もう二度と、愛さない

蜜迦

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姉弟の一日⑨

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 予想もしていなかった言葉に耳を疑った。
 例えアンリ様にそのつもりはなくとも、今の言い方では、クロエ嬢の言葉を暗に肯定したようなものだから。
 アンリ様もセール伯爵夫妻も、この場で彼女の間違いを指摘できる立場の人たちが皆、私の方が付き合いが長いのにもかかわらず、誰もそのことをクロエ嬢に指摘しない。
 これまでの私の行いが、思いが、いとも簡単になかったことにされた気分だった。

 「……そうですね。私も嬉しく思います」

 「まあ、嬉しいですわ!」

 クロエ嬢がそう言うと、周囲から拍手が湧き起こった。
 完全に、この場の主導権は彼女が握っていた。
 双方の立場や場の空気などなにも考えず、はっきりと訂正させればよかったのかもしれない。
 けれど、アンリ様のことを考えると、どうしてもそれができなかった。
 そして、そんなことをすれば、また自分に不利な状況が作り出されてしまうのではないだろうかと、過去の記憶が私の足をすくませた。

 「では皆さんお揃いのようなので、そろそろ始めましょうか。どうぞ良い時間を」
 
 セール伯爵の音頭でガーデンパーティが始まり、招待客が各々集まり、いくつもの小さな輪ができあがっていった。

 「リリティス様、なにをお飲みになられますか?」

 アンリ様は、テーブルの上に用意されたリフレッシュメントを指した。
 各種飲み物の他、サンドウィッチやクッキー、気軽につまめるお菓子などが並んでいる。
 私はその中から、メディカルハーブの入ったグラスを見つけ、最初の一杯に選んだ。

 「さすが、薬草園を管理されているリリティス様らしいですね」

 微笑みながら差し出されたグラスを受け取る。
 グラスを傾け、口に含んだ瞬間、液体とともに爽やかな清涼感が喉の奥へと広がっていった。
 レモンとオレンジのスライスにミントの葉を添え、ソーダで割ってあるそれは、レモンの酸味をオレンジの甘さがカバーしていて、なんとも絶妙な味わいだった。
 淀んでいた心が、ほんの少しだけすっきりした。
 
 見れば、クロエ嬢は相変わらずセール夫妻に張り付いていた。
 おそらくそのまま、会場内の招待客全員に顔を売って帰るつもりなのだろう。

 「リリティス様、デヴォン伯爵令嬢のことですが」

 「は、はい」

 アンリ様から投げかけられた言葉に、せっかく静まりかけた心が再び波打つ。

 「まだこういった場所に不慣れでいらっしゃるのでしょうか、礼儀作法についてはまあその……ですが、救済事業に関しての熱意は伝わってきました」

 「そうですか」

 あれが本当に純粋な熱意かどうか怪しい──そう思っているのはどうやら現時点で私だけのようだ。

 巻き戻った人生で、クロエ嬢が私に対し前世と同じことをするとは限らない。
 なによりそうならないために、これまでとは違う道を歩んでいる最中だ。
 けれど、どうしても疑ってかかってしまう。

 「貴族の中には救済事業を偽善だと目の敵にする人間も少なからずいます。リリティス様の味方が増えれば、私も安心です」

 「ええ……」
 
 (あのクロエ嬢が私の味方になる日なんて、本当にくるのかしら)
 ただ、アンリ様はすっかり彼女を信用してしまっているようだった。

 クロエ嬢の付近を除いては、和やかな雰囲気のまま時間は進み、パーティーはお開きとなった。

 「リリティス様。もしかして、ご気分が優れませんか?」

 帰りの車中。
 アンリ様は心配そうに、俯く私の顔を覗き込んだ。

 「いいえ。緊張したのか、少し疲れてしまっただけです。お気遣いありがとうございます」

 『散々だった』とは言えるはずもない。
 クロエ嬢が来ることは、アンリ様も知らなかったのだ。
 今日のことは決して彼のせいじゃない。
 でも万が一、今日と同じような場面に出くわしたら──優しいアンリ様のことだ、きっと私のために気を利かせてくれるのではないだろうか。
 もっとクロエ嬢と親しい関係が築けるようにと。
 例えそれが私にとって嬉しくない展開だとしても。
 (どうしよう)
 いっそのこと、クロエ嬢とは親しくなりたくないのだと、本心を打ち明けようか。
 アンリ様なら無理に理由を聞くような真似はしないだろう。
 けれど前世、私がしたことにはすべて尾鰭おひれがついて回り、結果大切な人たちに誤解され、自分の首を絞めることになった。
 貴族社会での常識や、高位貴族エルベ侯爵家の権威、それらをもってしても敵わなかった相手に、どう立ち居振る舞えばいいのかわからない。 
 ふと、レティエ殿下の顔が脳裏を過る。

 ──殿下ならこんな時、どうするだろう

 いつもどんな時も、自らの手で道を切り開いてきた人。
 これまでは余裕がなくて、どうして前世殿下がクロエ嬢を信じたのか、現実を受け止めもせず、また理由を考えることからも逃げた。
 それに、本人に聞けるほどの関係性も築けていなかったから、なにもわからないまま終わってしまった。
 でも、殿下はとても意地悪だけど、悪い人じゃない……多分。
 ルカスとエリックも、幼いながらも人を見る目はある。
 そんな二人が無条件に殿下を慕っているところからも、彼の人間性が窺える。
 婚約者である私より、クロエ嬢を選んだことにも、私の知らない特別な理由があったのではないだろうか。
 (あの頃に戻って、直接聞けたらいいのに)

 屋敷に着くと、皇宮から戻ってきたルカスとエリックと鉢合わせた。

 「姉さま!」
 
 揃って駆け寄る弟たちを思いっ切り抱き寄せた。
 柔らかな金の髪に顔を寄せると、汗の匂いがした。

 「あのね、姉さま!レティエ殿下が僕のサンドウィッチ食べてくれたの!騎士のみんなと一緒に土の上に座ってね、おっきく口を開けて食べたんだよ!」
 
 なるほど、エリックのお尻が茶色いのはそのせいか。

 「エリックのサンドウィッチじゃなくて、シェフが作ってくれたサンドウィッチだろ?それより姉さま、レティエ殿下が僕に本を貸してくれたんだよ!見て!」

 興奮気味にまくし立てるエリックを、これまた興奮気味なルカスが宥める。
 殿下から借りたという書物は、日に焼けて茶色く変色していた。
 多分、幼少期に読んでいらした指南書なのだろう。 
 なんにせよ、とても楽しくて有意義な時間を過ごしたのは間違いない。
 (よかった……)
 弟ふたりの幸せそうな笑顔を見ると、自分の身に起きたことなど、もうどうでもよく思えてきた。

 「ルカス、エリック。アンリ様にご挨拶して?」

 おそらく私たちのやり取りを邪魔しないようにと、少し離れた場所から遠慮がちに見守っていたアンリ様に向かって、ルカスとエリックはお手本通りの挨拶と礼をした。
 さっきまでの子どもらしい笑顔が瞬時に引っ込んだことに、私もアンリ様も少し面食らう。

 「それではリリティス様、私はこれで」

 遠ざかって行く馬車を見つめながら、安堵なのか憂鬱なのか、自分でも判別のつかないため息が漏れた。


 


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