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レティエの憂鬱①
しおりを挟む執務室に入るなり、侍従が慌てた様子で口を開く。
「殿下!エルベ侯爵から面会申請が出ております」
「……来週か再来週あたりに時間を取ると、書簡を送っておけ」
「いえ、それがその……開門と同時に皇宮へ入られたようで」
「直接来てるのか?侯爵本人が?」
「はい。係の者が何度勧めても応接間には入られず、現在立入禁止区域ギリギリの場所に、仁王立ちでお待ちになられています」
「私は朝早く戦場へ向かったと言え」
「受付けの時点でバレておりますので、無理かと」
「なら父上のもとに案内しろ」
「それも先手を打たれております。あくまでレティエ皇太子殿下との面会をご希望であると」
(くそっ)
いつもなら、ここで舌打ちのひとつでもかまして不機嫌さを露わにし、周囲が融通を利かせるよう仕向けるところだが、今回ばかりは完全に自分に非があることがわかっているのでそうもいかない。
(どうせ、あのことについてだろうな……)
『卿。私は、そなたの娘を未来の伴侶にと考えている』
叙勲の話だけで終わらせるはずだったのに、つい口にしてしまった言葉。
自分自身、理解できない行動に固まる中、目の前にはそれ以上に動揺し、放心するエルベ侯爵の姿が。
余程の衝撃だったのだろう。
侯爵の状態異常はなかなか回復せず、これ幸いと、脱兎の如く帰ってきたのだが……まさかこんなに早く、しかも直接皇宮まで出張ってくるとは思わなかった。
それにしても、答えが聞きたくないばかりに逃げ帰るような真似をするとは……こんな臆病者が“カスティーリャの銀獅子”などと、自分のことながら聞いて呆れる。
ふと、本物のカスティーリャの銀獅子を前にして、きらきらと瞳を輝かせる修道院の子らの顔が脳裏を過った。
そしてルカスとエリックの顔も。
「……本当に、人生とはままならないものだな……」
椅子の背もたれに体重を預け、鼻から大きく息を吐いた。
カスティーリャは五つの属国を抱える強大な国。
それらを統べる偉大な皇帝の唯一の実子となれば、婚約の申し込みは後を絶たなかった。
もちろん、私がこの世に生を受けたその日から。
しかし一度結んだ婚約も、情勢次第で解消されることは珍しくなく、自分も当然しかるべき時期に、父上が選んだ顔も中身も知らない相手と仮の婚約を結ぶものだと思っていた。
しかし、いつになっても父上から婚約についての話はなく。
おそらく、どれもこれもお眼鏡に敵わなかったのだろうが……ありとあらゆる貴族、はたまた王族から申し込まれ、これ以上どこの誰がいるというのか。
まだ幼い私でも、不思議に思ったほどだ。
(兄弟でもいれば、また状況は違っていたのだろうな……)
帝国が強大になればなるほど、舵取りは難しくなる。
他国の姫を迎えたとして、万が一貴族派に取り込まれようものなら寝首を掻かれる恐れがある。
では帝国内の名門貴族の中から選ぶとしたら……まあ、当然支持勢力である皇帝派の中から選ぶのだろうが、貴族派の反発は必至で、これまた面倒極まりない。
私に兄か弟でもいれば、各派閥から均等に妃を娶り、力の均衡をはかることもできたのだろうが、こればかりはどうしようもない。
父上が決めあぐねている間に私も年齢を重ね、なんでもかんでも『はい、そうですね』と素直に飲み込める歳ではなくなっていた。
月日は流れ、師と仰いだ大切な人を失い、戦いに明け暮れ、自分自身どこへ向かっているのかわからなくなっていた。
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