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第一部

31.これからは、ずっと・・・

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「――殿下! どうしてここに……?」
 うっかり名前を呼び捨ててしまったと、ティオは慌てて言い直すが、エミールは、
「そのままでいい」
 と言って、そんな些末さまつなことには興味がないと言わんばかりに軽い調子で笑みを見せる。
 彼がそんな態度を見せていても、『別離のための心の切り替え作業中』だったティオは、「でも……」とうろたえ、戸惑いを隠せない。

「そうだな、言い方を変える――――そのままがいい」
 戸惑い拒絶を見せるティオを想定していたのか、エミールは迷うことなく、後ろ手で扉をしめ孤児院内へ入りながら、落ち着いた笑顔でティオに語りかける。

「!」――エミールの飾らない言葉と、固い決意を感じてか、ティオは無意識のうちに後ずさっていた。

「不満も不安もあるかもしれない。その全てから君を守ると約束する。君を誰よりも幸せにするから、だから……俺を選んでほしい。俺は、君を誰にも渡したくない」
「ちょ、ちょっと……!」
 真面目な顔で恥ずかしいセリフを列挙するエミールに、ティオは顔を真っ赤にしてとうとう床に座り込んでしまう。

 ――は……恥ずかしすぎる……!!! エミールってこういうこと言う性格だったの?! え、なに、偽物?!

 赤くなった顔を冷ましたいティオだが、うつむいているためか顔の熱は上がるばかり。混乱のただ中にいるティオに追い打ちをかけるかのように、エミールは彼女の足下に膝をつき、
「俺のそばにいて欲しい――――君を愛してる」と、彼女の愛を請いはじめる。

 その言葉に、ティオが思わず顔を上げると、
「あれだけ散々あおっておいて、俺から言うと逃げるのか」
 そう言って少しむくれた顔を見せるエミールの顔が至近距離にあった。

 ――ち、近いッ! ああ、でもやっぱかっこいいなぁ……わざわざここまで来て……。

 とてもとても、優しく温かい笑顔で自分を見つめてくるエミールに、ティオの心にそこはかとない自覚が芽生えてくる。彼は、本当に自分のことが好きなのだ、と。
 彼の包み込むような、それでいてすがるような、しかし決して逃さないというような強い決意を感じる視線を向けられて、ティオは観念した。

「……私、本当にエミールの隣にいて、大丈夫? 分かってると思うけど、私、バカだからね? 勉強はするけど……みたいにはなれな――」
のことは参考にしないでくれ」
 やや食い気味に、エミールから突っ込みが入る。

 失言だったかとティオが前言撤回しようとしていると、
「忘れないでくれ、ティオがいないと俺がダメなんだ」
 エミールにそう説得されつつ、両手を持って立ち上がるように導かれた。

 完全に立ち上がり、エミールがティオの手を放すと、いつもの元気な調子で、
「そっか……それなら、仕方ないわね! 私がエミールを守って上げなくちゃね! もー、エミールってば私にぞっこんなんだから!」
 などと言い、あわよくばスキンシップを図ってしまおうかと考えていたティオだが、

「ああ、そうだな」――と、エミールが続けたものだから、赤面して動きが止まってしまった。


 この場に二人の世界作り出していた二人だが、気をつかい控えめに響いたノック音に我に返った。エミールが玄関の扉を開く。扉の向こうにいたのは、孤児院の面々ではなかった。

「えっと……誰?」
 見覚えがあるような気がしないでもないが、ピンとこないティオと、
「ああ、すみませんでした、ロッジェロ卿」
 思い出したように謝罪の言葉を口にして、現れた人物を孤児院内へと引き入れるエミール。扉の向こうにいたのは、この男――ジョセフ・ロッジェロ(教会第二位)のみであり、彼は入ると丁寧に扉を閉めた。

「本日はレイオニング王がを口説き落としにくるとお伺いし、差し出がましいとは思いましたがまかり越した次第でございます」
 ロッジェロは慣れた様子で恭しくティオに頭を下げる。第二連隊が処刑されるか否かという大ピンチの際に、一度ニアミスをしているのだが、結局ティオの脳裏に彼の姿がよみがえることはなかった。だが、教会の連中があの場にいたことは知っている。

「えっと……貴方はにいたのね? で、なに、今の、その……」
 ロッジェロの発言にティオはもちろん、エミールも若干の気恥ずかしさを覚えた。動揺を隠せないティオと違い、エミールは完璧に取り繕うことができていたが。

「おや? 違いましたか?」ロッジェロはエミールに問いかける。
「いや、違わない」エミールが即答する。
「エミール!!!」
 ティオは真っ赤になって大声でこの話題を終わらせようと暴れ回った。





 ◇


 教会の権力者、ジョセフ・ロッジェロの暗躍によって、ティオ・ファーバーが至上初となる、教会認定の聖女として認められた。そしてこの件は、エミールの即位同様、号外で広く国内はもちろん、近隣諸国にまで広く知れ渡った。

 国内には、ベリンダ・オストワルトのせいで、エミール・ヴェルナー・バイアーには、かねて平民の恋人がいるという噂が民衆の間で流れていた。

 廃嫡された直後は、マイナスにしか作用しなかったその噂だが、元王家の蛮行とエミールの働きにより、今ではだいぶ好意的に受け取られるようになっている。
 エミールがそれほどまでの成果を上げられたのは、平民の少女の助力あってのことだとも。そんなところにやってきた、教会による、正式な聖女認定の報せ。

 民衆は、その平民の少女というのがこの、教会に正式認定された奇跡の乙女なのではないかと、羨望と期待をもって今日もせっせと噂話に花を咲かせているのだった。










                                第一部・完


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