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14.すれちがい

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 陛下に会ったら、謝らなければ。

 そう思っている間に、十日が過ぎた。

 この間、陛下は、凍えながら休んでいるのだろう。冷たく冴え冴えとした青白い満月の光が差し込む、冷え切った部屋の中で、身体を抱えながら眠っているのだとしたら、気の毒なことだった。

 十日も。

 リリアの所へ、訪れていない。

 コレにはガルシア卿も呆れていた。リリアのことを考えて、来ないのは解るが、それにしても、会話くらいは出来るだろうということだ。皇帝陛下は、それを避けている。

 皇帝陛下が寝所へ来なくなった―――というのは、カミラ嬢の耳にも入り、カミラ嬢は、落胆の表情を浮かべて、沈鬱そうにして居た。

「カミラ様が、お気になさることではないと思うのですけれど……」

「いえ、わたくしにも、責任はありますわ。わたくし、手っ取り早く、既成事実を作ってしまえば良いと思っていましたの」

「既成事実……っ?」

 嫌な言葉を聞いた。確かに、そういう、ことが行われるかも知れないという状況だった。

「実は、……陛下のお使いになっている香油を、媚薬入れのものに替えて頂いたのです。ああ、身体には影響はありませんから、ご心配なさらずとも良いのですけれど……わたくしの家に伝わるものなので、効き目は確かですわ……」

「そういえば、あの日……いつもと違う、もっと甘い薫りがしたと思っていましたけど」

「間違いなく、うちの香油ですわ。お二人の仲が深まると思っていたのに、まさか、こんなことになるなんて……」

 ごめんなさい、リリア様っ!

 と勢いよく頭を下げるカミラ嬢に、リリアは、何も文句を言うことは出来なかった。

「いいえ、でも……どうせなら、その真相は、陛下にお伝え下さいませ」

 皇帝陛下は、あの時、心のままに振る舞おうとしたことを、後悔しているだろうから。

 それが、誰かの企みだったと知れば、腹は立つかも知れないが、皇帝陛下自身の、気分は良くなるだろう。

「あの」

 カミラ嬢が、おずおずと問う。

「はい?」

「リリア様は……、ご自分がされたことを思えば、わたくしを許せないと思うのですけれど、こんな時でも、陛下のことを第一にお考えですのね。わたくしども、自分の都合のためだけに、リリア様が皇后にお立ち遊ばせばよろしかろうと思っておりましたけど、もっと、深い部分で陛下と繋がっておいででしたら、あの方には、そういう方のほうが、貴重だと思うのです」

 皇帝陛下と、繋がる……という畏れ多い言葉が、ぽんっと飛び出してきたことに、リリアは驚くが、たしかに、カミラ嬢への怒りより、皇帝陛下が心配だった。よく眠れているだろうか。『氷の』という異名通りの、何もかも押し殺したような無表情で居るのではないだろうか。それが、気がかりだ。

「カミラ様……その、陛下は、どちらにおいででしょうか」

「リリア様?」

「早く、陛下のせいではなかったことを、お話ししておかないと……」

 リリアはたち上がる。居ても立っても居られなくなった。

「リリア様、落ち着いて」

 といいつつ、カミラ嬢がどこかへ目配せする。程なく、侍女が現れて「陛下は、現在謁見の間におられます」とだけ手短に告げた。

「謁見の間ね!」

 リリアはドレスの裾を持って走り出す。町で育ったリリアは、脚力には自信があった。その背中に、カミラ嬢からの言葉が飛んでくる。

「お待ちを、リリア様。謁見の間ということは、どなたかと謁見の最中と言うことですわ。そこへ乗り込んではなりません。せめて、終わったときに捕まえて下さいまし!」

 なるほど、と思いつつ、まずは謁見の間に張り付くことにした。







 王宮は、いくつかの建物に別れている。

 中央にあるのが、謁見の間を備えた、主棟。そこから左右に広がっていく。皇帝陛下の執務をする場所は、謁見の間の奥にある建屋だ。けれど執務室から、謁見の間までは、幾つもの建屋を順番通りに抜ける必要があるということも、リリアは聞いたことがある。

 謁見の間の玉座には、その順番でしか、立ち入ることが出来ない。玉座は、幅の異なる階段が十七段あるといい、これも、万が一の事態に備えての対策である。

 謁見の間にいる、ということは、皇帝陛下の執務室の所で待っていれば良い。執務室までは、昼間侍女をやっていたので行き方は解る。

 この、侍女仕事も、この十日ほどは、断られていた。

 通い慣れた執務室に向かうと、扉を守っていた衛兵たちの顔が、パッとほころんだ。

「リリア様っ!」

「よかった。リリア様がおいでにならないと、陛下が、機嫌が悪くて……」

 機嫌次第で他人に当たり散らすような方ではない、とリリアは思っていたのだが、その疑問はしっかり顔に出ていたらしく、

「別に嫌なことをされたわけではありませんよっ! ただ、陛下が、とにかく、無表情で怖いんです」

 という弁明を頂いた。

「陛下は、謁見中と伺っておりますけど」

「はい。そろそろ戻られると思います。……リリア様も、中でお待ちになりますか?」

 陛下に会ったら、すこし、話をしたい。

 ならば、部屋の中で待たせて貰う方が良いだろう。

「ええ。それじゃあ、中で待たせて……」

 頂きます、と答えようとした時だった。

 内側から、扉が勢いよく開き、足早に皇帝陛下が出てくる。

「陛下っ!?」

 リリアの声に、一瞬、皇帝陛下が振り返ったが、氷で出来た彫像のような無表情を崩しもせずに、立ち去っていく。

 その背後から、ガルシア卿が、やはりこわばった顔をして付いていたが、リリアの前で、一度立ち止まった。

「リリア様、これより、陛下は、近隣へ出征されます。リリア様には普段通り過ごされますよう。私は、陛下に付いて参ります」

 近隣へ、出征。

 それは戦争へ行くと言うことだ。

 去って行く背中を見ながら、リリアは、目の前が暗くなっていくのを感じていた。



 

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