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第七話:銀の疾風、鬼の牙
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役小角(えんのおづぬ)様と義王(ぎおう)という、人間と鬼、あまりにも異質な二人に挟まれ、朱音(あかね)の新たな旅は始まった。庵を出て山道を進む隊列は、自然と役小角様が先頭、朱音がその少し後ろ、そして寡黙な義王が最後尾という形になる。義王は、一行の荷物のほとんどを軽々と背負っているにもかかわらず、その足取りは驚くほど静かで確かだった。
三人になったことで、道中の雰囲気は以前と少し変わった。役小角様は相変わらず口を開けば「奴隷」だの「使えん」だのと言うけれど、昨日よりは少しだけ口数が多いような気もする。そして何より、義王という圧倒的な存在がすぐ後ろにいることで、朱音は奇妙な緊張感と、同時に場違いなほどの安心感を覚えていた。
「おい、朱音」不意に役小角様が振り返らずに言った。「ぼさっと歩いているだけでは能がない。常に気を研ぎ澄ませ。周囲の気配を探る訓練だと思え。微かな妖気でも、獣の殺気でも、何でも感じ取るように努めろ」
「は、はいっ」
言われた通り、朱音は意識を集中させようと試みる。目を凝らし、耳を澄ませ、肌で空気の流れを感じる。鬼の血が騒ぐのか、時折、森の奥から感じる微かな獣の気配や、淀んだ水の気配などを捉えることができるようになってきた。
「……あの、役小角様。あちらの方角から、少し……嫌な感じがします」
「ほう。どの程度だ? 獣か、それとも……」
役小角様は、朱音の報告を聞くと、ぶっきらぼうながらも確認したり、時には「そちらではない、もっと気の流れを読め」と指摘したりした。それは指導と呼ぶにはあまりに厳しく一方的だったが、それでも朱音にとっては、自分の力が何かの役に立つかもしれないと思える、初めての経験だった。
そんなやり取りをしながら山道を進んでいた時だった。
ふいに、周囲の空気が張り詰めた。木々のざわめきが止み、鳥の声も聞こえなくなる。獣の低い唸り声と、明確な敵意を含んだ複数の気配が、一行を取り囲むように迫ってきた。
「……!」
朱音が息を呑むと同時に、木々の間から、飢えた獣たちが姿を現した。痩せこけた灰色の狼の群れだ。数は十数匹。血走った目で一行を睨みつけ、涎を垂らしながらじりじりと包囲の輪を狭めてくる。明らかに、彼らは人間を獲物と見定めていた。
「ひっ……!」
朱音は恐怖に足が竦む。あの忌まわしい村で、野犬に追いかけられた記憶が蘇る。
「ふん、ちょうど良い。腹を空かせた駄犬どもか」役小角様は、まるで路傍の石でも見るかのように狼たちを一瞥すると、こともなげに言った。「義王、片付けろ。手早く済ませろよ」
「御意」
短く応じると、義王は背負っていた荷物を静かに地面に下ろし、一歩前に出た。その瞬間、彼の纏う空気が変わる。寡黙な従者から、荒ぶる鬼神へ。月光を反射する銀髪が逆立ち、鋭い金色の瞳が、飢えた獣のそれよりも遥かに獰猛な光を宿した。
グルルル……!
威嚇するように、狼たちが一斉に襲い掛かる。鋭い牙を剥き、俊敏な動きで四方から飛びかかってきた。
しかし、それよりも速く、義王が動いた。
銀色の疾風は、瞬きする間に狼の群れに突っ込むと、最初の一匹の顎を蹴り上げ、宙に舞わせる。着地の隙を狙って飛びかかってきた別の狼は、振り向きざまの拳の一撃で、木の幹に叩きつけられ動かなくなった。
義王の動きには、一切の躊躇も、慈悲もなかった。
迫りくる牙を紙一重で躱し、的確に、最短の動きで敵の命を奪っていく。時には、その屈強な腕で狼を掴み上げ、地面に叩きつけ、あるいは力任せに投げ飛ばす。返り血が彼の頬や銀髪に飛び散るが、彼は表情一つ変えず、ただ淡々と、効率的に「処理」していく。
(これが……鬼……)
朱音はその光景に、恐怖で体が震えながらも、目が離せなかった。
恐ろしい。けれど、その動きは、荒々しい野生の獣が狩りをする姿のように、ある種の機能的な美しさを伴っていた。月明かりの下、返り血に濡れながら敵を薙ぎ払うその姿は、禍々しくも、どこか神話の一場面のようにすら見えた。これが、役小角様が「奴隷」と呼ぶ存在の、真の力なのだ。
あっという間だった。
あれほど数多くいた狼の群れは、ものの数分で全滅し、辺りには死骸と血の匂いだけが残された。義王は、静かにその場に佇む。返り血を浴びた銀髪が月光に濡れ、額の二本の黒い角が、常よりも濃く、鋭く見えた。
「……」
朱音は、声も出せずに立ち尽くす。鬼という存在の圧倒的な力と、命を奪うことへの躊躇のなさに、改めて畏怖を感じた。しかし同時に、この強大な存在が、今は自分たちを守るために牙を剥いたのだという事実に、奇妙な安堵感を覚えている自分にも気づいていた。
「よし、行くぞ。いつまで見ている」
役小角様は、まるで何事もなかったかのように、さっさと先を促した。義王は、顔についた血を無造作に手の甲で拭うと、再び荷物を背負い直し、黙って主に従う。
三人の旅は、こうして再び始まった。
朱音は、冷たく美しい呪術師と、寡黙で強大な鬼という、二人の規格外な存在の間で、自分の居場所と役割を必死に探し始めていた。この先に何が待ち受けているのか、想像もつかない。ただ、もう後戻りはできないことだけは、確かだった。
三人になったことで、道中の雰囲気は以前と少し変わった。役小角様は相変わらず口を開けば「奴隷」だの「使えん」だのと言うけれど、昨日よりは少しだけ口数が多いような気もする。そして何より、義王という圧倒的な存在がすぐ後ろにいることで、朱音は奇妙な緊張感と、同時に場違いなほどの安心感を覚えていた。
「おい、朱音」不意に役小角様が振り返らずに言った。「ぼさっと歩いているだけでは能がない。常に気を研ぎ澄ませ。周囲の気配を探る訓練だと思え。微かな妖気でも、獣の殺気でも、何でも感じ取るように努めろ」
「は、はいっ」
言われた通り、朱音は意識を集中させようと試みる。目を凝らし、耳を澄ませ、肌で空気の流れを感じる。鬼の血が騒ぐのか、時折、森の奥から感じる微かな獣の気配や、淀んだ水の気配などを捉えることができるようになってきた。
「……あの、役小角様。あちらの方角から、少し……嫌な感じがします」
「ほう。どの程度だ? 獣か、それとも……」
役小角様は、朱音の報告を聞くと、ぶっきらぼうながらも確認したり、時には「そちらではない、もっと気の流れを読め」と指摘したりした。それは指導と呼ぶにはあまりに厳しく一方的だったが、それでも朱音にとっては、自分の力が何かの役に立つかもしれないと思える、初めての経験だった。
そんなやり取りをしながら山道を進んでいた時だった。
ふいに、周囲の空気が張り詰めた。木々のざわめきが止み、鳥の声も聞こえなくなる。獣の低い唸り声と、明確な敵意を含んだ複数の気配が、一行を取り囲むように迫ってきた。
「……!」
朱音が息を呑むと同時に、木々の間から、飢えた獣たちが姿を現した。痩せこけた灰色の狼の群れだ。数は十数匹。血走った目で一行を睨みつけ、涎を垂らしながらじりじりと包囲の輪を狭めてくる。明らかに、彼らは人間を獲物と見定めていた。
「ひっ……!」
朱音は恐怖に足が竦む。あの忌まわしい村で、野犬に追いかけられた記憶が蘇る。
「ふん、ちょうど良い。腹を空かせた駄犬どもか」役小角様は、まるで路傍の石でも見るかのように狼たちを一瞥すると、こともなげに言った。「義王、片付けろ。手早く済ませろよ」
「御意」
短く応じると、義王は背負っていた荷物を静かに地面に下ろし、一歩前に出た。その瞬間、彼の纏う空気が変わる。寡黙な従者から、荒ぶる鬼神へ。月光を反射する銀髪が逆立ち、鋭い金色の瞳が、飢えた獣のそれよりも遥かに獰猛な光を宿した。
グルルル……!
威嚇するように、狼たちが一斉に襲い掛かる。鋭い牙を剥き、俊敏な動きで四方から飛びかかってきた。
しかし、それよりも速く、義王が動いた。
銀色の疾風は、瞬きする間に狼の群れに突っ込むと、最初の一匹の顎を蹴り上げ、宙に舞わせる。着地の隙を狙って飛びかかってきた別の狼は、振り向きざまの拳の一撃で、木の幹に叩きつけられ動かなくなった。
義王の動きには、一切の躊躇も、慈悲もなかった。
迫りくる牙を紙一重で躱し、的確に、最短の動きで敵の命を奪っていく。時には、その屈強な腕で狼を掴み上げ、地面に叩きつけ、あるいは力任せに投げ飛ばす。返り血が彼の頬や銀髪に飛び散るが、彼は表情一つ変えず、ただ淡々と、効率的に「処理」していく。
(これが……鬼……)
朱音はその光景に、恐怖で体が震えながらも、目が離せなかった。
恐ろしい。けれど、その動きは、荒々しい野生の獣が狩りをする姿のように、ある種の機能的な美しさを伴っていた。月明かりの下、返り血に濡れながら敵を薙ぎ払うその姿は、禍々しくも、どこか神話の一場面のようにすら見えた。これが、役小角様が「奴隷」と呼ぶ存在の、真の力なのだ。
あっという間だった。
あれほど数多くいた狼の群れは、ものの数分で全滅し、辺りには死骸と血の匂いだけが残された。義王は、静かにその場に佇む。返り血を浴びた銀髪が月光に濡れ、額の二本の黒い角が、常よりも濃く、鋭く見えた。
「……」
朱音は、声も出せずに立ち尽くす。鬼という存在の圧倒的な力と、命を奪うことへの躊躇のなさに、改めて畏怖を感じた。しかし同時に、この強大な存在が、今は自分たちを守るために牙を剥いたのだという事実に、奇妙な安堵感を覚えている自分にも気づいていた。
「よし、行くぞ。いつまで見ている」
役小角様は、まるで何事もなかったかのように、さっさと先を促した。義王は、顔についた血を無造作に手の甲で拭うと、再び荷物を背負い直し、黙って主に従う。
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