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第十章

第540話

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ルーバーがいたタムスロン大陸には、はるか昔にパルべシア国とパルパーク国という兄弟国があった。並びあって存在していた両国の王族が結婚したことで結ばれた両国は平和な日々を享受してきた。
そんなある日、兄弟王子が怪我をした魔物の子を拾ってきた。

「まさか、城の中で?」
「そう、城の中で拾ったんだ」

王子たちの看病と世話で、その魔物の子の怪我は回復した。しかし、回復したらそのまま城の中に置いてはおけない。兄弟王子は泣く泣く王都の外へと逃がすことにした。

「無責任だね。っていってるのに。親がなければ狩りの仕方も知らずに行き倒れるか、強い魔物に食われるか。一度でも拾って手を出したのなら、最後まで責任持って面倒をみないとダメなんだよ」
「おおー、エミリアなら大丈夫だ。俺もミリィも愛情もって面倒みてやる。ダイバたちもエミリアを手放したりしないぞー」
「ミリィお姉ちゃん。ルーバーの愛情が重いよ、鬱陶しいよ、面倒だよ、暑苦しいよ」
「あら、大丈夫よ。エミリアちゃんへの過剰な愛情は、白虎が踏みつけてくれるから」

私を抱きしめて頭を撫でるミリィさんの視線を追うと、白虎を背中に乗せて床に倒れているルーバーと、ルーバーの頭の上で楽しそうに飛び跳ねるピピンとリリンの姿があった。


「コホン。それでな、二人の王子は自分たちが怪我をした魔物の子を拾って世話をしたことを生涯自慢していたんだよ。エミリアの言うとおり、なぜ城の中に子供とはいえ魔物がいたのか。そんなことを考えなかった王子たちは、それでも幸福な一生を終えた」

両国は彼ら二人が亡くなってから環境が変わる。原因不明の流行り病が王都を襲った。行商人によって異国から持ち込まれ、行商人が出入りした商会で働く業者たちに感染し、買い物客やお抱えの貴族に王族の屋敷や城で働く使用人たちから仕えている貴族。そしてその家族から職場や学園へと知らずに感染を広げたと思われていた。

「症状は風邪に近く、瘴気による呼吸不全ってところだろう。しかし当時はそんなことを知らず。瘴気自体、発生源を知らなかった」
「瘴気は魔物からだよね。二人の王子の話から考えると、宮殿か王城の中に魔物の研究所があった?」
「正解だ」

そこでは、魔物がなぜ生まれるのかを研究していたらしい。

しゅの起源を求めた研究? だったら自分たちを解剖すれば? 自分たちが生まれる理由を知れば魔物が生まれる理由も分かるでしょ」
「エミリアちゃんはどう思うの?」
「別に。生きて死んで生まれ変わる。神様がそういうシステムでこの世界を作ったんでしょ。そうしないと人生がマンネリ化するだけで、何かを生み出そうとしないから。生きたお手本があるじゃん、現在進行形で男娼や娼婦となって罪を償っている貴族や王族の連中。何かを生み出すという行為を忘れているよね。あっ! 『憎しみを生み出し恨みを買う』行為はしてるわ」

そう話したらミリィさんとルーバーが声をあげて笑った。


風邪に近い症状。人はそれを軽くみる傾向がある。

「風邪を拗らせて死んだ。誰もが最初はそう考えた。しかし、人間も死ねば瘴気を生み出す」

パルべシア国とパルパーク国の兄弟国では、昔から罪人の死体は魔物を討伐する際の撒き餌にされてきた。
流行り病が広がり、魔物の討伐が見送られた時期があった。その間、流行り病に感染して死んだ罪人の死体は研究所の魔物の餌として与えられてきた。

「瘴気を吸い込んで流行り病に感染した死体を瘴気の発生源に与えた? それって異物が混ざって黒い煙をあげている焚き火に、さらなる異物の塊を投げ込んだのと一緒じゃない。燃料をもらった火はさらに燃え上がる。……火薬庫で火災が起きているのに、火を消そうとして消火剤を撒いている人の横で『面白くなりそう』といって火薬を箱ごと投げ込んだ。そっちの方が被害の大きさは近いかな?」
「エミリア、被害から判断するなら後者だ。研究所の職員が……まあ、撒き餌にするには処理をして瘴気の発生を最低限まで抑えるんだ。魔導具で残っている当時の記録では、それをせずに直接与えていたらしい」

魔物の数だけ瘴気は発生する。そして研究所の機能では……限界を迎えた。瘴気は外へもれだし、それは魔物たちが傷ついた仲間を救うために集団逃走スタンピードを引き起こし、地図から両国が消滅する結果となった。

「ムルコルスタ大陸の魔導研究所。プリクエン大陸の封印された廃国。……似てるねえ、熱心に何かを研究したことで国が滅びたところまで」

ルーバーの母国ウルクレア国は兄弟国から遠く離れた巨人族の村。瘴気には耐性があるため大きな被害はなかった。何よりその耐性をかして、兄弟国で生き残った人たちの救助に向かった。
その行動がタムスロン大陸で迫害を受けていた巨人族という存在を認めさせることができたのだった。
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