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学園編
77.潜入、リナウド邸2
しおりを挟む3階の使用人区画へ足を踏み入れた瞬間、そこにいたパトリックに見つかった。え、いや、ちょっと待ってもらおう。
……なんでここにパトリックがいるの?!
「こんなところで何してるの?!」
「静かにっ! ……それはこっちのセリフだ!」
パトリックは私よりも冷静だった。
いや――冷静というか切羽詰ったというか、威圧感とは言えない妙な気迫を漂わせていた。
大声を上げそうになった口に人差し指を突きつけられただけで、頭に上った血が冷えるような……殺気ではないと思いたい。
私の傍には護衛が3人いるのだけど、彼らは現れたパトリックに防衛本能を刺激されたりはしなかったらしい。ということは殺気じゃなかったんだ。でも、彼がいるとは思っていなかったようで、完全に姿を現した彼に驚いた様子を見せている。
3階の使用人区画ってよく見ると、1階の区画よりかは豪華な内装をしてる。目の前のパトリックの服装も、客人としてここにいると考えるとちょっと変だ。ラフすぎる。まるで室内着みたいだ。
室内着みたい……なんで?
「パトリック……どうして、ここにいるの?」
彼の顔色が悪い。私は変な質問をしてしまった? 彼は私から微妙に視線を逸らし、自嘲気味に笑みを浮かべながら――。
「お前は相変わらず無茶ばかりしてンな。秘宝はこっちで探しておくから、お前らはもう帰れ。今はシテリンの名も意味を為さない。見つかって面倒なことになる前に、な」
パトリックもここに潜入してたの? どうして? なんで……何のために?
「なん、で……?」
パトリックは答えない。どうしてこんな馬鹿なことをしているのか、パトリックはその理由を私に教えてくれない。
「おいお前ら、こいつを連れて帰れ。オレーン伯もいつまでもリナウド侯爵を引き止めてはおけないだろう」
「待ってよ! 私を抜きで話を進めないで!」
まずい! このままじゃ連れ出される! 護衛の皆様が彼の意見に同調しようとしているのが分かる!
「潜入してるのがバレたら、パトリックだって具合が悪いんじゃないの?! こっちに逃げろなんて言うなら、パトリックだって――」
「俺は呼ばれてここにいるから問題ないんだよ」
――呼ばれた? 誰に……デリアだ。
デリア・リナウド以外にあり得ない。今はクリストフ殿下の婚約者となったデリア・リナウド。デリアがパトリックに執着していると教えてくれたのは、グニラ・オレーンだ。彼女は他に何と言っていた?
リナウド侯爵夫人は彼のことを快く思ってはいなくて――
『そんなに彼がいいのなら愛人に留めておきなさい』と言っていたんだ。
「パトリック、なんでここに――」
全部を言い終える前に、私の腕を護衛が掴む。この場から連れ出されようとしている! 待って、まだパトリックから本当のことを聞いてない! あんなに顔色が悪いのに。ここにいるのは苦痛でしかないんだろうって分かってるのに!
「……ここにいてよかったよ」
階段の曲がり角、パトリックの姿が見えなくなる直前。パトリックが静かに、そう言いながら笑うのが見えた。
使用人区画の応接室に戻る途中、客人用の応接室にいるリナウド一家を見かけた。
「ナナミ様! お早く!」
思わず視線を取られかける私を、護衛が引き戻そうとする。危険は私も承知の上だ。護衛の指示に従って、すぐにこの場から退散しようとした。けど、聞こえてくる声は耳に入った。
「嫌よこんな地味な布! わたくしを誰だと思ってるの?! こんなドレスではわたくし、霞んでしまうわ!」
聞き覚えのある声。これはデリアの声だ。
今はもう慣れたけど、ミーシャ・デュ・シテリンだった頃の記憶にはない声。パトリックも殿下も、彼女は元からこういう性格だったと言うけど……その件に関しては、私は今も疑問に思ってる。
「信じられない! こんなものしか用意できないなんて……目障りだわ追い出して!!」
ヒステリックな声と共にドアが大きく開け放たれた! やばい!
慌てて物陰に隠れる! 残った数人の護衛は、彼女とその母のフラストレーションの盾になりつつ、嵐が過ぎ去るのを待っているようだ。
応接室にはリナウド侯爵と、オレーン伯、 そして彼が連れてきた服職人が残っているのみ。リナウド侯爵はちょっと疲れているように見える。私の日本人としての記憶からか、なんとなく彼が、娘の反抗期に苦労する父親のように見えた。
そう考えると、デリアのわがままも愛らしいと見るべき?
うーん、それは無理。
パトリックが被害を被っている以上、可愛いわがままで片付けるのは無理。……私の心情的に。これは私のわがままかな?
「申し訳ありません……。違うんです、今のあの子は、あの子じゃないんです……。本当のあの子はあんなじゃない……優しい子なんです。本当に、とても優しい子なんです。娘のせいじゃない、娘は悪くない……気が弱いけれど、優しくて……本当に優しくて……頼まれれば断れなくて……世の中に悪が存在するなんて、本当に少しもかけらも疑ってすらいない……心清らかな娘なんです。娘を……取り戻したはずなんです……」
言い切る彼はちょっと病的だと思う。
そうだったというより、そうであってほしいという願望が強い? 死ぬ前の彼女のことを、全然覚えていなかったことが悔やまれる。覚えていたら少しは、今の彼女との相違点が分かったかもしれない。
分かっていれば、こんな状況になる前になんとかできた?
リナウド侯爵の暴走の原因はこれなんだとしたら……。本当に、これが動機なんじゃないの? あの秘宝には、時間を戻す力があるとかパトリックから以前聞いたことがある。彼もそれを本気で信じているのだとしたら……いや、ちょっと待て、待て待て待て。
取り戻したはずって――リナウド侯爵の動機は、『以前の心優しいデリア・リナウド』?
……そう言えば、舞踏会の時にミーシャ・デュ・シテリン宛に届けられた、前回、マリー・トーマンが着ていたドレスと寸分違わぬドレス。パトリック以外に、前回の記憶を持っている人間がいる。それは、あの時に分かってた。それが……リナウド侯爵?
じゃあ、今のこの状況は何? 私への復讐?
この人……知ってる?
パトリックもそのことに気づいた?
だから、彼女の家に残ることにしたの――?!
◇◆◇ ◇◆◇
護衛の見事な手腕で、私はリナウド家の人間に見とがめられること無く、屋敷を後にすることができた。表で待っていた行商の馬車に合流し、王都の商店街へ戻った。
本当は、ものすごくあの屋敷に残りたかったけど、無策で戻るわけには行かない。パトリックもいるし……。
あの人が黒幕なんだとしたら、私はあの人に何をするべきなのか。
前回、デリア・リナウドは死んでしまったのだろうか。どんな最期だったのか……私は覚えてもいない。リナウド侯爵は絶対に私を許さないだろう。パトリックも前回とは違う動きをしてるから、前回の記憶があるとリナウド侯爵は気づいたはずだ。ミーシャ・デュ・シテリンの味方をしているように、見えてしまったかもしれない。
違うのに。
彼はただ、お人好しなだけなのに。
……なんて、私がパトリックのことを考えてぼーっとしている間に、馬車を乗り換え、今夜は学園の女子寮ではなくオレーン邸へ泊まることになった。
オレーン家は一時期、借金苦で傾きかけていた。今、目の前にあるオレーン邸は派手とはいかずとも質実剛健とした立派な屋敷だ。考えてみたら、自分もある意味、お人好しな彼につけ込もうとしている悪者の部類に入るだろう。
「潜入の結果はいかがでした?!」
屋敷へ戻るなり、グニラ・オレーンが心配そうな顔で駆け込んできた。エントランスで感動の再会をし続けるのは疲れるので、適当な客間に腰を落ち着けた。こちらから何を言わなくても、使用人が居場所を嗅ぎつけてお茶菓子を持ってくる。よくよく考えると、かなりブラックな職場環境? 彼女たちはあれでいいのかな……。
貴族令嬢時代の自分は何もかもが間違っていたから、この認識には自信がない。日本時代の私が完璧だったとは思わないし、あの頃の社会がこの国より素晴らしいものだとも思わないけど……。
「成果は出なかったかな。あと、私は問題ないんだけど……パトリックがいて……自分の意思でいるみたいなこと言って……連れ出した方がいいのは分かってたんだけど……」
自分でも考えがまとまってないのかな。グニラ・オレーンに何を言うべきか分からない。過去のミーシャ・デュ・シテリンを恨んでの犯行なら、多くの人間に迷惑をかける前に、この身で終わらせてしまった方がよかったんじゃ……?
リナウド邸に侵入するまで、全然その可能性を考えてなかった。
私やパトリックと同じように、前回の記憶を持っている人間がいることは分かってた。でもそれが、リナウド侯爵だなんて思わなかった。今回の騒動の要因になる可能性なんて想像もしてなかった。
まずい。
グニラ・オレーンが、私を心配そうな目で見てる。私のことを心配している。
「ミーシャ様、何か隠し事をされていますね?」
……お?
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