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「以前から何度も申し上げているはずです。はしたなく殿方にしなだれかかるのはおよしなさいと!」
「こわぁい! わたしぃ、そんなことしてませんよぉ?」

 ……現在、妹とシーヴ・アレニウス公爵令嬢が衆人環視の下、デスマッチを繰り広げております。

 ここはランチ時の学園食堂です。

 お腹を空かせたたくさんの生徒たちが集まっているのですが……大丈夫でしょうか?
 ふたりの目にこの人混みがどう映ってるのか、気になるところです。


 それにしてもあの子、シーヴ様の前だとあんな口調で喋っているんですね。
 ……なんで?

「おだまりなさい! 私の友人たちが見ているのですよ!」
「友人? ……ああ、後ろの腰巾着のこと?」
「無礼者っ!!!」

 シーヴ様とは後ほど話をさせてもらう手筈になっているというのに……大丈夫でしょうか?

「呼び捨てにするなど不敬なマネはおよしなさい!」
 ええ、そうですね。全く以てその通りです。
 妹には何度も言い聞かせているのですが……なぜか頑なに変えようとしないんですよね。

「不敬ってぇなにがぁ? ベディわかんなぁい」
「アベルもセルジュも迷惑しているのよ!」

 シーヴ様、ブーメランです。
 というかベディ、これ以上そのゲテモノを被り続けていると、シーヴ様に張り倒されますよ。

 困りました。
 人目に付くことはさけたいし、密談予定の彼女ともトラブルを起こしたくはありません。

 誰かなんとかしてくれないでしょうか。



「リュドミラではないか! 貴様、なぜこんなところに隠れている!」
 げ、ジェフロワ・ヴェント!

「最悪ですね。バカがうつるので近寄らないでもらえますか」
「はぁ?!」

 ……あら? なぜ彼が私の心の声に反応……おや、もしかして出ていましたか?
 あまりにも腹立たしかったので、つい。

「それよりお前! あそこでいじめられているのは、お前の妹君ではないのか、なぜ助けに行かない!」

「妹を好きになり私と婚約破棄までしたというのに、相手にもされていないジェフロワ様。ごきげんよう」
「ぐ……!」
「今となっては、私と貴方はもう完全に赤の他人なのです。名前を呼び捨てにするのもやめていただけますか?」
「お前! 生意気だぞ!」

 うわー、平民のガキ大将みたいなことを言いはじめました。

「私が生意気なのと、あなたが阿呆なのはもうどうにもならないことなので諦めてください。私も諦めています」
「なんだと!」
「まあ、あなたのそんなダミ声を聞くのも、あとひと月のことなので我慢して差し上げますが」
「は? あとひと月? なんだそれは」

 そうです、ふふん。
 私はひと月後にはプレシアード様と結婚して、彼の治める領地に引っ込む予定になっています。
 学園はまあ中退ということになるのでしょうか?
 輿入れ先の決まっている私は、学園にこれ以上とどまる必要もありませんので。
 勉強も家庭教師で事足ります。夫が爵位持ちだからって私も領地経営の講義を受けられるわけでもありませんし。
 専門の知識を持っている家庭教師から教えを乞うので問題なしですね!

 どこの貴族令嬢もこんなものだと思いますよ?
 領地経営や産業開発に興味をお持ちのご令嬢は別ですが。
 ちなみに私にそんなものはありません。
 プレシアード様との結婚の話が整っていなければ、首席での卒業に執念を燃やしていたでしょうけれど。


「あなたには関係のない話です。『夫』の社交範囲にも入っていないようですし」
「は? 夫?!」
「先程から何をそんなに驚いているのですか? ベディから聞いていませんか?」
「聞いてない! どういうことだ!」
「それは……まあ」

 妹の眼中にも入っていない、と……ちょっとかわいそうになってきました。卒業までによい方を見つけられるといいですね。

 彼は結婚式の招待客リストにも入っていませんし……言わない方がよいですね!

「あなたには全くもって関係のないお話です」

 はい、これ以上何も言う必要はありませんね。話はこれで終わりです。
 今までありがとうございました。
 あなたと楽しいおしゃべりをした……覚えはありませんが、騒がしい声が二度と聞けないと思うと、それなりにこみ上げるものが…………………………やっぱりありませんね。
 幼い頃から付き合いがあったはずなのに、私とあなたの間には何の思い出もありませんでした。

 虚しい関係でしたね。

 これほど人の話を聞かない男との縁が切れて万々歳です。
 こんな人からもあれだけ愛されるのですから、妹はやはり才能があるのでしょう。
 実に惜しいです。
 プレシアード様のように妹を手の平で転がせる人がいれば……。
 彼は妹に気づかれ排除されてしまいましたが、気づかれずにうまいことできる人がいれば。


「おい! 聞いているのか!」
「え?」

 ――ガッシャン!

「……あ、ええと……すみません」

 ジェフロワ・ヴェントが断りなく人を捕らえようとするものですから、とっさに護身術を発動させてしまいました。

 手首をひねったり、足を払ったり、背負い投げをしたりしたので、彼は床に背中をくっつけて腰を抜かしてしまわれました。

 私まで衆人環視の中でなんということを……!


「まあ、お姉様?!」
「あなた……リュドミラ・サフォノフ様?」

 妹とシーヴ様が同時にこちらを振り返ります。

 最悪です。全ての観客の視線が完全にこちらに向きました。
 本当にこの男に関わるとろくなことにならない!
 あとひと月だというのに!!!

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