もう二度と、愛さない

蜜迦

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式典会場⑥

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 私が金の髪の天使?

 「あの、何かの間違いでは?」

 「いいえ。確かにご令嬢で間違いありません。部下から聞いた話では、ヴィタエ修道院では平民に寄せた装いで過ごしていらっしゃったそうですが、溢れ出る気品は隠し切れていなかったとか」

 おそらくどこかの貴族令嬢だと思っていたそうだが、その正体まではわからなかったとか。
 では、いったいどうやって私の素性を知ったのか。

 「訓練場にいらしていた弟君が『それは間違いなくうちの姉さまだよ!』と教えてくださったのです。話を聞いて照合した結果、部下がヴィタエ修道院で出会った“金の髪の天使”はご令嬢で間違いないと」

 開いた口が塞がらないとはこのこと。
 ルカスよエリックよ、いとも簡単にバラしてくれたが、君たちは姉の身辺が心配ではないのか。

 「どうかおふたりを叱らないでやってください。たまたまヴィタエ修道院の話が出て、それで……きっと、素晴らしい姉君の自慢をしたかったのだと思います」

 「自慢だなんて……そんなに素晴らしい姉ではありませんが」

 「そんな事はありません。今や“金の髪の天使”は、平民の間にも広まりつつあります」

 “金の髪の天使”の話は、ヴィタエ修道院で治療を受け、無事復職した騎士たちからそれぞれの家族に伝えられ、さらにそこから市井へと広まっていったのだそう。
 (そんなこと、全然知らなかった)

 「ちなみに、殿下もその話はご存知でいらっしゃいますよ」

 「殿下が?」

 「ええ。一緒に聞いていらっしゃいましたから。それはもう見たこともない笑顔で──」

 突如、男性の顔が引きつった。

 「あの、どうされたのです?」

 私の頭上に向けられた男性の視線。
 何事かと振り返ると、そこには殿下が立っていた。しかもかなりの仏頂面で。  

 「あの、殿下……?」

 「ふたりきりで何をさっきから話し込んでいる。行くぞ」

 「えっ?」

 殿下は男性をその場に残し、私の手を引いて歩き出す。
 
 「あの、殿下は陛下と先に行かれるのでは?」

 「顔を見せて回るだけだ。並び順など、どうでもいいだろう」

 「そう申されましても、民の前にこのようにして現れれば、いらぬ誤解を招きます」

 「言いたい奴には言わせておけばいい」

 駄目だ。まったく聞く耳を持ってくれない。
 殿下の考えがわからない。
 
 「私以外の男と、二人きりで話をするな」

 男性が話しかけてきたのは謝罪のためだ。
 それを無視できるほど私は冷たい人間じゃない。
 反論しようかと思ったのだが、殿下の言葉の中に、理由はわからないが僅かな苛立ちを感じ、口を開くのをやめた。

 広場には既にたくさんの帝国民が詰めかけていた。
 今日だけは平民も貴族も分け隔てなく観覧する事が許されているが、やはり前列の大半は貴族が占めていた。
 誰かに見られる前に、繋がれたままの殿下の手を外そうとすると、さらに強く握り込まれる。
 どうせ貴族派への牽制のためだろうけれど、少々やり過ぎだ。
 
 「殿下……!」

 声を荒げない程度に抗議するも、殿下はこちらをちらりとも見ない。
 わざと聞こえないふりをしているのだ。
 (もう!)
 陛下が民衆の前に姿を現し、祝賀ムードは最高潮に。
 それに続くようにして、叙勲を受けたばかりの騎士たちが、詰め寄せた民のすぐ側を歩いていく。
 英雄たちを称える歓声に混じって、婦女子の黄色い声も聞こえてきた。
 しかしそれはすぐに絶叫というか、断末魔の悲鳴に変わる。
 それも当たり前。
 なぜなら、全婦女子の憧れである“カスティーリャの銀獅子”が、女性と一緒に現れたのだ。
 しかも手を繋いだ状態で。
 (もう、どうにでもなれ)
 どうやっても思い通りにならない現実に、私は半ば自棄っぱちになっていた。

 「皆がそなたに注目している。不貞腐れてないで笑顔を見せてやれ」

 固まる表情は、誰のせいだと思っているのか。
 引きつる顔の筋肉を必死で宥め、笑顔を作る。
 婦女子の阿鼻叫喚はさておき、広場には様々な声が飛び交っていた。
 既にその名を轟かせていた騎士たちに憧れる子どもたちの声に、親族であろう者からの誇らしげな呼び掛け。
 凄まじいまでの歓声に、周囲の声もよく聞き取れない──はずなのに

 「殿下!レティエ殿下!!」

 私の耳が、殿下の名を必死で繰り返し呼ぶ悲痛な声を拾った。

 「殿下!どうかお聞きくださいませ!クロエ・デヴォンにございます!!」

 こちらへ向かって手を振るクロエ嬢。
 その必死な様子に周囲も気づき、何事かと視線を向け始めた。
 私が気づいているくらいだ。
 殿下も当然、クロエ嬢に気づいているだろう。
 (何をしにきたの)
 しかし、貴族・平民問わず大勢集まるこの場所に、彼女がいたとしてもおかしいことは何もない。
 何もないのだが……どうしてこうも都合よく私の行く先々に現れるのだ。
 どうか気に留めず通り過ぎて欲しい。
 そんな願いも虚しく、殿下はクロエ嬢の前で足を止めた。
 
 「殿下、先ほど式典に出席されていた方から、ドラン伯爵が会場で起こした騒ぎについて聞きました!どうかドラン伯爵に寛大なご処置を……!」

 「なぜそなたがドランの情状酌量を願い出るのだ」

 「それは、ドラン伯爵が私のために声を上げてくださったからです。ドラン伯爵は常々、私の活動が広く知られるようにと応援してくださっていました。陰ながら紛争を支えてきた私の姿にも感銘してくださって……それなのに、英雄である騎士の皆さまと共に、リリティス様だけが叙勲されると聞き、ドラン伯爵は頭に血がのぼってしまったのだと思います。私は名を売りたくて救済活動をしているのではありませんと申し上げていたのですが……」
 
 




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