テューリンゲンの庭師

牧ヤスキ

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無力の力

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「その申し出に虚偽はありませんな?」

低く嗄れた老人の声が、寒々しい静かな空間に木霊する。

普段は使われる事はない宮廷内裁判所で裁判官と並んだ国王は、審議を威圧的に見下ろしていた。

「はい、我々の反対を押し切り王妃様は無理矢理外に出られて…、っ貧しい女に…私物を与えていました…。」


証言した男は護衛軍の服を身に纏った男で、その表情は酷く怯えている様子だった。

その証言を聞いた傍聴席にならぶ古参貴族達は、やはりと言わんばかりにこそこそと話し合う。
この場で静かに凛と座り続けている者は、重い鉄の手枷を付けられたエリザベスただ一人だった。


「よろしい、それでは証言者は控えて。
被告人、前へ来なさい。」

その言葉でエリザベスの傍に立っていた私軍の男は乱暴にエリザベスの手枷に繋がる鎖を引っ張った。
そして証言台にいた護衛軍の男も怯えきった様子のままふらりと降りては、嗚咽の様な声を漏らしながら急ぎ足で退廷して行った。

「立て!」

乱暴に立たされたエリザベスは、蹌踉めきながらも何とか姿勢を正す。



エリザベスが証言台に立つまでの短い間はとてつもなく長い時の様な気さえした。
その姿を傍聴席の貴族達は食い入る様に好奇な眼差しで見つめている。

証言台に立たされたエリザベスは髪が乱れ白髪も増え、質素で悪質な汚さのある罪人に着せる服を着せられていた。
その袖から覗く腕も鎖骨も痛ましい程に骨が浮き上がっている。

しかしその眼差しだけは強く生きる力に溢れていた。

「被告人、先程の証言者の内容に間違いないか?」

エリザベスは先程の証言者を思った。

すっかり怯えた様子でとてもではないが自分から証言者になりたいと立候補した様には到底思えない。
この裁判も真っ当なものではなく、茶番劇に過ぎない。
エリザベスがここに出廷した時から結末は同じなのだ。

エリザベスは今朝方、軟禁状態だった質素な部屋で起床した頃には私軍の者達によって強引に身ぐるみを剥がされ、今の状態に至った。
その瞬間、これは国王の差し金であり遂にこの時が来たかと、エリザベスは自分でも驚く程冷静だった。

「はい、その証言は全て事実です。」

エリザベスの言葉に会場は一気に響めいた。

信じられない、気は確かか、王族として品のかけらもない、飛び交う嫌な言葉達をエリザベスは受け止め話を続ける。



「裁判官、証拠も上がっております!
こちらをご覧ください、昨晩王都内で押収した物で御座います。」

そう行って立ち上がった私軍は裁判官とエリザベスの間まで歩み寄り、敬礼してからある物を床に置いた。

「それは…!」

エリザベスは目を見開く。
それは夜、貧しい女性にお金に買える渡した自身のマントに違いなかった。

そのマントは飛び散った血の痕跡があった。
この法廷に足を踏み入れてから、初めてエリザベスは動揺の色を見せる。


「昨晩王都内の繁華街裏でこのマントを持っている女を私軍の見回りが発見し、盗物かと思い連行しようとしたところ、女が王妃様から恵んで貰った物だと主張した為事が発覚致しました。
しかし宮廷内の物を一般市民が触れる事は文武不相応甚だしく、抵抗の色も見せたのでその場で処刑致しました。」


「あぁ、なんて事をっ…!」

エリザベスは手で顔を多いうな垂れる様にその場で膝から崩れ落ちた。


"有難うっ…本当に、有難う…!"

泣きじゃくりながら感謝を言う女性の顔が浮かぶ。
助けたいと渡した物は疫病神になってしまった。
エリザベスが施したせいであの女性は殺されてしまった。

「ごめんなさい、…本当にごめんなさい…」

エリザベスは全身を震わせ謝罪を唱え続けた。















昼下がり、カスパルとセスは結局訓練場に足を運び鍛錬に勤しむ事にしていた。

「隊長!この型を少し見てもらえませんか!」
「隊長!この構えはもう少し下ですか?」

その日見回りや仕事のない部下達は、訓練場でカスパルの周りに集まっていた。
仕事と言っても司令塔は現在殆ど機能することが難しくなっており、護衛軍の者たちは日夜その宮廷を警備する以外は生殺し状態だった。

皆の元気な様子にカスパルは微笑む。

あの事件があっても、自身が負傷し数日間眠りから覚めなかった時も、皆変わらず団結していてくれている。
それを纏めて来たカスパルにとって何にも代え難い喜びだった。


その傍でカスパルを見上げるセスもまた、久しぶりに年相応に笑った。

この嬉しそうなカスパルをいつも見ていたい。
それを守る為に嘘を吐き続けている自分へのせめての労いの様にさえ思っていた。

「皆身体は訛ってないか?
この時はもう少し腰を落とさないと急所に入れないだろう。」

そう言ってカスパルは部下達の鍛錬に付き合った。
やっぱり隊長はすごい!とまるで皆少年の様にはしゃぎ合い、活気がさらに盛り上がる。

「皆変わりなさそうだな、良かった…」

呟く様にそう零すと、鍛錬で汗だくになった近くの部下の一人がカスパルの言葉に反応した。


「そう言えば昨日から顔を見ない同僚がいるんです。
見回りの当番が重なってたのに見かけなかったんで…」


カスパルは眉を寄せながら部下を見下ろす。
嫌な予感がする。

そしてセスもその嫌な予感は伝染し笑顔が消えた。

「…それは、誰だ?」


カスパルのその言葉に部下が答えようとしたところ、突然訓練場の扉が勢いよく開く大きな音が木霊し一斉に入口へと視線を寄越した。

そこには息が上がりながら走って来たのか、ゼーゼーと苦しそうに息を吐き青い顔をした部下が一人立っていた。


「あぁ!あいつです!良かった。
おーい心配したんだぞ…、て。
…ど、どうしたんだよ…?」


呑気な声色で話しかけた者も言った後に動揺する程、飛び込んで来た部下の表情は怯えている。

カスパルは顔を険しくさせて歩み寄った。

「…何があったんだ。」

「隊長すみません、すみませんっ…すみません」

部下は頭を抱えながら蹲り、何度も謝罪を口にする。

「あの夜の、…エリザベス様の事を秘密にするようにと隊長に言われていたのに、証言しました…!
王妃陛下の…裁判で…!」

その言葉に、カスパルとセスはほぼ同時に息を呑んだ。


「王妃陛下の…裁判……?」








 
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