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よく晴れた朝に②
しおりを挟む「レティエ殿下、リリティス様をお連れしました」
アマンダは、テラスに入る手前で足を止め、殿下の座る方へ向かって礼を取った。
「来たか」
私もアマンダに続いて礼を取ろうとすると、殿下は手に持っていた書類をやや乱暴にテーブルの上に置き、立ち上がった。
そしてすぐ側までやってくると、礼を取るのを制するように、私の身体を引き寄せた。
「少しは眠れたか?」
「はい、それはもうぐっすり。思ったより図太い性格だったみたいで」
殿下は白い歯を見せて笑う。
「昨日は色々と疲れさせてしまったからな。ちゃんと休めたならよかった。さあ、おいで」
殿下は私の手を取り、先ほどまで自身が座っていた丸テーブルの向かい側に案内すると、椅子を引いた。
「あの、殿下。さすがにそれは」
「遠慮する必要はない。私がそなたのために椅子を引くのは、そんなにおかしいことか?」
皇太子に椅子を引かせて堂々とそこに座れるほど、私の肝は据わっていない。
しかし、こういう時の殿下に何を言っても無駄なことも、経験上よくわかっている。
遠慮がちに腰を下ろすも、周囲の生ぬるい視線が痛い。
「んまあぁ!殿下がご自分の意思で女性をエスコートするなんて……長生きするものですわ!」
気まずい空気を払ってくれたのは、アマンダの朗らかな声だった。
「言うほど年でもないだろうに」
「いえいえ、殿下にこれほど情熱的なところがおありになるなんて……アマンダは安心いたしました。例え明日天に召されても、思い残すことはありません」
「まったく、大げさだな。だが、私も自分にこういった感情があることは意外だった」
殿下が席に戻ると、侍女たちが給仕を始めた。
私の側にはアマンダ。
殿下の側にはやはりというか、アリアがついた。
「リリ、飲み物は何がいい?色々用意させたから、遠慮せず好きな物を言ってくれ」
殿下は隣に置かれている長机を視線で指した。
クリスタルのピッチャーの中身は、カットされたいくつもの果実が浮かぶフルーツウォーターに、果物を搾ったフレッシュジュース。各種シロップにミルクも置いてあった。
「ではミントシロップ水を」
朝食のメニューはブリオッシュに旬のフルーツを使ったカルパッチョ、スモークサーモンと、素材の鮮度や盛り付けの美しさといい、さながら芸術品のようだった。
(こんなに食べられるかしら、あ……)
運ばれた皿の中にある物を見つけ、僅かに反応した私を、殿下は見逃さなかった。
「どうした?嫌いなものでもあったか」
「いえ、あの……実はこのイチジクのサラダ、弟たちの大好物で。ついふたりのことを思い出してしまいました」
「そうか、ちょうど今が旬の時期だからな」
「はい。先日、我が家の食卓にものぼったのですが、エリックったら、ルカスの目を盗んでイチジクをいくつか自分のお皿に移したんです。それがルカスにバレて大喧嘩に……お恥ずかしい話で恐縮です」
私が話し終えるのを待たずに、殿下は笑い出していた。
「エリックは幼いながらも美食家だからな。それにしても、ふたりの喧嘩する姿が目に浮かぶようだ」
「普段はとても仲のいい兄弟なのですが、まだまだ子どもで。父も母も手を焼いております」
「エルベ侯爵家の子息ともなれば、時が来れば嫌でも重責に晒される。子どもでいられるうちは、のびのび育つのが一番だろう。私もエルベ侯爵家の子育てには一目置いている」
「父母が聞いたらとても喜びます」
「ああ。ぜひ伝えておいてくれ。エルベ侯爵家なら、外戚として何の問題もないとな」
「殿下ったら。いくらリリティス様との結婚が待ち切れないとはいえ、気が早いこと」
今度はアマンダが堪えきれないとばかりに笑い出す。
「うるさいぞ、アマンダ。ああ、そうだ。リリティス、聞いたとは思うが、彼女の名はアマンダ。元は母上のところの侍女だ」
「まあ、皇后陛下の」
皇族の、しかも皇后陛下付きとなれば、侍女の中でも最上位。
家柄は勿論いずれかの高位貴族か皇后の生家筋と相場は決まっている。
なるほど、殿下と気安い理由も納得だ。
「皇后陛下は、いつまで経っても女主人の決まらぬこの宮を、大層憐れんでおられました。ご自身が皇太子妃であらせられた頃、陛下とお過ごしになられた思い出深い宮でございますから。ですが、ようやく待ち人がいらっしゃったようで……うふふ、本当にようございましたわ」
アマンダの持つ温かな雰囲気に周囲が包まれる中、アリアだけが浮かぬ顔で俯いていた。
(殿下もアマンダも……アリアの気持ちには気づいていないのかしら)
これから殿下との縁談が進む過程で、彼女の存在が何かしらの弊害を引き起こしたりしないだろうか。
殿下とのことに心から納得しているかと問われれば、それはまた別の話なのだが、現状そのルートをひた走っている事実は認めざるを得ない。
そうなると、どう考えてもアリアのような存在は厄介だ。
そして二回目の訪問でこれなのだから、殿下に懸想する女官は、他にも大勢出てきそうな予感がする。
彼女らがクロエ嬢のようにならない保証はどこにもない。
どうしたものか──そう思うのと同時に、自然と今後の身の振り方を試行錯誤する自分の貴族脳に、半ば呆れてしまう。
「リリ」
不意に名を呼ばれ、はっとして視線を上に向けると、殿下の深紅の瞳と目が合った。
「今朝、再度エルベ侯爵邸に使いを出しておいた。無事に送り届けるから心配するなと」
「それは、お気遣いありがとうございます」
「だから、私も一緒に行こう」
──ん?
なんだって。
『一緒に行こう』?
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