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第八章
第282話
しおりを挟むテント内の管理はピピンとリリンの仕事だ。
現在、部屋数は五十八部屋。部屋数が多いのはテント二つ分の広さだからだ。寝室と書斎に私室、調合室と錬金室。あとは調合や錬金で使う素材置き場や薬草などの植物を貯蓄する時間停止の魔道具のついた倉庫。あとは二つ目のテントの元所有者たちが所有権放棄した家財道具一式を詰めた倉庫。これはピピンとリリンが時間を見つけては素材に分解しているため、すでに衣料品は存在しない。
一度見せてもらったが、カットソーを飲み込んだ、実際にはカットソーを体内に取り込んだピピンが前身ごろや後ろ身ごろ、袖などにわけていく。そして、わけられて生地に戻ったものをリリンが取り込んでほぐし、一本の糸にして体外へと吐き出す。そして糸になったものをピピンがまとめて飲み込んで洗浄してから乾燥させて素材庫へと片付けた。リリンが植物に特化したスライムだから、裁断されて切れた糸も一本の糸に撚りなおすことが可能なのだ。
そして、以前から試してみたかった『いやしの水と糸を錬金する』だが……。結果は、成功と言えば成功、だろう。『いやしの糸』なるものができたのだから。それを生地にしたくても機織りの道具がないため、ポンタくんに相談して今回は機織り職人に依頼して生地にしてもらった。
「エミリアさん。お預かりした糸で大変なものができました」
そうポンタくんに言われたのは生地にしてもらう依頼を出してから三日後のことだった。私服で使うストールにするため寸法を指定した。余った糸は返却する決まりになっている。その余った糸で私はストールにタッセルをつける気でいた。その糸を職人が横領しようとしたらしい。
「何を考えているのでしょう?」
「エミリアさん、あの『いやしの糸』はエミリアさんが新たに作られたものですね?」
「ええ、そうです。まだどのようなメリットやデメリットがあるかわからないため、レシピは公開していませんが」
「そうですか。お預かりした時点では輝くように白い糸でしたが、実際に織ると虹色に輝く生地になりました」
鑑定の結果、体力の回復だけでなくその生地で服を作った場合には着用者自身を浄化するという確認がされた。毒は液体でも気体でも弾くようだ。
「魔法も悪意もある程度は弾く可能性があります。これで服を作れば、着用者を守るのに特化した装備品ができるでしょう」
「女性の髪飾りなどではどうでしょう?」
「その場合、半減までいくかわかりませんがある程度は下がるでしょう」
「魅了魔法など精神を惑わす魔法にはどうでしょう」
「それは糸だけでも十分効果はあるようです」
ポンタくんの説明では、炎天下や極寒の中でも影響のない『水のはごろも』もできるようだ。それは寒暖差の激しいダンジョン都市のある大陸では貴重なものになるだろう。
そのため、それを知った職人が糸を横領しようとした。もちろん、それを見逃すような職人ギルドではない。だいたいありえないことを言い訳にしたのだ。そんな言葉で逃れられると思ったのだろうか。
「他国からギルド経由で依頼された仕事だ。その相手が縫製部の職人を特定して連絡をしてきた? どのように?」
「そ、それは……。この国に来ていたそうで……。家まで訪ねて……」
「ああ、言いかえましょうか。その依頼人は『ほかの大陸の遠い国』にいます。最近この国でも話題になったでしょう? 『ほかの大陸にはダンジョンがたくさんある冒険者の町があり、最近そのダンジョンでは物珍しいものが見つかった』と。依頼人はその国の冒険者です。そんな冒険者がわざわざこの国にきた? この国よりも厳しい冬に何ヶ月もかけて船旅で、ですか?」
ポンタくんの言葉で言い逃れができないとわかり、自らの罪を認めた。これで服を作れば儲かると思ったらしい。
彼女は未遂とはいえ縫製部の名に泥を塗った。それも他国の依頼者相手に。縫製部は彼女を追放処分にした。職人は信用を失えば仕事は回ってこない。さらに職人ギルドを追放されてしまった彼女に後ろ盾はなく、安価で請け負う下請け職人か廃業する道しか残されていないだろう。
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