テューリンゲンの庭師

牧ヤスキ

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愛について

5-15

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「あの犬は一体何をしてるのだ…!!」


国王は声を大いに荒げながら豪奢な椅子を乱雑に蹴り倒した。
この癇癪は数日間に及び、執務室は執事トーマスの後片付けでは追いつかず酷い有様と化していた。


その原因は一概にカスパルが数日前から忽然と宮廷から姿を消している事であったが、その所在はどの者も分からず、かと言って枯渇している人員を捜査に当てる事もできず、八方塞がりで裏切られた気持ちで一杯の国王は乱心していた。


「あんな奴に温情を見せたのが馬鹿だった!
仇で返しよって!」

「陛下おやめください…!
どうか落ち着きください!」


執事トーマスが必死に国王を止めるも、その凄まじい剣幕に到底トーマスでは腕を掴むぐらいがやっとだった。


トーマスは心のどこかで数日間顔を出さないカスパルに対して、ホッと安心している節があった。
このまま尻尾を巻いて逃げ果せてくれるのならば、もう顔を合わせずに済むからである。


あの底知れない強さを持つ男に命を握られている恐ろしい感覚は、二度と味わいたくない最悪の感覚だ。


「あいつは私との約束を蔑ろにした…!
護衛軍の者共も消えてしまった。
何とかしてあいつを手中に納めねば。
私がここを逃げる時私を守れる強い盾は他にいない…。
……トーマスよ。」


国王は必死に腕を握っていたトーマスに詰め寄り、低い声で問い訊した。



「貴様と奴との間で何かあったことは察しておる。
それを今すぐ私に吐くのだ。」


隠し事。
それはトーマスがあの夜に見てしまった、細い男に口付けを施すカスパル。
思い出して全身の血の気がサッと引く。


「か、か隠し事など御座いません…!
何を仰っているのですか…」

お願いだ、そこを突かないでくれ…!
執事トーマスは怯えて彷徨う視線を隠すように強く目を瞑る。
しかし国王とてカスパルと執事の間にある何かを探り出そうと必死の形相だった。

「気づいておるぞ…!
いつ頃からかお前はあの犬に偉く怯え出したただろう!
何を見た?!何を知った!
あいつの一体何を握っているんだ、貴様は…!」


国王を胸ぐらを掴み激しく揺さぶり、その力が強まれば強まる程執事トーマスは恐怖と怯えから身体を震わせた。
国王を裏切る事は大変な罪だ。
カスパルのあの夜の秘密を告げたら殺されるかもしれない。

あの夜に戻り、立ち止まって覗いてしまった自分を地の底まで悔いる気持ちだった。


「私は申し上げられませんッ!
どうか…どうかお許しを…!!」

「と言う事はやはり何かを知っているのだな…?!
何なのだ、あいつの色事についてか?!
女か、若いのか?人には言えない相手なのか?!」

トーマスはヒュッと息をのみ、ぶるぶると震えながら大粒の涙を皺の刻まれた顔に溢れさせた。
その様子を極近くで見た国王は大きく目を見開いた。

「………もしや、男ではあるまいな…?」


その言葉はトーマスの頭を金槌で強く打つ程の衝撃を食らわせる。


その時、不意に執務室の大きく豪奢な扉が音を立てて開いた。

扉を開けた人物は、正に話題の渦中にいたカスパルだった。


カスパルは少し息を切らし、いつも身に纏っている黒紫を乱雑に羽織り少々の汚れをシャツに付けたまま立っていた。

「……陛下、数日間の勝手なお暇誠に申し訳御座いませんでした。
部下の……護衛軍の者達を探しに出ておりました。
お赦し下さい。」

そう言いながら深く頭を垂れ謝罪をした。



「あ…あぁ、あ…ぁ……」

未だ国王に胸ぐらを強く掴まれていたトーマスは、青い顔を最早土気色に変え恐怖に満ちた呻き声を出してカスパルを見ていた。

「?!貴様…!」

国王がパッとトーマスの襟を離した時には、トーマスの下には水溜りが溜まっておりきちんと仕立てられた履物は失禁し濡れた痕が浮かび上がっていた。


「ああぁあ、ぁぁあ!!」

悲痛な叫びの様な声を絞り出し、股間を尿で湿らせたまま国王を突き飛ばしカスパルの肩に打つかりながら執事トーマスは乱心し執務室の扉から走り去って行ってしまった。



”………もしや、男ではあるまいな…?”


国王は自身が発した言葉とトーマスの乱心の姿を照らし合わせ、じりじりと口角を上げながら、汗を垂らした。

カスパルよ、お前はもう私から逃げられない。

国王がジェーンを愛でる話をする時、いつも醜悪な物を見る目つきで見てきたカスパルが、まさか自分自身も大罪に手を染めているとしたらなんと愉快な事か。
よほどその男の尻の具合でも良いのだろうか。


トーマスのあまりの取り乱し様と打って変わり、国王の愉快そうな表情にカスパルは扉と国王を見比べた。


「トーマス様はどうされたのですか。
体調が優れないのですか?」

カスパルの言葉に国王は巡らせた思考に蓋をし、カスパルの方を見た。

「……お前を赦そう。
だがもうお前は私からは逃げられないぞ…、
二度とな…!……トーマスのその汚物を片せ。」


落ち着きを取り戻した国王はそれだけ言うとマントを引き摺らせ椅子に腰掛けた。
その表情は、傍のカスパルが罪を犯しているかもしれないことへの愉快さが抜けないと言った様な歪んだ笑顔だった。

「は…」

カスパルは頷き扉の側に常備されているガーゼを持ち寄り、床に溜まったトーマスの尿を拭き始める。














カスパルは尿を処理しながらトーマスの奇行を顧みた。
そして入室した際に向けられたあの怯えた眼差し、恐らく自身の事なのではないか。


ではなぜ国王は自分に詰め寄ってこないのか。
それは足る確証がまだないからか。
数日無断で宮廷からいなくなって“赦す”の一言だけでは、あの癇癪持ちの男にしては逆におかしい。

「……。」



カスパルは一瞬、穏やかに目を細めた。

数日間被りっぱなしだった黒いマントももう自室に放り込んでいる。
宮廷に戻る際も、抜け出す時に失神させてしまった私軍とはまた違う者が門番だったため問題なく宮廷に戻れた。
まだ自分のやるべき事がここに残っているため、今の国王からこのまま離れる事は選ばない。
しかし…

しかしそれでもいい。
シムの安否はこの数日街中を隈なく駆けずり回って確認する事が出来た。



何故娼館の建ち並ぶ北の地区にいたのか推測出来ないが、身なりも表情も接吻したあの夜から変わりなく健康そうだった。

恐らく身体を売ったり等の商売には手を染めていないだろう事だけでカスパルにとってはもう十分だった。

何故か好都合にも不審者か何かと勘違いしていた様子であったが、自分である事を告げる事はリスクがあった為、黙って酔っ払いを引き剥がすことだけで精一杯だった。


そうだ、これでいい。
危険な宮廷にシムはいない方がいい。

どんな理由にせよ宮廷を離れて平穏に生活を送れているのならもうそれで十分である。

このまま戻って来ることはないだろう。
そうすればいくら国王が何の情報を掴んだところで少なくともシムに火の粉が及ぶことはない。


小風の保護者であるオーデッツ卿に、いざとなった時逃して欲しい者の名としてシムの名を託けておいたがそれも必要なさそうだと考える。


このことについても一度、オーデッツ卿に話しに行かねばならない。

宮廷から去らせた護衛軍の部下ももういない。
セスもいない。
シムももうここにいない。



カスパルの大切な者は皆ここを去った。
これでいい。







 

 
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