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第六章

第65話

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セルヴァンのゲンコツでようやく自分を取り戻して冷静になったヒナリ。
そのまま正座して、セルヴァンから説教を受けて『何が悪かった』のかを反省させられている。
ヨルクは周りを確認してドリトスの不在に気付き、セルヴァンが強硬手段に出た理由を理解した。

「なあ。ヒナリ。ヒナリはさ。さくらを『縛り付けたい』のか?」

ヨルクがヒナリの前にしゃがむ。
ヒナリは憔悴しきった表情でうつむいたまま首を左右に振る。

「ヒナリ。さくらはこの国に来てからこの王城以外何処にも行ったことがない。そんなさくらが動けるまで回復して『外へ遊びに行きたい』と思うのは悪いことか?」

セルヴァンの言葉にも黙って首を左右に振るだけ。
冷静さを取り戻してきたヒナリにもようやく分かってきたのだ。
自分が小さい頃から周りの大人たちにされてきた『制限』をさくらにいていたことに。


・・・さくらの涙に濡れた目が脳裏から離れない。

『大切にしたい』『守りたい』と思っている存在さくらを私自身が傷つけてしまった。
傷ついたさくらの表情が・・・忘れられない。

「ごめんなさい」

傷ついたさくらの顔を思い出すたびに口にする謝罪。
でもその言葉は『さくら本人』には届かない。

「ごめんなさい」

自分を見つめるさくらの悲しげな目が忘れられない。

「ごめんなさい」

何度謝っても『さくらの笑顔』を思い出せない。
思い出そうとしてるのに、頭をよぎるのは傷ついた表情のさくら。

「ごめんなさい」


繰り返されるヒナリの謝罪。
向けられる相手は此処にはいない。


「ヒナリ。その『謝罪』は一体誰の為のものだ?」

『鬼族長』の頃に何度も聞いたセルヴァンの冷たい声音。
言葉を向けられていないヨルクでさえ、身体の底から冷えて全身が震えた。
それでも怒気を含んでいないから一過性なものだろう。


「お前がさっきから繰り返す謝罪は『自分がゆるされてラクになりたい』ためのものじゃないのか」

セルヴァンの言葉にヒナリは口を閉ざす。
確かに『さくらの笑顔を思い出したい』ために謝っていたのだから。
セルヴァンにはそんなヒナリの『浅ましい考え』すら見破られていたのだ。


「なあ、ヒナリ。『さくらが泣くほど傷ついた』のに、何故ハンドくんたちがハリセンで叩かないのか不思議に思わなかったのか?」

ヨルクの言葉にヒナリは驚きの表情で勢いよく顔を上げた。
そうだ。さくらを傷つけてしまったのに、何故私はハリセンを受けていないのだろうか。

「ヒナリ」とセルヴァンに呼びかけられてヒナリは青褪めた顔を向ける。

「いつもハンドくんたちに『ハリセン攻撃』をされた時はどう思っている?」

「・・・すぐに自分が悪いことをしたって。何が悪かったのかすぐに考えて反省できます」

「では『いま』はどうだ?」
 
そう言われたヒナリは俯き「『バツ』を受けていない・・・です」と呟いた。
そう。ヒナリは『ハリセン攻撃』を含めたバツを受けていない。
そして『許しを乞うべき相手さくら』が目の前にいない。
だからこそずっと嘆き苦しみ続けることになったのだ。

実はこれもハンドくんからの『バツ』なのだ。
ヒナリに反省を促し、二度と繰り返させないための。


「ヒナリ。もしあの時『さくらが消えなかった』らどうなっていたか分かるか?」

『さくらが消えなかったら?』
そんなこと考えもしなかった。

セルヴァンにヒナリは首を左右に振る。


「・・・さくらのココロが壊れてる」

苦しそうに絞り出されたヨルクの呟きに、ヒナリの目が驚きで見開かれる。

「そうだ。そして『ココロの壊れたさくら』を守るために、神の手で記憶を消されて二度と此処へは戻ってこない」

セルヴァンの言葉にヨルクは以前聞いた神々の言葉を思い出した。
あれは『解呪された直後』の話だ。
神々は『さくらを守るため』なら、さくらに嫌われても実行するだろう。

「さくら・・・・・・わたし・・・なんてことを・・・」

『事の重大さ』にやっと気付いたヒナリはワナワナと身体を震わす。

「ヒナリ。『さくらを守る』ということは『さくらを傷つけない』ことが大前提だ。・・・それが出来ないのなら今すぐ『さくらの前』から居なくなれ」


冷たいセルヴァンの台詞。
しかしそれは『さくらを守るため』だ。
此処には『さくらを守るもの』が必要であって『さくらを傷つけるもの』は不要なのだ。

「セルヴァン様。私にもう一度!もう一度だけチャンスを下さい!」

俯いていたヒナリが決意を秘めた真っ直ぐな目をセルヴァンに向ける。

「『次』はないぞ」

「はい!」

「じゃあ。さくらを迎えに行く前に」

そう言ってヨルクがヒナリの顔に『治癒』魔法をかける。
泣き腫らした顔が、真っ赤になっていた目が、ヨルクの魔法で元に戻っていく。

ヨルクは今までヒナリに触れることは決してしなかった。
触れてしまえば、救いを求めるヒナリの心は無意識に頼り、その温もりに『すがってしまう』だろう。
それでは『ヒナリのためにならない』。
冷たいようだが、ヨルクもヒナリには『さくらを守る』自覚をして欲しかったのだ。


「ヨルク。・・・『さくらが今いる場所』を知ってるの?」

ヒナリの言葉に「いいや」と首を左右に振り、「でもハンドくんがドリトス様を『呼びに来た』んだろ?」とセルヴァンを見上げる。

「ああ。いまはドリトスと温室にいる」

「さくらは・・・私を許してくれるでしょうか」

「許してもらえなかったら、さくらのそばにいることを諦めるか?」

「いいえ。許してもらえるまで・・・たとえ許してもらえなくても、もう一度私のことを信用してもらえるように努力します」

ヒナリはそう言ったが、ヒナリが心から謝罪をすればさくらは許すだろう。
そしてハンドくんたちは『さくらが許したのだから』と今回は許してくれるだろう。

・・・しかし『次』はない。

さくらから『ヒナリとの記憶』が消されて『ヒナリという存在は何処にもいなかった』ことになるだけだ。



『それだけは回避させたい』と誰もが思っていた。

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