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第十二章
第650話
しおりを挟むだだだだだーっと目の前を左から右へ駆けていく姿を目で追って。どどどどどーっと右から左へと駆けていく姿を目で追っていく。
「手伝う?」
「ヒマか?」
「うん、ヒマ」
ソファーで座っているのも飽きた。言外にそう含めると「おい、メッシュ」と声をかける。
「エミリアを帰すぞ」
「あっ……はい」
「エミリア、バラクルの部屋に帰ってろ」
「テントの中にいていい?」
「何をするつもりだ?」
「調合窯で薬をつくってる」
今日はピピンたち全員は個人行動。もう大丈夫とはいえ錬金釜の方は細かい作業が多いため、ひとりで作業はしないことになっている。錬金室は小学校の理科実験室のように部屋を広くしたことで、私が作業していても違う机でピピンとリリンが抽出作業を手伝ってくれる。
調剤もけっこう神経を使うものの、既存レシピで調合する場合は乳鉢で木の実を粉砕している最中にクシャミに注意すれば問題はない。……空中に漂う粉末でクシャミをすると、乳鉢の中身が調合室内に飛び散ってしまうけど。
「エミリア、何かあれば迎えにいくからな」
それは急ぎの案件の場合。急ぎの情報についての話し合い、急ぎで調薬が必要な場合がほとんどだ。それ以外は食事のあとで話し合う。食事のときはフィムも一緒だからだ。大人の話にフィムを巻き込みたくないのだ。
「エミリアも巻き込みたくはないけどな。言っても聞かないし、勝手に飛び出すくらいならそばに置いて見張っている方がマシだ」
「だからと言って……なんでダイバがエミリアさんのテントに登録されているんですかぁ!」
「仕方がないだろう。放っておくとテントから出てこなくなるんだから」
メッシュが慌てた声をあげる。私のテントには私の世界に関するものが多い。植物もこの世界にはない種類もあるのだ。メッシュにしてみれば『未知の情報が集まった坩堝』なのだ。
……そのほとんどがポンタくんの管理になるため、メッシュは手を出すことができない。そこにダイバが自由に入れると知れば、メッシュが騒ぐのも当然だろう。
「好きなときに起きて~、好きなことをして~、気付いたら寝てて~」
「適当な時間に起きて、食事もしないで錬金や調合に夢中になり、精神的な疲れでぶっ倒れる。の間違いだろ」
「そうともいう」
「「エミリアさん!」」
今度はメッシュとユーリカが青ざめて声をあげる。
「だから、そうならないように俺が入って連れ出すんだよ。メッシュ、お前では『ミイラ取りがミイラになる』だけだ」
ダイバの指摘にメッシュは口を閉ざす。メッシュ自身もその点は自覚しているのだろう。実際に罪には問われなかったがしでかした前科もあるのだから。
私が身につけているお兄ちゃんの腕時計に興味を持って欲しがり、妖精たちが手を出す前にダイバがぶっ飛ばした。ダイバに言われたのだろう、腕時計の前の持ち主のことを。
すでに私が『異世界から召喚された聖女』だとみんなが知ったあと。だから今までは隠して使っていたお兄ちゃんの腕時計を堂々と身につけていて……メッシュが物珍しさから欲しがった。
この世界にも似た腕時計がある。召喚されたエイドニア王国で購入して、ダンジョン都市でも使っていた。腕時計を詳しく知れば魔導具の性能を上げることができると思ったらしい。
ダイバに吹っ飛ばされたメッシュは必死に謝罪してきた。目先の欲に惑わされて、私の心情を踏み躙ったことを。
ポンタくんの許可をもらって百均のソーラー腕時計を渡そうかと思ったが、メッシュは断ってきた。
「自分にはそんなことをしてもらう権利はありません。一度でも欲に負けた自分が新たな知識を手に入れれば、神にでもなった気分になるでしょう」
このとき、メッシュは本当に思考が異常だったらしい。ダイバに殴られて我に返り、実の持ち主や家族のことを聞いて深く後悔した。
「あれはナナシに惑わされていた可能性がある」
ダイバの判断で、メッシュたち四つ子がもつシンクロニシティが関係しているのではないかと調査されている。
…………それは新しい情報を手に入れることに結びついた。
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