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05.もう、おとなしく諦めて
しおりを挟む噂好きな雀たち―――皇城にはびこる、ドレスを着た雀たちが、最近囁くのは、皇帝陛下の『夜伽係』のことだ。
「ウィレムス公のご養女だとか」
「元は洗濯娘と言うことですよ」
「けれど、良いではありませんか。我が国の皇帝陛下ときたら」
「ええ、お顔は美しいのに、女性に全く興味がなくって」
「その上、女運まで」
皇帝陛下には、そもそも、れっきとした、政略結婚の相手がいらっしゃった。
ツーク皇国皇女殿下。
陛下二十五歳、皇女殿下四歳という年の差のある政略結婚の相手だったが、不幸なことに、この皇女殿下が嫁いでくる直前になって、薨去されてしまった。その後、何度か、国内外の女性と婚約がもたれたが、どの女性も儚くなった。
女運のない、冷血な皇帝陛下。それぞれの婚約者と、顔を合わせたこともないとは雖も、一度も婚約者たちがなくなったことに言及がなかったこともあって、氷のように情のないかただというのがもっぱらの噂である。
ところが、その皇帝陛下が、『夜伽係』を申しつけた娘が居るとなれば、国内が、『今度こそ』という雰囲気になる。
「けれど、庶民の出身という割に、件のお嬢様は、慎ましやかでおいでだとか」
「ええ。寵愛を求めるでもなく、ご自身が財を得るくらいなら、貧しい方へ心を配って欲しいと仰せになったとか」
「わたくしもその噂は聞きましたわ。なんでも、朝餉の席で、ご令嬢自ら、頭を垂れてお願いされたとか」
「このような心ばえの良い方は、久しくお目に掛かることはありませんでしたわね」
「ええ、本当に。弟君を優遇しようという、陛下のお申し出も断られたとか」
「弟君は、無事、翰林院を主席で合格されたと言うことですわよ」
「ごきょうだいそろって、素晴らしい方ですのね」
ころころと笑いながら繰り広げられる会話を盗み聞きしつつ、リリアは(何でそんなことになってるんだ!)と大声で怒鳴り出したい気分だった。
紆余曲折、酷い誤解があるようだが、現在、皇帝陛下が何かにつけてリリアを誉め倒しているらしく、リリアの評判たるや『賢く慎ましやかな令嬢』ということになっている。その上。
「ああいう方でしたら、皇后にお立ちになられてもよろしゅうございましょうに」
などという声が上がるので、(うちの国、どーなってんのよ!)と声を大にして文句を言いたいところである。
しかし、話を聞いてみると、庶民の出身のお妃様というのも、アリなのではないかというのが、噂に信憑性を醸し出している。
代々、このヴェルス帝国の皇帝の一族は、近隣諸国の王家に跨がった近親婚を繰り返している。
そのおかげで、現皇帝のように飛び抜けた美貌を持つものが現れるのだが、その副作用もあった。
異様な出生率の低下である。
そもそも、ヴェルス帝国の前身となった古王国は、近親婚を繰り返し、その結果、女帝の時代が長く続くことになったが(近親婚の場合、何故か女性の方が多く生まれたという)、それも力及ばず、ヴェルス帝国の初代皇帝に皇位を禅譲することになった。
なので、『この辺で一回庶民中の庶民の血を混ぜてみないか』という、割と、リベラルな動きが沸き起こりつつあるという。
国の問題は、それで解決しそうだが、当事者のリリアは、完全に置いて行かれた形である。
(聞いてないわよ……こんなの……っ)
そもそも、リリアとしては『ゆたんぽ係』である。
それが『夜伽係』になり、さらには皇后候補という恐ろしい飛躍を遂げているわけだ。
外堀をがっちり埋められているような、感覚だ。
「ガルシア卿っ!!」
リリアは、今回の件……つまり、『ゆたんぽ係』の斡旋役、ガルシア卿の所へ殴り込みの勢いで訪ねていく。
「おっと、ご令嬢……普通のご令嬢は、直接、男の執務室を訪ねたりしないものですよ」
にっこり笑ってガルシア卿が言うが、リリアは、この笑顔に騙されない。
「ガルシア卿。……ちょっと、なんで、私が、陛下に嫁ぐっていうところまで行ってるんですか! 可笑しいじゃないですか!」
「まー、そんなに怒らないでよ。皇后なんて、世界で最高の職業ですよ? 三食昼寝付きですよ?」
きらきらした笑顔で、ガルシア卿はいうが、リリアは一瞬で直感した。(嘘だ)と。
「そんなはずないでしょうが!」
「いやいや、本当だよ……。ただ、働き者の君が、周りの様子が気になって、ヤキモキしたあげく、いろいろとお手伝いしてくれると言うことはあるかも知れないけど」
「それが本音ですかっ!」
「いやいや、そうじゃないよ」
「とにかくっ! 噂の収拾を付けてくださいよ!」
リリアの言葉を聞いたガルシア卿が、ふ、と無表情になって、すぐに、目を伏せた。
「えっ?」
「うーん……君ね、もう、おとなしく諦めて」
「はっ?」
急に受け答えが雑になる。
「諦めるって……」
「あの人ねぇ、とにかく、欲しいものは何が何でも手に入れる人なんだわ。なのでね……あの人に気に入られた時点で、もう、諦めるしかないよ」
ご愁傷様、とガルシア卿は言う。
「契約内容と違いますが?」
「きっと……それも、あの人が書き換えちゃってると思うよ? 今回、全国に施薬院を作るのに、神殿に大分お金を払ってるんだよね。だから、この間作った、お二人の契約書って、もうすでに陛下に都合の良いように書き換えられていると思うよ」
作成した書類は、原本を神殿に。そして複写を、それぞれが持つことになっている。
これは書き換え防止の為だ。
だが、神殿が味方に入っているとなると、話が違うだろう。
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