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学園編
64.生誕祭
しおりを挟む結局、クリストフ殿下がマリー・トーマンを誘うこともないまま、生誕祭当日を迎えてしまった……!
なんでこんなことになっちゃってるのかな?
マリー・トーマンは最初から、私と行く気満々だし、殿下よりもボディーガード君のほうが、マリー・トーマンに対して積極的だし! どうなってるの?
殿下は殿下で、パトリックに対して、異常に引け目を感じているようだし。
やっぱり、私が知らない間に何かあったのかな?
そのせいか、マリー・トーマンを巡る三角関係が、あまり逼迫しているように見えないのだ。というか成長していない?
かつてマリー・トーマンに向けていた、あの熱い瞳が彼女に向けられているのを久しく見ていない。
わたくしはあの頃、あの瞳を自分に向けて欲しくて、気が狂いそうだったのに。
過去を変えたから、前回とこうも変わってしまったのだろうか?
それでも、何も変えない方が良かったとは思わない。
彼女は優秀な人間だ。漫画のシナリオとも前回とも異なる未来を、築くことができるのかもしれない。
◇◆◇ ◇◆◇
学園から王城へ向かう馬車は、午後二時発。
王城への到着予定時刻は午後三時。国王陛下による開会の挨拶は午後四時。
そして、学園へ戻る馬車の出発予定時刻は午後九時。
平民用馬車の発着予定場へ向かうと、そこにはすでに集団ができていた。
平民集団なので、華美なドレスやスーツを着ている者はいない。けど、みんな素敵なドレスやスーツに身を包んでる。何の問題もない。
「ナナミ~!」
可愛らしいドレス姿のマリー・トーマンが、発着場で大きく手を振っている。
制服でもドレスでも可愛いんだけどね? 相変わらず元気だなぁ。
走らずけれど迅速に、彼女の元へと急ぎ大騒ぎをやめさせたけど。
発着場に数少ない平民の生徒達が集まっているから、気安さからテンションが上がってしまったのかな?
でも、五、六メートル先には、貴族用の車寄せがあるから気をつけないとね。
シテリン家の馬車よりは貧相な、けれど王都への寄り合い馬車よりは豪華な馬車がやってきて、生徒達はそれに乗り込んだ。
王都への道すがら、生徒達が話す会話はロマンスにあふれていた。
子息令嬢の馬車内では、このような騒がしさや気安さを味わうことはできないだろう。日本の修学旅行を思い出すと、少し、懐かしくもある。
「殿下のダンスを見ることができるかしら?!」
「あら、パトリック様もかっこいいわよ!」
「わたし、今日の光景を一生の思い出にする!」
青春大爆発的な会話が繰り広げられていますねぇ。楽しいですねぇ。
子息令嬢がいたら面倒なことになりそうな発言のオンパレードではあるけれど、何とも楽しげで聞いている分には楽しい。
隣に座るマリー・トーマンは、珍しく心ここにあらずのような顔をしてるけど。
「どうしたの?」
「えっ?!」
「いかにもなんかありましたみたいな顔して何なのよ?」
マリー・トーマンの柔らかい頬を引っ張ってみる。
あらまあ、お化粧はしていないらしい。ま、私もしてないけどね! 化粧なんかしたらミーシャ・デュ・シテリンになっちゃうからね!
「マリーはあんな感じの黄色い声出さないの?」
前に座る青春娘を指差しながら、マリー・トーマンに聞いてみた。
「……なんかね、緊張して来ちゃった」
おやおや?
マリー・トーマンの様子がいつもと違う。
彼女が言っているとおり、どうやら緊張しているらしい。
集合場所にいたときは普通にしてたのに、いきなりどうしたんだろう?
「えっと、何に緊張してるのかな?」
マリー・トーマンはもじもじとするばかりで、答えない。
なので、自力で真面目に邪推してみよう――青春娘達の話を聞いている間に、気づいてしまった、といったところかな?
殿下とダンスができるかも、二人きりで話ができるかも、などと考えたのかもしれない。マリー・トーマンの頬がほのかに色づいている。
ここへ来て恋する乙女モード発動か?! もしかして、前回もこのくらいだったのかな? 私、焦りすぎていた?
結局、マリー・トーマンから言質を取ることはできないまま、王城へ到着してしまった。確証はないけど、マリー・トーマンに変化が見られるような気がする。
それは、恋する乙女的な変化っぽい。相手は殿下か、パトリック……なのかな。
もし、そうなら、パトリックは…………嬉しいよね、やっぱり、うん。
さて! 気を取り直して、王城へ入りますか! ……あれ?
みんな、なぜ動かない? ああ! 気後れして動けないのか。確かに、城塞というより宮殿みたいな、高そうな造りしてるからな。警備の騎士もうろうろしてるしね。
別に誘導するつもりはないけど――――って、するしかないのか。
会場となっている大広間の扉は開放されているのか。意外だ。
国宝を展示しているらしいのに、随分と開放的なんだな。誰かの入れ知恵かと勘ぐってしまうのは、私が前科持ちだからかな。
フロアにはすでにダンス用の演奏が始まっており、各々楽しんでいる様子が見て取れる。国宝はまだ展示されていないらしい。展示スペースは広間の奥、玉座に近い場所に設けられているようだ。
その地点は、それなりに厳重な警備が設けられているのだろう。
それに、会場には普通に貴族も多い。
冬だっていうのに、田園邸宅に戻っていない貴族がこんなに多いとは。
前回、殿下はこの会場に、マリー・トーマンをエスコートしながら入ってきたんだよな。「感慨深い」とは違うけど懐かしくはあるな、うん。
――なんてことを懐かしく思い出していたら、例のボディーガード君が緊張した面持ちでマリー・トーマンの前に立った。
醸し出されているこの雰囲気、これはまさか……!
「マリー・トーマン」
「え? は、はい……」
緊張した面持ちでマリー・トーマンのフルネームを呼び、誘うように手をさしだそうとするボディーガード君。こっちまで緊張が伝わってくるんだけど、やっぱり本当に誘うのか。
対するマリー・トーマンは戸惑っている。明らかに好意からじゃない。
しかし、彼は犯罪者じゃないし、ここで邪魔するのは野暮になるだろう。
「やあ、君達も来ていたのか」
クリストフ殿下の声だ。このタイミングで現れるか。ちょっとボディーガード君に同情してしまう。
だって、クリストフ殿下の声がした瞬間のマリー・トーマンの表情と、そしてそれを見てしまったボディーガード君の変化に、気づいてしまったから。
懐かしさと同時に、ないはずの焼け焦げた痛みを、この胸が思い出す。
その変化には、とても馴染みがあった。
「あ~、私のエスコートは君にお願いしちゃおうかな?! さあ! レッツゴー!」
わたくしほどには残虐にも利己的にもなれないボディーガード君を、もう見ていられない。いたたまれないので、この場から引き離してしまおう!
貴方、見ているだけで胃が痛くなるのよ!!!
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