はカスパルに見守られる日々。
その往復は確実にセスの精神を擦り減らしている。


今日、少しの間だけ一人で散歩ができたことが、久しぶりに息が出来る時間であった。
何より会えたらいいなと思っていたシムにも会えた。


シムも少々疲れている、というよりかは何かを考えている様な表情をしていたが、あの日介抱してくれた時の優しい眼差しや表情は変わっておらず、声を聞けた瞬間気づいたらセスは色々な事を口に出してしまっていた。

誰かに聞いて欲しかったのかもしれない。
それが何も知らない何の柵もないシムだからこそセスは安心することが出来たのかもしれなかった。


おそらく自身よりかは幾分年上なんだろうと雰囲気で感じる。
しかし元々シムが男らしい方ではないからか、不思議なほどシムという存在が気になって仕方がない。

今日は自分の話を目一杯してしまい、シムを困らせてしまわなかっただろうか。
自分はシムに甘え過ぎてしまっているのだろうか。

考えれば考えるほど不安は膨張しセスはドキドキと胸を躍らせた。


イリスのことも国のことも、そしてカスパルのことも考えずシムのことを思い出すとセスは救われた様な気持ちになる。
そんなことをしている猶予もない筈なのに、自分でも理由がわからなかった。



もしも戦争なんかになってしまって、国が大混乱になったら。
その混乱に乗じてシムと二人で誰にも知れらない土地まで逃げれたら、なんて…


しかしシムという名前、どこかで聞いたことがある気がする。
どこで聞いたのだろう、似た名前の者がいただろうか。


眠りに意識を手放すその時までシムを思い浮かべながらセスは瞼を閉じた。














国王の執務室では政務を終わらせた国王が、夜の茶を嗜んでいるところだった。
今日も何事もなく一日が終わりそうな時間。

セスももう帰らせて、カスパルは日中と変わらず大きな窓の側に佇み窓の外に目を向けていた。
ここ最近宮廷の周りが静かすぎる気がする。

ほぼ代わり映えのない平和な空気は間違いないが、カスパルは野生の勘で、近々何か動きがあるのではないかと城下街を気にかけていた。



その窓からは宮廷一大きな庭も眺める事が出来る。
時折朝方に老婆とシムが庭の手入れをしている姿も盗み見ることが出来る。


ここ数日もシムは黙々と作業をしていた。
接吻をしてしまったためか、シムの日常に支障をきたしてしまっていないか心配していたが、何事もなく仕事をしている姿を見るとカスパルは安心した。


あの夜、また一緒に街に降りようと言ったが、やはりもう近づいてはいけない気がしていた。
自分が近づく事でシムに降り掛かるかもしれないリスクが多すぎる。

あんなに自分の事を尊敬してくれていたのに、自分と来たら。
それに漬け込むように接吻だなんてあまりに理性の欠けた行動だった。

しかしシムの柔らかい唇の感触を思い返せば思い返す程、カスパルは大切にしたい気持ちとめちゃくちゃにしてしまいたい気持ちが交差した。


"カスパル…さん……"


シムの驚愕した目を思い出す。

そういう意味でも、もう会わない方がいいだろう。
もっと怖がらせるようなことをしてしまいそうだから。
 






国王はカップを机に控えめな音を立てて置き席を立つ。
「もう今日は終わりにしよう。
トーマス、カスパル、私を寝室まで見送れ。」


そう言いながらゆっくりと腰を上げる国王に、執務室で待機していたカスパルと執事の二人は視線を合わせる。

カスパルが口を開けようとした瞬間、執事がより早く声を出した。


「わ、私は執務室の鍵やお茶を戻しますので…。
どうぞカスパル様に見送って頂ければと…!」

若干慌てた様に言葉を発し、様忙しそうにティーセットをガチャガチャと音を立てまとめ始める。


その慌て様を見るからに、国王を見送った後カスパルと二人きりになるのが余程嫌だったのだろう。
その透けすぎている態度にカスパルは一度執事を強く見つめた後、国王に向き直った。

「私一人でお見送りしましょう。」


カスパルが国王に近付き扉を開けると、国王は二人での見送りに拘っていた訳ではなさそうで「うむ。」と一言言ってからゆっくりと廊下へ出た。



廊下へ出ると常時警備に備えている私兵二人と従者の女二人が傍に待機していた。
国王が退室した後も彼らは交代交代で番にあたる。


「カスパルよ、テューリンゲンの娘に会った事はあるか?」

廊下を歩きながら国王は静かにそう話しだした。
暗い廊下に国王の言葉は非常に寂しい雰囲気を纏わせる。
突然国王から発せられるテューリンゲンと言う名前に内心驚きつつ見下ろした。


「ジェーンの事でしょうか?
前まで時々様子を見に行っていましたが、ここ最近は時間が作れず……何故です?」

カスパルの言葉に国王は眉を寄せながら直ぐに振り返った。

「時々だと?!
お前達はどう言う関係なんだ?!」


「どう言うと言われましても。
王妃陛下と北の地方の視察の時に顔を合わせた縁がありますので、入廷の際から気にかけていただけです。
何かあったんでしょうか?」


何か誤解されているのではと言う思いと、この国王は北の地方の視察の詳細など頭の片隅にも置いておけないほど記憶力が乏しいのかと驚きつつ直ぐに否定する。

国王は尚も眉を寄せながらも威圧感は薄れ歯切れ悪そうに前を向き直った。

「あぁ、ああそう言えばそうだったな。
否、部屋に閉じ込めているあの娘に、先日の騒動を説明した者が居るみたいだ。
場合によっては不貞行為にあたる可能性もあるかと思ってな。」

その言葉にカスパルは直ぐに合点が行ってしまい、逆に今度はこちらが眉を潜める。


以前シムが何故かジェーンの現状を正確に把握していた。

今も時々見舞いに行きジェーンに近況を伝えてあげているとしたら、シムの可能性が非常に高い。
もしくは国王に取り入り妊娠した子供に対してもよっぽど親切な従者か。

しかしこの男にシムという名前を知られる事は大変危険であるとカスパルの警告が鳴る。


「あの騒動は大きなものでした。
知られていて当然でしょう。」


ねるべく平然と、さも当然の様に返事を返す。
国王は何処か煮え切らない様だったが、一応「そうか……」と返事をし、その後はお互い思い無言のまま寝室までの道のりを誘導した。








「それでは失礼致します。」

カスパルは敬礼しながら扉を閉めた。
寝室の傍にも待機している私兵達に一つ頷いてから歩いて来た廊下を戻り始めた。


この後いつもなら皆の目がない事を確認してからこっそりと図書室へと向かっていたが、今晩は訓練場で鍛錬でも積むかと考える。
いつもがむしゃらに頑張っていたセスはこの頃めっきり訓練場に顔を出さない。


「まあ無理もないか…」

モールが死んだ場所なんだからな、と溜息を吐く。





その時、コツコツと質のいいブーツが廊下の大理石を踏む音が、向こうから聞こえてきた。



この廊下の先には国王の寝室しかない道だ。
国王に何か用がある者か、執事か。

カスパルは歩きながらも廊下の先を見つめると、先日も目にしたある人物が廊下の暗がりから静かな藍色の礼服を見に纏いこちらに向かってきている事が分かった。


向こうはカスパルの顔を恐らく知らないのだろう。
一度カスパルを視界に捉えても、貴族らしく優雅に会釈をし通り過ぎようとした。

カスパルは目を見開き強い眼差しで引き止めた。



「お引き止め申し訳ありません!
オーデッツ様ですね…?」







 
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