蝶々の瑕

七瀬京

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「柊生さん!」
「み、さき?」
 わたしが、こんな所に来ることが、本当に信じられないことのように柊生さんは大きく目を見開いて、呆然と私を見つめていた。
「柊生さん! だれが、こんなことを」
「あ、ああ……ちょっとね」
「待ってて、いま、村の誰かを……」
 呼んでくるから、と言おうと思ったが、出来なかった。そう言う前に、鋭く柊生さんに制されてしまったからだった。
「止めてください! 村には……」
 とりあえず、大丈夫なようだけれど、やはり村で休んでいた方が良かろうと思われた。その程度には、素人目にも深そうな傷だった。
「わかったわ。言わない。あなたが居ないと、明日のマツリが駄目になるものね」
 柊生さんは安堵したように、私を見つめた。
「どうして、ここが?」
「胸騒ぎがしたのよ。それに、あなたに呼ばれているような気がして」
「呼びました。あなたを」
 柊生さんは、私を見つめていた。私も、柊生さんを見つめていた。
  手を、伸ばして、柊生さんを抱きしめた。
「美咲?」
 私は、柊生さんが泣いていると思った。それは、自分が泣きたいからかもしれない。
「美咲……」
「しばらく、こうさせて」
 抱きしめるというのは、抱きしめられると言うことです。
 そう教えてくれたのは、牧師さまだった。
 私は、いまならその気持ちを理解できる。わたしは、いま確かに柊生さんの身体を抱きしめているけれど、私は柊生さんに抱きしめられていた。それは確かだという、真実だという根拠があった。
「好きだな、柊生さん」
「僕に、構わないで下さい。僕は……」
「嫌いですか? 私のこと」
 驚くぐらい、大胆だなと私は思った。柊生さんの方が戸惑っている。
「嫌いなわけないでしょう! だけれど。私は………」
 柊生さんは、私の身体に腕を回した。
「私など、生まれてこなければ良かったんです! 私なぞ、誰にも必要にされず、誰も私を愛してくれない! 私の存在が、恨めしい! 私は、瑕(きず)を負ってしか居きられないんです。すべてが空しく、私の手をすり抜けていく!」
 叫びが、胸を圧迫した。
 この苦しさは、私の苦しさであり、柊生さんの苦しさだ。
「そんなことがあるわけ無いでしょう! 私があなたを必要としてる。あなたを愛してる。あなたの傷(丶)が痛むなら、私が側にいる!」
 どこに、こんな台詞があったのだろう。どこにこんな感情があったのだろう。私は、溢れる台詞とともに、涙を流していた。
 私の涙に、柊生さんが触れた。
 私も、柊生さんも、傷を負っているのだ。すべての人は、傷を負って、それでも生きているのだろう。
 ずっと。できることならば、ずっと彼を抱きしめていたかった。
 『私の生まれた日は消え失せよ。男の子を身ごもったことを告げた夜も。その日は闇となれ。』
 『なぜ、わたしは母の胎にいるうちに死んでしまわなかったのか。せめて生まれてすぐに息絶えなかったのか』
 これは、一体どこで読んだ言葉だろう。こんな、空しい言葉。
 柊生さんの、心の中のようだと私は思った。
 方を震わせて、涙を流し続ける彼を、私はずっと抱きしめていた。柊生さんの手が、私の身体を撫ぜた。昨夜、奥様にしたように。
 奥様の代わりでも、私は良かったのかもしれない。
 同情ではなかったのだと私は思う。だけど、私は彼を受け止めてしまった。
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