花は夜ごとに散る~恋した皇帝の前で、他の男に抱かれる夜~

七瀬京

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序章

華燭 2

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 婚礼の夜、というのを幸せな気持ちで迎えることの出来る幸運な女はどれだけいるだろう。
 曖甯あいねいは、国を出て花嫁として各地で祝福を受けながら、この国へたどり着いて、皇帝の謁見を受けるまで、自身がこの世で一番幸福な花嫁であると信じて疑わなかった。
 婚礼用の赤い装飾で彩られたねやへ通され、「陛下は一刻後に」とだけ宦官がやけに高い声で言う。曖甯あいねいの祖国である榔胤ろういん国には、後宮の制度はあったが宦官は居なかった。話には聞いていたがなにやら不気味だ。
(一刻………)
 一刻後、夫となる皇帝が、ここへやってくる。
 みん国のしゅう帝、りょう叡青えいせいのことは、祖国に居た頃、怜悧な性質ではあるものの、情に厚い方ということは聞いていた。無論、ここ十年の間に三人の皇帝が代わったみん国であるので、統治に至る間には血なまぐさい争いなどもあったとは聞いている。だが、あのような言葉を賜るとは、思ってもみないことだった。

「後宮に美姫三千人。それを一晩に一人ずつ殺そう」

 なぜ、そのような言葉を言ったのか――、曖甯あいねいにはわからない。
 
「そなたには、選ばせてやろう。後宮から一人女を差し出して命を奪うか――そなたが、余の閨で愉しませるか」

 生来しょうらい残酷な性質であるならば、その噂も聞こえてこよう。けれど、しゅう帝について、悪い噂の類いは聞こえてこなかった。
(わたくしは、陛下の寝所で、どうお仕えすればよいのだろう………)
 帝室へ嫁ぐ曖甯あいねいは、当然の知識として、男女の交媾まぐわいについては知識がある。皇帝を喜ばせるための方法として、閨での様々な技法についても学んでからここへ来たのだった。

 けれど――。

 最初から、欲望の為に仕えろと言われるとは思わなかった。そのことに、胸は押し潰されそうだった。
 曖甯あいねいは胸元に隠した皇帝の姿絵を取り出した。
 涼やかな目元をした美しい男。祖国で眺めていたときには、これほど美しいということはないだろう、と思いながら見ていたが、実際に見た皇帝は、この姿絵よりも、もっと美しかった。
 この姿絵と、義理で送られてくる手紙。それだけで、曖甯あいねいは皇帝に恋をしてしまった。

(お母様は、恋心など不要とおっしゃったけど、お母様が正しかったのね)

 後宮の女が最も求めてはいけないものは、愛だ、と曖甯あいねいの母は言った。
 愛を求めれば、地獄へ落ちる。
 後宮という場所は、女が落ちる地獄の一つだ――ということを、言っていた。母は、みん国の貴族の出身だった。家には、娘が八人。母はその三番目。長姫が後宮へ召し出され、妃嬪ひひんとして、今上帝の四代前の皇帝に仕えた。身分は昭儀しょうぎ。四夫人に次ぐ身分である九嬪きゅうひんの立場である。殿舎を賜り、それなりに寵は受けたらしいが、後ろ盾となるほどの寵も、子供にも恵まれず、後宮内で死んだ。そして、母のもう一人の姉も後宮へ上がったが、これは、侍女として上がったものだった。
 三代前の皇帝の御代、徳妃を務めたきょう氏に仕えたらしいが、誤って皇后の御裾みすそを踏んだため、目をえぐり取られた後、井戸に放り込まれて死んだという。
 母にとって、後宮という場所は、自分と地続きにある場所であった。
 次は自分――という気持ちでいたところ、榔胤ろういん国との縁組みが決まり、心底安堵していたに違いない。
(後宮という場所は、皇后の御裾を踏んだだけでも命を奪われる……)
 であれば、皇帝が一晩に一人殺すと言ったのは、戯れだとしても、そのまま行われるだろう。

「世の中には、変わったことをしないと性欲を催さぬものもおります。例えば、獣と交わったり、死体と交わったり………とあるものは、『魔鏡』を愛好するあまりに、自分の夫人とはしために鏡を磨かせるのを見物しながら交接したと………」

 夫となる男が、そこまでの性癖を持っていないことを祈りつつ、言われるがままに奉仕するほかない。
 曖甯あいねいがそう覚悟を決めた時だった。

 どぉおん――………っ。
 どぉおん――………っ。
 どぉおん――………っ。

 銅鑼どらが三度鳴らされた。
「え、何かしら」
 思わず声を上げると、いつから控えていたのか、女官が小さな声で「三度の銅鑼は、陛下の出御でございます」と告げられた。
 では、礼をしてお迎えしなければ、と曖甯あいねいは椅子からおりて、床に跪いて礼を取った。
 やがて扉が開き、竜涎香りゅうぜんこうの甘い薫りが漂う。
 竜涎香、貝香、沈香、伽羅、白檀………様々な薫りが混じりあった香を衣にたきしめているのだろう。
「陛下に、ご挨拶申し上げます。万歳万歳万々歳」
 母より教えられていた作法通りに礼を取り、挨拶をした時、皇帝が「クッ」と小さく笑ったのが聞こえた。
「そなたの母は、なん家の出だったな。まあ良い、そなたに少々、説明してやろう。――大監たいかん
 皇帝は椅子に座り、一緒に部屋へ入ってきた宦官を呼んだ。
「これは、ばく大監。後宮へ出入りする宦官を束ねている。そなたの用事は、このものに言いつけると良い。さて大監」
「は」
 と短く受けつつ、莫大監は、象牙で出来た札をずらりと並べて見せた。そこには、名前が書いてある。
「この札には、後宮へ出入りする全ての女の名前が書かれている。そなた以外の」
 見れば確かになめらかな象牙には、流麗な手跡で名前が記されていた。
「たとえば」と言いつつ、一つの牌を手に取りつつ皇帝は言う。「これは、貴妃のものだ」

 『安氏 瞑湖めいれい

 と素っ気なく書かれた牌だった。
「………この牌は、夜に召し出す女を記したものだ。つまり、全て、そなたの使用人というわけだな。そなたが来る間、ここから夜ごと札を選び、一人召しだしていたのだ。俺の主な役割は、皇家の血を残すこと。種まきが一番の仕事というわけだ」
 嫌な言い方をなさる、とは思った曖甯あいねいではあったが、口には出さなかった。
「今まで通り、毎夜ここから一枚、牌を引く。引いた女を召し出して――殺してしまおう」
 ぞっとした。広間で言ったことは、戯れではなかったのだ。
「この、女たちの代わりに………閨でお仕えすれば良いのですね」
「………女たちの為に、身を差し出すか。この後宮で」
 くっくっと、皇帝は喉の奥を鳴らして笑う。愉快そうだ。曖甯あいねいは震えそうになったが、なんとか、気丈に応えた。
「ええ、もちろんでございます。実家の母より、皇后とは後宮において、姉であり母であるものと教えられて参りました。わたくしが、この牌に書かれたものたちの姉であり、母であるとすれば、この者たちの命を守るのは当然のことでございます」
「………そなたの叔母は、皇后の御裾を踏んだだけで殺されたが?」
「わたくしは、絶対に、そうしません」
「なるほど、なかなか気丈なことだ………ん? それは?」
 皇帝が目に留めたのは、先ほどまで曖甯あいねいが見ていた、皇帝の姿絵だった。
「こ、これは………わたくしの、宝物で………」
 思わず、パッと胸元に隠してしまったのを見て、皇帝が美しい眉をひそめた。
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