第二王子は『冷酷令嬢』を愛でています

アーエル

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第一章

第15話

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それで問題がひとつ出来た。もしトルスタインがリリアーシュ嬢と結婚する場合、かろうじて均衡バランスの取れている貴族社会をノイゼンヴァッハ家が頭ひとつかふたつ分抜きん出てしまう。
それを避けるには、方法は一つしかないだろう。

「トルスタイン。もしお前がリリアーシュ嬢との結婚を望むなら、お前は結婚と同時に王位継承権を手放すことになるぞ」

「構いません。いえ。それなら、言い寄ってくるバカ貴族やその血をひいた令嬢たちの相手をする必要がなくなります。それに、僕はリリアーシュと一緒にいたいのです。他の『つまらない女』も王位継承権もいりません」

「リリアーシュ嬢と結婚するということは、お前の兄ジルスタットの臣下になると言うことだ」

「でしたら、僕は宰相となり兄上の補佐として走り回りましょう。その代わり、ひとつだけ約束してほしいことがございます」

「─── なんだ?」

「明日にでも、リリアーシュとの婚約を正式に決定して、結婚と同時に僕の王位継承権返上すると発表して下さい」

「何を急いでいる?」

「リリアーシュが『ノイゼンヴァッハの後継者』としての教育を受けて変わってしまうのを止めたいのです」

「しかし、それは・・・」

「僕がリリアーシュの代わりに『後継者教育』を受けます。王位継承権を放棄するのですから、王族の教育から後継者教育に変わるだけです」

「父上。宜しいですか?」

ドアをノックする音がして、入室の許可を出すと王太子ジルスタットが入ってきた。そして弟の姿を確認すると苦笑する。

「なんだ。トルスタイン。もう父上に婚約の許可を貰いに来てたのか」

「父上!リリアーシュは僕の婚約者ですからね!」

「分かった。明日、宰相に話をするからそれまで待っていなさい」

「え?トルスタインとリリアーシュ嬢の婚約、もう決まったのですか?」

「ジルスタット。お前は何しに来た」

「いやー。リリアーシュ嬢を私の婚約者にしてもらおうと」

「何を考えているんだ。先ほど、リリアーシュ嬢はトルスタインの婚約者と決まった」

「公表はまだでしょう?変えられませんか?」

「─── 王位継承権を放棄する気か?」

「いやー。それはイヤですね」

「トルスタインはリリアーシュ嬢のためなら、王位継承権も返上してアマルスの後継者としてお前の臣下に就くつもりだぞ」

「リリアーシュ嬢が宰相に・・・」

「なれるはずがなかろう。トルスタイン。後継者教育の開始はアマルスと相談してからだ。何か希望はあるか?」

「どうせでしたら、宰相宅で寝泊まりし、基礎を叩き込んで頂きたいです。日中は蔵書で勉強して、宰相がお戻り次第、教育をして頂くのでも構いません」

「分かった。そう伝えておこう」

「はい。では失礼します」

トルスタインは一礼をして退室して行った。本当に『子どもらしくない』。
そして此処には『子どもらしい』息子がもう一人残っている。

「ジルスタット。お前はトルスタインを揶揄って何がしたいんだ」

「父上。『揶揄う』なんて・・・」

「では言い直そう。トルスタインを焚き付けて、何を企んでいるんだ」

「『企んで』って・・・。それに関しては否定しません」

父親の目から見ても、トルスタインがリリアーシュ嬢に『一目惚れ』したのは気付いていた。だからトルスタインがリリアーシュ嬢と結婚したいと望むのは薄々勘付いていた。しかし・・・王位継承権を捨てて一貴族となり、兄の臣下に下っても良いとまで言い出すとは思わなかった。

「父上。トルスタインですが、リリアーシュ嬢と温室に行ったあとの様子はご存知ないのでしょう?」

「─── 何か良からぬことでも?」

「いえ。逆です。トルスタインは『最高級の接待』をしましたよ」

「それの何が問題なのだ?」

「問題も問題。大問題ですよ!あの『一部の人間』にしか興味を持たない、あの『子どもらしくない』トルスタインが、やっと『興味を持った』のですよ!それも、自身と歳の近い少女に!」

「ジルスタット。とりあえず深呼吸をして落ち着け」

父の言葉に我に返ったジルスタットは深呼吸を繰り返して気持ちを落ち着かせる。その様子を見ながら、「ジルスタットがこれほどまでにトルスタインを気に掛けていたとは」と思っていた。

「父上。トルスタインが公の場に出るようになった理由が、私にある事はご存知でしょうか?」

「ああ。昨年、アマルスが絞首刑にした侯爵が、自身の末娘をお前の婚約者候補に仕立てようとしていたことか?」

「父上。それは『建て前』だとご存知ですね」

「・・・お前が成人した後に私を殺し、罪をトルスタインに着せて処刑し、アマルスを失脚させて自身が宰相となりこの国を牛耳る。なんともお粗末な計画だ」

「ええ。その計画に気付いたのがトルスタインです。そして裏付けのために公の場に出ました。其処で侯爵は幼いトルスタインに目をつけました。そして、私とトルスタインの立場を入れ替えようとしたのです」

あの頃、王妃ミスティアは娘エメルダを産んだばかりだった。そのためトルスタインから「母上や周りの者たちが安心してエメルダの世話が出来るよう、王宮で開かれる公の場に連れて行って下さい」と言われた。たしかに大人しいとはいえ、トルスタインを放ってエメルダの世話だけをすることはできない。だったら、幼い頃から公の場に連れ出して『王族としての責務』に慣らした方が良いとアマルスから後押しがあった。その時からあの二人は『何かを掴んでいた』のだろう。

「あの時から、トルスタインは貴族や令嬢たちの『格好の餌食』となりました。おかげで私は不必要に貴族たちから囲まれなくなりました。その分、トルスタインは自分に言い寄る相手に対して警戒するようになったのです」

ジルスタットは始め、トルスタインが貴族たちに囲まれているのを嫉妬していた。しかし、五歳のトルスタインに対して、一番ヘコヘコしていた侯爵が不正を理由に絞首刑となった。貴族の絞首刑ほど不名誉なことはない。それも公開処刑だ。公開処刑は平民の娯楽のひとつで、前日から市が立つほどだ。刑場に引き立てられ、『晒し台ピロリー』に固定されて一人ずつ罪状を読み上げられる。死なない程度に石を投げつけることが許されている。『自分の罪も背負って死んでもらう』意味合いがあるそうだ。それから、ギロチン刑や絞首刑、車裂きの刑や八つ裂きの刑が執行される。遺体(罪人の場合は『死体』という)は、魔物討伐の『撒き餌』に使われ、墓地で『安らかな眠り』につくことは出来ない。
その後も、トルスタインに取り入ろうとする貴族が次々と不正を暴かれて爵位剥奪や領地没収の上、最低20年の奴隷として鉱山に送られた。
さすがに私でも気が付いた。小さなトルスタインが、無知な私を『貴族たちの魔の手』から守ってくれていたのだと。小さいからこそ、『裏から思い通りに操りたい』と思う貴族たちを引き寄せられたのだと。

「─── そんなトルスタインが、リリアーシュ嬢の前では『年相応』の表情を見せていたのです。「応援するな」という方が無理でしょう?」

「それにしても『自分の婚約者に』とは何を考えている?」

「実は、ちょっと ─── いえ。だいぶ『本気』だったんですよ。『けがれなき純粋な少女』の側にいるだけで、自然に笑えている自分がいるのです。そして、無邪気な笑顔に癒されるのです。その笑顔を守りたいと願うほどに」

トルスタインはその笑顔を守るため、アマルスから『後継者教育』を受ける気だ。もちろん、『当主』はリリアーシュ嬢だが、トルスタインは『当主補佐』として貴族たちの矢面に立ってリリアーシュ嬢を守りたいのだろう。当主がリリアーシュ嬢であっても、政治・経済などの表舞台にリリアーシュ嬢が出る必要はない。領地を持つ貴族当主の本来の仕事は領地経営なのだから。それが王城で働くために出来ない当主が、『自身の代理』に領地経営を託している。そのため、リリアーシュ嬢は領地経営を優先することとなる。
当主が女性の場合に限り、当主の配偶者が ─── この場合トルスタインだが ─── 当主補佐、もしくは当主代理として登城が許されている。それは『女性蔑視』とまではいかないが、意見の合わない、または反対意見の女性当主を無理矢理犯して言うことを聞かせようと考える不埒者がいるためだ。

数百年前に、それを実行した愚か者がいた。その女性当主は懐剣を持っていたために相手の一人を刺して難を逃れた。もちろん罪には問われない。当時は女性当主のみ『身を守るため』との理由から、懐剣の所持が許されていた。もちろん深く刺しても死ぬことはない。その時襲った愚か者も、深さ5センチの傷を腕に負っただけだ。ただ、大騒ぎをしたため事件は露見した。
愚か者は処刑から減刑されて当主交代の上、領地幽閉を命じられた。その後、新当主から賜死ししを命じられて毒杯を仰いだ。王に賜死の許可を貰うために新当主が書状を送っていた。それによると『前当主は「掠り傷を受けた上、多額の慰謝料を払わされて当主も交代させられた」と恨み節を繰り返し、一切の反省は見せず。長く生かす事で当家の不利益となると判断しました』とある。領地幽閉が王命だったから、勝手に『病死』をさせられなかったのだろう。さらに毒杯は『王家より賜る』ものだ。当時の王は、即日毒杯を贈ったそうだ。
当時の記録から、愚か者と共に徒党を組んで女性当主に手を出そうとした若き当主たちも、『病気療養』を理由に当主を交代し領地へと戻ったと記されている。
彼らは『病死』や『事故死』が相次いで、ひと月後には誰も残らなかった。別の書物には、社交界で『先に『病死』した愚か者が呼んだのだろう』という噂が広がったとある。
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