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7.三人娘
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荷物をまとめたメルクが宿から出て行くのを見送って、三人は、ため息を吐いた。
大きく、長い安堵のため息だった。
何でもない顔をして、連れ立って三人が泊まっている部屋に戻る。
「うっ、ご、こめんなさい、ミーナ」
部屋に入った途端、エレフィーナが我慢できなくなったように、泣き出した。
それを見て、慰めるようにミーナが背中をさする。
「いつもっ、危ないこと、させてっ」
「良いのよ。この中じゃ、私が一番丈夫なんだから」
その様子を見て、魔女とあだ名されるアンリですら目頭に涙をたたえていた。
「っ、ミーナが、居なかったら、私達、まだあいつを、解放してやれなかった。ホントに、意気地なしの自分が、嫌になるっ」
こらえきれないと言った風に、アンリも泣き出してしまった。
「だから、いいんだって。ほら、私も、悪女みたいな事やってみたかったしっ。二人に、私も、助けられてるからっ、お互い様」
強がるミーナに、二人がガバッと抱きついた。流石鍛えているだけあって、微動だにしなかった。
「ごめんっ。いつか、何の面白みもない犬とか言って、本当に、ごめん、なさいっ」
「わたくしも、融通のきかない方とか言って、ごめんなさい~」
わんわん泣きながら、ここぞとばかりに今までの暴言を謝る二人。驚いたのはミーナだった。
「そ、そんなこと……今は、良いよ。私、二人の事もう、友達だって思ってるから」
同時に顔をあげる二人。そして、アンリは顔を真っ赤にし、エレフィーナは華が咲くように微笑んだ。
「とっ、友達なんてっ、そんなのはじめて言われた」
「嬉しいですわ! わたくしも友達なんて一人もおりませんでしたの! それが一気に二人も。夢みたい!」
「私も、実は、仕える方か部下しかいなくて、友達いなかったんだ。本当に二人と一緒に冒険できて、良かった」
三人はそして、再び抱きあった。
「……メルクも、友達になれそうだったんだけどな」
ポソリとミーナが呟くと、エレフィーナが相槌をうった。
「仕方ありませんわ……あそこまで勇者様が執着してるなんて、予想外でしたもの」
「本当にね。メルクと二人っきりになった瞬間、勇者が間に入ってくるから、結構怖かったわ……」
アンリが下を向いて言うと、ミーナは首を傾げた。
「そうなんだ。私、勇者と一緒に居る事が多かったからあんまり知らなくて……あのさ、勇者って、メルクの事になると口数増えるよね…」
「えっ、そうでしたの?」
今度はエレフィーナが驚いた声をあげる。
「ああ、うん……。パーティー組んだ頃から、メルは優しくて楽しくて、外面で人を判断しない、あんなに良い奴は居ないんだって一万回は聞いた……」
「……」
げっそりとした顔のミーナの言葉に、あとの二人はフォローもできず黙ってしまった。
そう、なぜなら、三人それぞれが勇者の顔の良さにこの旅のパーティーに入るのを承諾した過去があるからだ。最初の方こそチャンスがあるかもと頑張っていたが、それはすぐに無駄な事なんだと思い知らされている。
「と、とにかく。これからは、勇者の気を逸して何とか魔王を倒しに行こう。魔物も強いが、勇者が本気になれば私達も足を引っ張る事は無いし、いけると思う!」
「そうね。メルクもその方が良いでしょうし」
「ええ。玉砕して二人のどちらかが傷ついても、フルパワーで回復して差し上げますわっ」
「エレも説得するのよ」
「嫌ですわ~怖いですわ~~~!」
あはは、と三人娘に笑い声が戻ってきていた。
のも、勇者が城から帰ってくるまでだった。
「で?」
勇者が帰って来たのは、結局、次の日になっていた。夜の間中、貴族の城で宴会が開かれ、断ったのに城に泊まれといわれ、でなければ仲間たちを村から追い出すと脅されたのだ。無視しても良かったのだが、アレスとしては久しぶりに宿の布団で安穏と寝ているメルクを思い浮かべ、それを取り上げるのは可哀想だということで、城に一泊し、ようやくメルクに会えると思った矢先に聞かされた、メルクが追放された、という噂。
アレスは宿屋をひとしきり探し回り、外に出た。彼の前には、いつもは光り輝くばかりの美貌を見せつけている美女三人が、青白い顔をして立っていた。
「メルは?」
アレスは、女性に乱暴は働かない。働く必要が無いからだ。そのアレスが、限界まで怒りを抑えながら、穏やかに三人に、詰問をしてる。
三人は、青白い唇を噛み締め、目を合わせないように下を向いている。
「なあ、言葉、聞こえてる?」
一つ一つの言葉に圧があり、集まってきた野次馬達ですら、それにはビリビリとしたプレッシャーを感じ、慄いていた。
「メルは? あの宿屋の中に居るのか? 居ないのか?」
まるで幼子に言い聞かすような言葉だが、その重圧は計り知れない。
ひたすらだんまりを決め込む三人に、アレスがハァーっと溜息を吐いた。それですらビクっとする三人。
そしてアレスは、一番近い所に居たミーナの前に一歩踏み出した。それだけで、ミーナの肩が可哀想な程ビクッと震えた。
なあ、ともう一度アレスが穏やかに問い詰めると、ようよう、ミーナは首を小さく横に振った。瞬間、ガッと凄い勢いで襟首を掴まれた。一瞬、呼吸ができなくなり、ミーナは息をつめた。
ハッとしたアレスが手を離すと同時に、ミーナは膝から崩れ落ち、地面に座りこんだ。そんなミーナを心配し、両脇から二人が支えた。
「君たちさあ、何勝手な事やってるか知らないけど、オレのパーティは、オレとメルしかいらないんだよ。君たちの方が邪魔者なのわかってる? それを……っ」
途中まで理性的に話そうと頑張っているようだったが、アレスの握りしめた拳が、震えた。
チッと舌打ちし、握りしめた拳を開き、手のひらを宿屋に向けた、瞬間。
宿屋が、二階建てのそこそこ大きな建物の半分が、消えた。見間違いではない、消えたのだ。それも、一瞬にして。
幸い、この時間に宿屋に人はそんなに居らず、消えた方に人はいなかった。だが、残った半分もすぐに倒壊をはじめ、中に居た人々は魔物の襲撃かと、慌てて外に避難してきていた。
「もう我慢ならない。メルが居なきゃ、この世界に意味なんて無いんだ。ああ、メル。可愛そうなメル。今、迎えに行くよ」
そう、独り言を呟いたかと思うと、アレスはくるりと踵を返し、その姿のまま走り出してしまった。その、全速力といったら、規格外であった。彼が走った後には、砂ぼこりが舞い上がり、その後ろ姿はすぐに見えなくなった。
残された三人は、その場にへたりこんだ。泣く事さえできなかった。あまりの恐怖に、誰も話しかけられない。
彼女らは三人身を寄せ合い、ガタガタと震えながらも、彼が追いかけていった人物の無事を密かに願ったのだった。
大きく、長い安堵のため息だった。
何でもない顔をして、連れ立って三人が泊まっている部屋に戻る。
「うっ、ご、こめんなさい、ミーナ」
部屋に入った途端、エレフィーナが我慢できなくなったように、泣き出した。
それを見て、慰めるようにミーナが背中をさする。
「いつもっ、危ないこと、させてっ」
「良いのよ。この中じゃ、私が一番丈夫なんだから」
その様子を見て、魔女とあだ名されるアンリですら目頭に涙をたたえていた。
「っ、ミーナが、居なかったら、私達、まだあいつを、解放してやれなかった。ホントに、意気地なしの自分が、嫌になるっ」
こらえきれないと言った風に、アンリも泣き出してしまった。
「だから、いいんだって。ほら、私も、悪女みたいな事やってみたかったしっ。二人に、私も、助けられてるからっ、お互い様」
強がるミーナに、二人がガバッと抱きついた。流石鍛えているだけあって、微動だにしなかった。
「ごめんっ。いつか、何の面白みもない犬とか言って、本当に、ごめん、なさいっ」
「わたくしも、融通のきかない方とか言って、ごめんなさい~」
わんわん泣きながら、ここぞとばかりに今までの暴言を謝る二人。驚いたのはミーナだった。
「そ、そんなこと……今は、良いよ。私、二人の事もう、友達だって思ってるから」
同時に顔をあげる二人。そして、アンリは顔を真っ赤にし、エレフィーナは華が咲くように微笑んだ。
「とっ、友達なんてっ、そんなのはじめて言われた」
「嬉しいですわ! わたくしも友達なんて一人もおりませんでしたの! それが一気に二人も。夢みたい!」
「私も、実は、仕える方か部下しかいなくて、友達いなかったんだ。本当に二人と一緒に冒険できて、良かった」
三人はそして、再び抱きあった。
「……メルクも、友達になれそうだったんだけどな」
ポソリとミーナが呟くと、エレフィーナが相槌をうった。
「仕方ありませんわ……あそこまで勇者様が執着してるなんて、予想外でしたもの」
「本当にね。メルクと二人っきりになった瞬間、勇者が間に入ってくるから、結構怖かったわ……」
アンリが下を向いて言うと、ミーナは首を傾げた。
「そうなんだ。私、勇者と一緒に居る事が多かったからあんまり知らなくて……あのさ、勇者って、メルクの事になると口数増えるよね…」
「えっ、そうでしたの?」
今度はエレフィーナが驚いた声をあげる。
「ああ、うん……。パーティー組んだ頃から、メルは優しくて楽しくて、外面で人を判断しない、あんなに良い奴は居ないんだって一万回は聞いた……」
「……」
げっそりとした顔のミーナの言葉に、あとの二人はフォローもできず黙ってしまった。
そう、なぜなら、三人それぞれが勇者の顔の良さにこの旅のパーティーに入るのを承諾した過去があるからだ。最初の方こそチャンスがあるかもと頑張っていたが、それはすぐに無駄な事なんだと思い知らされている。
「と、とにかく。これからは、勇者の気を逸して何とか魔王を倒しに行こう。魔物も強いが、勇者が本気になれば私達も足を引っ張る事は無いし、いけると思う!」
「そうね。メルクもその方が良いでしょうし」
「ええ。玉砕して二人のどちらかが傷ついても、フルパワーで回復して差し上げますわっ」
「エレも説得するのよ」
「嫌ですわ~怖いですわ~~~!」
あはは、と三人娘に笑い声が戻ってきていた。
のも、勇者が城から帰ってくるまでだった。
「で?」
勇者が帰って来たのは、結局、次の日になっていた。夜の間中、貴族の城で宴会が開かれ、断ったのに城に泊まれといわれ、でなければ仲間たちを村から追い出すと脅されたのだ。無視しても良かったのだが、アレスとしては久しぶりに宿の布団で安穏と寝ているメルクを思い浮かべ、それを取り上げるのは可哀想だということで、城に一泊し、ようやくメルクに会えると思った矢先に聞かされた、メルクが追放された、という噂。
アレスは宿屋をひとしきり探し回り、外に出た。彼の前には、いつもは光り輝くばかりの美貌を見せつけている美女三人が、青白い顔をして立っていた。
「メルは?」
アレスは、女性に乱暴は働かない。働く必要が無いからだ。そのアレスが、限界まで怒りを抑えながら、穏やかに三人に、詰問をしてる。
三人は、青白い唇を噛み締め、目を合わせないように下を向いている。
「なあ、言葉、聞こえてる?」
一つ一つの言葉に圧があり、集まってきた野次馬達ですら、それにはビリビリとしたプレッシャーを感じ、慄いていた。
「メルは? あの宿屋の中に居るのか? 居ないのか?」
まるで幼子に言い聞かすような言葉だが、その重圧は計り知れない。
ひたすらだんまりを決め込む三人に、アレスがハァーっと溜息を吐いた。それですらビクっとする三人。
そしてアレスは、一番近い所に居たミーナの前に一歩踏み出した。それだけで、ミーナの肩が可哀想な程ビクッと震えた。
なあ、ともう一度アレスが穏やかに問い詰めると、ようよう、ミーナは首を小さく横に振った。瞬間、ガッと凄い勢いで襟首を掴まれた。一瞬、呼吸ができなくなり、ミーナは息をつめた。
ハッとしたアレスが手を離すと同時に、ミーナは膝から崩れ落ち、地面に座りこんだ。そんなミーナを心配し、両脇から二人が支えた。
「君たちさあ、何勝手な事やってるか知らないけど、オレのパーティは、オレとメルしかいらないんだよ。君たちの方が邪魔者なのわかってる? それを……っ」
途中まで理性的に話そうと頑張っているようだったが、アレスの握りしめた拳が、震えた。
チッと舌打ちし、握りしめた拳を開き、手のひらを宿屋に向けた、瞬間。
宿屋が、二階建てのそこそこ大きな建物の半分が、消えた。見間違いではない、消えたのだ。それも、一瞬にして。
幸い、この時間に宿屋に人はそんなに居らず、消えた方に人はいなかった。だが、残った半分もすぐに倒壊をはじめ、中に居た人々は魔物の襲撃かと、慌てて外に避難してきていた。
「もう我慢ならない。メルが居なきゃ、この世界に意味なんて無いんだ。ああ、メル。可愛そうなメル。今、迎えに行くよ」
そう、独り言を呟いたかと思うと、アレスはくるりと踵を返し、その姿のまま走り出してしまった。その、全速力といったら、規格外であった。彼が走った後には、砂ぼこりが舞い上がり、その後ろ姿はすぐに見えなくなった。
残された三人は、その場にへたりこんだ。泣く事さえできなかった。あまりの恐怖に、誰も話しかけられない。
彼女らは三人身を寄せ合い、ガタガタと震えながらも、彼が追いかけていった人物の無事を密かに願ったのだった。
応援ありがとうございます!
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