溺愛魔王は優しく抱けない

今泉香耶

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アルフレドの怒声

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 さて、リーエンはその翌日、勇気を出して初めてアルフレドの執務室に赴いた。が、声をかけてもノックをしても返事はない。不躾と思いつつドアを開けばもぬけの殻だった。

「あっ、そうだわ。今日は謁見がどうの……って話を朝聞いていたんだった……」

 馬鹿だ。ぼんやりしていた、とリーエンは「休みボケかしら」と独り言を零す。

「アイボールさん。謁見の間というのは、わたしでも行ける場所なのかしら……?」

 アイボールからは「回答不能」のリアクションが帰って来る。アイボールは先日の庭園でもそうだったが、リーエンと行動を共にするために、リーエンが行けない場所はその日アイボールも行けない術が施されている。が、それは結界を抜けられない、という意味であって、アイボール自体が具体的に「どこは行ける」「どこは行けない」を理解しているわけではない。

「謁見の間はご存知?」

 どうやらそれはわかるようだ。リーエンは勇気を出して、アイボールに案内をしてもらうことにした。どうせ、自分が行ってはいけない場所ならば庭園の時のように途中で進めなくなるだけだし、駄目で元々という気持ちで初めての場所に行ってみようと決めたのだ。

 魔王城の居住エリア以外でリーエンが許可されている場所はあまり多くない。図書室以外の場所を目指すことは初めてで、リーエンは不安に思いながらアイボールについていく。

 居住エリアを抜けて、初めて踏み入れる通路を歩く。2度ほど曲がってから、少し広い通路に出て……。

(覚えられる気がしない……この通路、どこもかしこも無機質で、全然分かれ道の違いがわからないんですもの)

 彼女が歩いているのは学術院エリアの一角で、通路から様々な研究室に繋がる細い通路が伸びているところだった。実のところ、アルフレドが謁見の間に行く時はそんな通路は通らない。が、アイボールはアイボールなりに「こちらからなら、妙な魔族に会わなくて済むだろう」と考えて遠回りだが人通りがない通路を選んだ結果だった。

「あっ……」

 が、やはり一定の場所からアイボールは進めなくなり、否定的なアクションを見せる。

「やっぱり行けないんですね」

 試しにリーエンもアイボールが止まった場所に近づくと、少し抵抗を感じる。

(あら……? でも庭園の時と少し違うような気がする……なんというか……弱い……?)

 違和感に目をしばたかせるリーエン。

「気のせいだったのかしら?」

 少し抵抗があった、と思ったけれど、一歩踏み出せば普通に進めた。どういうことだろう、と思った瞬間、アルフレドの声がその通路の先から聞こえて来た。

「もう……言って……!」

 切れ切れにしか聞こえない。が、きっとそこが謁見の間なのだろうと思い、きょろきょろと周囲を見渡しながらそっと近付く。

(アルフレド様があんな大きな声をお出しになっているのかしら……)

 もしかしたら行かない方が良いのかもしれない。そう思いつつ、もう少しだけ、もう少しだけと、無機質な通路をそろそろと進んでいく。と、謁見の間に近くなったのか、次ははっきりとアルフレドの声が聞こえた。

「いい加減にしろ! どんな理由であろうが、俺が魔王になった以上、それは罰する対象になると周知していただろうが! そして、それを許諾した者だけが権利を持つ。そういう約束で行ったはずだ!」

 とんでもない怒声にびくりと身を竦めるリーエン。彼女はアルフレドがそのように声を荒げたところを見たことが今までなかった。きっと、目の前の角を曲がれば謁見の間がある通路なのだろうと思ったが、さすがにリーエンの足はそこで止まる。

「ですが、魔王様……!!」

「何度も言わせるな! 許せる行為なら始めから禁じぬ! お前の主に伝えよ。これほど俺の怒りを煽っておきながら、当人でなく、いち使者を寄越すことで情けを貰おうなぞ、俺を甘く見るのもほどほどにしておけと。俺は今は使者の腕をもいだり耳を削いだり、過分な見せしめをする男ではない。俺が必要に応じて暴を向けるのは当事者のみだ。だが、それをいいことに、お前のような使者が様子見伺いのようにやってくるなぞ、許容出来ん」

「ヒッ……!」

「だが、怒らぬ魔王というどうしようもない異名がある俺が、お前の主ごときのせいで怒りを露わにするのも癪に障る。ああ、まったくもって、どうしてやろうか」

「ま、ま、魔王様、魔王様、お許しを……!」

 違う。謁見の間ではない。声が近付いて来る。アルフレドは誰かに怒声をあげながら通路を歩いているのだ。聞いてはいけないものを聞いたのではないかと、リーエンは怯えて後ずさった。

 それから、なんとなくここにいることがバレたら良くない気がして、踵を返して通路を小走りで戻る。早くここから去らなければ。結界の中なのだから、リーエンがここにいることは悪いことでもなんでもないが、何故だか先程の会話は聞いてはいけなかったような気がしてならない。 

(使者の腕をもいだり……耳を削いだり……)

 それをしない、と彼は言っていたが「今は」と言っていた。ならば、それをしてしまうこともあるのだろうと想像してリーエンはぞっとする。

(アルフレド様は、そんなことをしない方だと……そう信じているけれど、でも、魔王なんですもの……しても……おかしくないわ……)

 怒らぬ魔王。そう言われている人が本当に怒ったらどうなってしまうんだろう。

 そんなことをぐるぐると考えながら早足で歩いていたら。彼女にしては珍しく道に迷ってしまったのだった。



「やってしまいました……」

 あの抵抗を感じた時、アイボールは否定のアクションをとっていたのだから、その後自分が進めたことがおかしかったのだ。よく考えたら、ずっとアイボールは自分について来ていなかった……気がする。アルフレドの声に気を取られて、アイボールの存在を完全に忘れてしまっていたと反省をするリーエン。

 思っていたではないか。道を覚えられなさそうだ、と。まんまとその「どこを見ても似ている」通路で間違えた場所を曲がったようだった。そして、背後に聞こえていたアルフレドの声はどこかの通路を曲がったのか、途絶えた。

 少なくとも、アイボールがいない時点で「良くない状況」なのだと推測が出来た。戻らなければと思ったけれど、なんとなくでしか道がわからない。多分、曲がるべき角を間違い、慌てて手前を曲がってしまったのだと推測する。

(えっと、戻って、あの角を……で、いいのよね?)

 そんな風に自分が周囲をよく認識せずに歩くことは少ないことなのに。余程アルフレドの声に自分は動揺していたのだとリーエンは驚く。すると、ちょうど通路の先に、別の細い通路から女性が姿を現した。どうしよう。声をかけてよいのか、無視した方が良いのか、居住エリア以外で知らない魔族に会った時にどうすべきなのか、リーエンはあまりよくわかっていない。

 すると、その魔族の女性の方からリーエンに声をかけてくる。波打つ黒い長い髪に、透き通るような白い肌。はっきりとした顔立ちは妖艶だ。リーエンは「庭園でアルフレド様が一緒にいた女性と同じ種族のような気がする」と思う。

「あなた、人間ね……? 一人でこんなところにいるなんて不用心すぎるんじゃないかしら?」

「実は、迷子になってしまって……」

「あなた誰の女なの?」

 誰の女、という表現はリーエンにとってはいささか「そういうものではない気がする」と思えたが、仕方なく「アルフレド様です」と答えた。すると、美女は目を丸くして

「は? あなたが? 噓でしょう?」

「う、噓ではありません……」

「噓じゃなかったとして、だったら余計おかしいわ。アルフレド様の奥方なら、決してこんな場所に来るわけがないもの。この城に住んでいるのはわかるけど、行ける場所は限られているでしょう?」

「えっ、よくご存知なのですね」

「そりゃあそうよ……人間が一人で行って無事でいられる場所なんてたかだか知れているはずだもの」

 人間が一人で行って無事。そのフレーズはリーエンに恐怖を与えた。わかっていたつもりだったけれど、本当に人間は魔族の前では無力で、別の生き物なのだといっそう痛感させられる言葉だ。
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