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09.ご令嬢たちのレッスン
しおりを挟むカミラ嬢のヤル気は本物だった。
翌日から、リリアは朝食が終わると、すぐにカミラ嬢に連れられて、『レッスン』に入ることになった。
この『レッスン』というのが厄介で、一見、ただのお茶会だったが、礼儀作法をたたき込まれる場所であり、また、貴族の勢力を覚えさせるための場であり、会話をたたき込まれる場所でもあった。
「リリアさま、テーブルに手をのせたままで居るのは見苦しゅうございます」
このように、細かなマナーを。
「リリアさまも、こちらのケーキをどうぞ。これは、北方の特産品で、小さくて堅い桃を使ったケーキですのよ」
これならば、北方では桃が採れる。それは小さくて堅い桃だという情報を。
「リリアさまの眼差しは、かの詩人、レウグレシスが呼んだ、湖水の歌のようですわ」
であれば、いにしえの伝説的詩人レウグレシスの著作『湖水の歌』をチェックしておけと言う明確な意思表示。
「わたくしの兄が、今度、ニーム国の伯爵令嬢をお迎えいたしますの」
であれば、ニーム国を調べておけと言うこと。
「ウィレムス公はかつて、『戦場を駆ける獅子』の異名をもつ、我が国の軍神でしたのよ」
であれば、『実家』であるウィレムス公のことは調べておけ、ここ数十年の歴史もたたき込めということ。
この成果を、翌日の『お茶会』で、がっつり質問攻めにあって、細かく、内容を問われるのである。
おかげで、リリアは、お茶会が終わるやいなや勉強開始して、皇帝陛下が寝所に来るまでの間、がむしゃらに勉強するハメに陥った。
皇帝陛下は、最近、就寝の時間が少し早くなった。
つまり、リリアの『本業』の時間も、早くなったというわけで、皇帝陛下が寝所に起こしになる半刻前には、寝台へ入って、温めておかなければならない。皇帝陛下の『お好み』としては、ここで―――寝台の中で、リリアとささやかな交流を持ちたい様子だったが、リリアとしては、朝から晩まで勉強をたたき込まれている訳なので、頭が疲労していて、横になったら気絶するように寝入ってしまう。
そうなると、皇帝に対して、ささやかな抵抗も出来ずに、困る。
その上、あの貴族のご令嬢たちは、『淑女のたしなみですわ』とか適当なことを言いながら、肌が透けるような、夜着を着るように、リリアに付けられた侍女を買収してきたのだった。
恥ずかしい……が、それどころではない。あたまが破裂しそうになるほど、ギチギチに知識を詰め込んだのだ。ちょっとでも妙な動きをすれば、覚えた単語が頭からこぼれ落ちてしまいそうだった。
(あの、ご令嬢たち『既成事実』を作りたくて溜まらないのね……)
けれど、普通『皇后の座』というのは、ご令嬢が狙うのではないだろうか? そこだけは釈然としない気分だ。皇帝は概ね優しいし親切だ。それに、お顔が大変に美しい。身体も、魅力的……だろう。なのに、貴族のご令嬢たちのお眼鏡には叶わなかったらしい。
「……リリア……」
気がつくと皇帝の腕に抱かれて、甘く、名前を囁かれていた。
「ちょっ! 何をなさって……っ陛下、陛下っっ!!」
全力で皇帝の身体を押しのけようとするものの、完全に巻き付かれてしまっているために、びくともしない。
苦しくない程度に拘束されているというような状況だった。
(慣れたとは言え、本当にコレでいいの……?)
冷静になって考えてみれば、このまま待ち受けているのは、皇后への道。
右も左も解らないリリアが、到底務まるものではないだろう。
「……浮かない顔だね」
皇帝が、甘い声で囁いてくる。
「おはようございます。速やかに、ご起床遊ばされませ」
「君が浮かない顔をしている理由を、教えてくれたなら」
皇帝の唇が、リリアのコメカミに落ちる。柔らかくて、冷たい唇だった。今まで、あまり、これはされたことがないから、驚いてしまう。
「今更、そんなに驚かなくても……私は、毎晩君の頬に口づけをして居るのだし」
「ええっ? そんなこと、聞いていませんっ!」
「言ってなかったからね」
しれっと皇帝陛下はお答え遊ばされる。リリアが内心歯がみしてると、
「そろそろ起きなくて良いのかい? 侍女が来ると思うけど」
と皇帝が笑う。
「そ、そうでしたっ! 今日は、カミラ様がいらっしゃると……」
「彼女が、こんなに朝早くから一体なにを……」
皇帝が怪訝そうな顔をする。それについては、リリアも同感だった。
「私も、よく解らないんですよね……。何かを確認しに来ると言ってましたけど」
「確認か……」
と呟いてから、皇帝は納得したように大きく頷いた。
「では、我々は、もう少しこうしていたほうが良いだろう。きっと、彼女は、君がお役目に精励している所を確認するのだろう」
「えっ? ……いや、でもそのですね……さすがに……これはちょっと……」
カミラ嬢たちから贈られた極々薄い夜着を纏っただけの姿で、皇帝にしっかり巻き付かれたまま、二人で寝台に寝転がっているというのは、どう考えても、何かが良くないような気がする。
「おはようございます、陛下、そしてリリア様っ!」
ノックの音もなく、扉が開け放たれる。そこに居たのは、案の定、カミラ嬢だったが、後ろに見慣れない人物の姿もあった。小綺麗な格好をしてはいるが、町の商店か何かで帳簿でも付けていそうな雰囲気の、ひょろっとした男性だった。
「ああ、おはよう、カミラ嬢……そこを開けておくと寒いので、申し訳ないが、扉を閉めてくれないかな」
皇帝の思し召し通り、扉がすっと閉じられる。
「カミラ嬢、その者は?」
皇帝が、顔だけを上げてカミラ嬢に問う。依然、リリアは腕の中だ。薄衣一枚の姿で居る以上、皇帝の腕の中のほうが、いくらかましだった。
「この者は、新聞記者ですわ」
「新聞記者……なるほど」
「この者に発言をお許し下さいませ、陛下」
「許す」
「はい、お目にかかれまして光栄でございます。皇帝陛下。……わたくしは、この首都で新聞社に勤めるものでございまして、ぜひ、そちらの心麗しきお嬢様のお姿などを国民に報せることが出来ればと……」
(なんですって……っ!!)
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