もう二度と、愛さない

蜜迦

文字の大きさ
66 / 117

レティエの憂鬱③

しおりを挟む


 そばにいることを苦痛に思わなかった女性は初めてかもしれない。
 そして会話の中で、堪えきれず笑いが漏れたのも。
 思いがけず私は、リリティスとの時間を楽しんでいたのだ。
 そう……“楽しい”なんて思うのは、いったいどれくらいぶりだろうか。
 暴行未遂直後のリリティスには気の毒としか言いようがないが、エルベ侯爵邸に到着した時の、ルカスとエリックによる力加減を間違えた出迎えと、私に向けられた純粋な瞳も、なんだかんだで心地よかった。
 久し振りに、身体から力が抜けていくのを感じた。
 
 だから、楽しかった反動なのかは自分でもよくわからないが、『他に、お慕いする方ができたのです』という彼女の言葉を聞いた時、自分でも驚くほど不快な気分に見舞われた。
 今思えば恥ずかしいような情けないような気持ちになるが、心のどこかで、例え婚約者候補辞退を申し出ようとも、きっとまだ、私のことを憎からず思っているはずだと自惚れていたのだ。
 アデールからの援護射撃や、修道院でのアベルたち騎士への献身も、私にそう思わせるのには十分だった。
 それに、見ず知らずの他者に対し、これほど心を砕ける人間が、そんな簡単に心変わりするはずがないと──
 (まさか自分が、他人の好意に対し、胡坐をかくような真似をするとは)
 考えれば考えるほど頭が痛い。
 半ば強制するかのように、エルベ侯爵の前で婚約の二文字を持ち出して、私はリリティスをどうしたいのか。
 自分の気持ちはよくわからない。
 けれど誰かにくれてやるのは嫌だ。
 (参ったな……)
 まるで子どものわがままだ。
 私から近付けば、リリティスはまたうんざりした顔をするに違いない。
しかしそれを想像すると、なぜか口元が緩み、止められない。

 「エルベ侯爵を通せ。それと茶の用意も」

 「かしこまりました。殿下、どちらへいかれるのですか?」

 「父上のところに。侯爵には、茶を飲み終わる頃には戻ってくると伝えておけ」


 *


 「陛下。レティエ殿下がお見えになっておられます」

 「……状況は?」

 「エルベ侯爵が朝一番に謁見申請をし、現在殿下の執務室にてお茶を飲みつつ待機中。ちなみに殿下の宮の本日の茶葉は西国ティルダム産の最高級の品にございます」

 「茶葉の種類まで聞いていない。エルベ侯爵が事前申請ではなく当日申請?なにか緊急事態か」

 「どういったご用件かは計りかねますが……昨日帝都にて、エルベ侯爵のご息女リリティス様とレティエ殿下が、相乗りで屋敷に入られる所を大勢の民に目撃されております」

 「なんと!あのレティエが女性と相乗り!?お前、知ってたならなぜ早く言わんのだ」

 侍従はすっとぼけた顔で斜め上を向く。
 
 「お前……わざとだな」

 「黙って見守るのも親の愛ですよ」
 
 この侍従──ルネは、乳兄弟という腐れ縁からふたりきりの時は気安い関係を許しているものの、時折重大な案件に対してもこのようにしれっと言ってのけるので、非常に腹が立つ。

 「エルベの娘が婚約者候補に名を連ねた時、私が誰よりも歓喜したのはお前が一番よく知ってるだろうが!」


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

三回目の人生も「君を愛することはない」と言われたので、今度は私も拒否します

冬野月子
恋愛
「君を愛することは、決してない」 結婚式を挙げたその夜、夫は私にそう告げた。 私には過去二回、別の人生を生きた記憶がある。 そうして毎回同じように言われてきた。 逃げた一回目、我慢した二回目。いずれも上手くいかなかった。 だから今回は。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

平民の娘だから婚約者を譲れって? 別にいいですけど本当によろしいのですか?

和泉 凪紗
恋愛
「お父様。私、アルフレッド様と結婚したいです。お姉様より私の方がお似合いだと思いませんか?」  腹違いの妹のマリアは私の婚約者と結婚したいそうだ。私は平民の娘だから譲るのが当然らしい。  マリアと義母は私のことを『平民の娘』だといつも見下し、嫌がらせばかり。  婚約者には何の思い入れもないので別にいいですけど、本当によろしいのですか?    

虐げられた皇女は父の愛人とその娘に復讐する

ましゅぺちーの
恋愛
大陸一の大国ライドーン帝国の皇帝が崩御した。 その皇帝の子供である第一皇女シャーロットはこの時をずっと待っていた。 シャーロットの母親は今は亡き皇后陛下で皇帝とは政略結婚だった。 皇帝は皇后を蔑ろにし身分の低い女を愛妾として囲った。 やがてその愛妾には子供が生まれた。それが第二皇女プリシラである。 愛妾は皇帝の寵愛を笠に着てやりたい放題でプリシラも両親に甘やかされて我儘に育った。 今までは皇帝の寵愛があったからこそ好きにさせていたが、これからはそうもいかない。 シャーロットは愛妾とプリシラに対する復讐を実行に移す― 一部タイトルを変更しました。

【完結】仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

愛する夫が目の前で別の女性と恋に落ちました。

ましゅぺちーの
恋愛
伯爵令嬢のアンジェは公爵家の嫡男であるアランに嫁いだ。 子はなかなかできなかったが、それでも仲の良い夫婦だった。 ――彼女が現れるまでは。 二人が結婚して五年を迎えた記念パーティーでアランは若く美しい令嬢と恋に落ちてしまう。 それからアランは変わり、何かと彼女のことを優先するようになり……

愛してしまって、ごめんなさい

oro
恋愛
「貴様とは白い結婚を貫く。必要が無い限り、私の前に姿を現すな。」 初夜に言われたその言葉を、私は忠実に守っていました。 けれど私は赦されない人間です。 最期に貴方の視界に写ってしまうなんて。 ※全9話。 毎朝7時に更新致します。

結婚して5年、冷たい夫に離縁を申し立てたらみんなに止められています。

真田どんぐり
恋愛
ー5年前、ストレイ伯爵家の美しい令嬢、アルヴィラ・ストレイはアレンベル侯爵家の侯爵、ダリウス・アレンベルと結婚してアルヴィラ・アレンベルへとなった。 親同士に決められた政略結婚だったが、アルヴィラは旦那様とちゃんと愛し合ってやっていこうと決意していたのに……。 そんな決意を打ち砕くかのように旦那様の態度はずっと冷たかった。 (しかも私にだけ!!) 社交界に行っても、使用人の前でもどんな時でも冷たい態度を取られた私は周りの噂の恰好の的。 最初こそ我慢していたが、ある日、偶然旦那様とその幼馴染の不倫疑惑を耳にする。 (((こんな仕打ち、あんまりよーー!!))) 旦那様の態度にとうとう耐えられなくなった私は、ついに離縁を決意したーーーー。

処理中です...