テューリンゲンの庭師

牧ヤスキ

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無力の力

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その日は突然に訪れた。



カスパルがオーデッツ卿と話すことに成功してから幾日か経ち、国王と古参貴族らによる疎開先の国を決める会議は受け入れ先がないという理由で難航を繰り返す日々。

その日はいつもと違った。
護衛軍の宿舎に国王の私軍の一人が早朝にも関わらず扉を叩いて来た。

「起きろ!伝達だ!」

その呼びかけにセスは飛び起きて扉へ向かった。
聞きなれない声とあまりに早い時間帯に疑問も覚える。

「っ…はい、今!」

若干寝ぼけながらも急いで上着だけを羽織り、扉を開けた。
そこには私軍の軍服をピシッと身に纏った男が朝にも関わらず酷く神経質そうな目でセスを見下ろしていた。


「遅いぞ、国王より伝達だ。
今朝はカスパルよりも一刻早く執務室へ来いとのことだ。」

「え、自分がですか…?!」

セスは国王に一人で来いと言われる様な事をしでかした覚えが見当たらず、扉の前で動揺する。


まさか、イリスのことが…反政府の事が…?

いや、カスパルさえも恐らくたどり着いていないだろう真実に、あの男が気づく訳がない。
決して聡明とは言えない男だからだ。
セスは短い間であらゆる可能性を考えてみたがやはりこれといった事が分からなかった。


私軍の男は「伝えたからな。」とだけ短く残し、護衛軍の陣地にはあまり長居したくないのか颯爽と帰って行った。








護衛軍の軍服をきちんと着直したセスは急いで執務室の前まで走って向かった。
執務室の前では国王の私軍が二人門番をしている。
セスを訝しげに見下ろして来るが特段何も行っては来ない。

(落ち着け…落ち着け…別にあいつに何かがバレた訳じゃないんだ)


セスは冷えた気持ちを一生懸命冷静にさせてから扉を叩いた。

「護衛軍のセス、参りました!」


その言葉が執務室の前の広く長い廊下に木霊し終わった頃、大きな木の扉が執事トーマスの手によって開かれた。


「陛下がお待ちです。」

それでけ言うとセスを通す。
セスは普段はカスパルにくっついて入室していた為緊張しながら一礼しながら中へと進んで行った。



「護衛軍の若いの、悪かったな急に呼び出して。」

書類の積まれた豪奢な机で国王はパイプに煙草を詰めながらセスを出迎える。
その表情は何処か人を試す様な意地悪い光がいつも以上に光っている気がした。
セスは敬礼しながら姿勢を正す。


「今日は私もそこのトーマスも約束の用があってな。
お前とカスパルには臨時で休暇を与えると伝えたかったのだ。」

「休暇…ですか…?」

セスは早朝に一人で呼び出された内容がそれかと、思わず拍子抜けといった表情をした。
しかし国王は表情を変えず話を続ける。


「今日、お前からその事をカスパルに伝えるのだ。
そして本日一日はカスパルと一緒にいろ。
いいな?」

セスは国王の話す意図が汲めず、思わず首を傾げる。


「一日一緒に…ですか…?
…あの、仰っている意味が…」

セスの問いに国王は少々苛立った様子で荒くパイプに火を灯し声を低くこう続ける。


「見張れと言っているんだ、奴を。
分かったらすぐ行って来い!
頭の悪い奴め。」


どうやら直ぐに行動出来なかったセスに対して怒りをぶつけているらしい態度に、セスは慌てて敬礼し直し足早に扉の方まで向かった。

そこには先ほどと変わらず執事のトーマスが控えていた。


「あの、本日は一体何があるのですか…?」

扉を開けてもらう前にセスは遠慮がちにトーマスに質問をする。トーマスは少し考えた様に俯き、声を潜めて答えた。


「この事は決して他言無用です。
エリザベス王妃の裁判が行われます。」














早朝、カスパルは広く簡素な自室のベッドに腰掛け、俯き考えていた。
その身体は既に勲章が多々施された軍服をきっちり着ており随分前から準備は終えていた。


オーデッツ卿、あの方と話が出来た事は大きな収穫だった。

執事トーマスが、いつシムに接触するかとても信用出来ない。
シムだけでも不安定極まりないこの国から自分の故郷へ脱出させる事が出来ればもう心配はない。


しかし決して気持ちは明るくなく、カスパルの瞳は暗く混沌としていた。

この国には少なからず恩義があり大切な部下が大勢いる。
しかしこれ以上憎しみや差別や対立が生まれ続け、大切な者達が殺しあう様な事が起きたら、カスパルの心は耐えられない。

そんな事になるくらいなら。
他の誰かに苦しめ殺される運命が、大切な者たちの避けられない未来だったとしたら。
そしたら自分が代わりにその者達を苦しまずに逝かせてやりたい。



カスパルはハッと考えを取り払う様に首を横に振った。
しかしその考えは今に始まったことではなく、何度も浮かんで着ては強引に消して来ているのだった。

悍ましい鬼の様な思考をシムには知られたくない。
見られたくない。
残忍な自分をシムの前では隠し通してゆきたいとさえ思う。

シムの中でカスパルという人間を、優しい知人という認識のままでいさせてやりたかった。







不意に、自室の扉のノックにカスパルは顔を上げ立ち上がる。

「誰だ。」

短く低い声でそう問うと、見知った声が扉の向こうから聞こえて来た。


「おはようございます…!
護衛軍のセスです…」

その言葉にセスは扉を開けた。
そこには走って来たのか、息の上がったセスはカスパルを見上げながら敬礼していた。

若干いつもより血色も良く、最近の体調の悪さやカスパルを遠ざけていた雰囲気が緩和されている様でカスパルは微かに目を見開いた。


「どうした?こんな朝に…」


「はい、先程国王陛下からのご伝達がありまして
本日自分達に休暇を与えるとのことです…!」








 





 
 
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