あなたの冒険者資格は失効しました〜最強パーティが最下級から成り上がるお話

此寺 美津己

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第8部 残念姫の顛末

第360話 あるいは自分への罰

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ルトの頭を抱き締めていたフィオリナの両手は、瞬時に指を折られた。
鼻に額をぶつけられて、激痛とともに、どろどろと血が流れた。
まるきり、冷静でゆっくりと、ルトはフィオリナに、馬乗りになると、拳を打ち下ろした。

顔を庇う手を取られて、関節を折られた。

“どうしたんだ、ルト。”
全体に動きにキレがない。体の中に震動を与えて、一発で意識を吹き飛ばす打撃は一発もなかった。
口の中のざらざらしたものを吐き出した。
折れた歯、だった。
フィオリナな自分の美貌には、自信を持っていた。
だが、いまはどんな御面相になってしまっているのだろうか。
でも。
リウなら、変わらず愛してくれる、となぜかフィオリナは確信していた。
アレさえ、元気になれば。

“ルト、ルト、ルト。わたしの大事なルト。そんなに傷ついてしまったのか。
ごめん、ごめんなさい、ルト。”

そう言いながら、フィオリナはルトの腕に噛み付いた。
そんな攻撃をすることも、この意味不明なカップルには初めてのことではない。
ルトは、それを待っていたように、そのままフィオリナの頭を、地面に叩きつけた。

完全に意識が飛んだフィオリナの体が弛緩した。

ふう。
と、言いながら、ルトは再び、治癒魔法を紡ぎ始めた。

「なにかの拷問を見せられているのか。」
オルガがつぶやいた。
「でも、フィオリナさんは、完全にルトくんを殺すつもりで、攻撃してたよ。」
「アキル! わかったのか?」
「えっへん。いくら人の身でも長年の実績があるんだよ、わたし。」

治癒を終えたフィオリナは、体を起こした。ぐちゃぐちゃに潰された顔も、元に戻っていた。

「さあ、続き。」

フィオリナの選んだのは、風魔法だった。風による空気の断層が見えないヤイバとなって、吹き荒れる。
ルトの頬、肩口、脇腹から血が迸った。よろめくルト。
だが、フィオリナの受けたキズはそんなものではなかった。

全身、いたるところから、鮮血を吹き出して、またも地面に倒れ込んだ。
「ま、まさか、これは」
「知っているのか! 雷電?」
「雷電は知らないが、ルトは、フィオリナの風魔法のコントロールを乗っ取ったんじゃ。」

オルガがうめいた。

「お互いに手の内を知っているからこそ、とも言えるがこれは異常なのじゃ。」
「確かに異常だね。」

血溜まりの中で動かないフィオリナに、ルトは治癒魔法をかけはじめる。

「確かに。これを無限に続けるつもりなのかのう。」
「それも、なんだけど。」
アキルは、暗い顔になった。
「ルトくんは、さっきから一度も自分に治癒をかけてないよ。
さすがに今度の傷は治すと思ったんだけど。
まるで、自分を罰してるみたいだ。」
アキルは唇を噛み締めた。

「どうするつもりなのよ、ルトくん。
フィオリナは、リウのことが好きなんだよ。たぶんきみのことだって好きなんだろうけど。
そんなめちゃくちゃな関係を引きずってどうやって結婚するのよ。」

「古来、王族の婚姻は外交で、貴族のそれは政治なのじゃ。」
オルガは、優しくアキルの髪を撫でてやりながら言った。
「どうやって結婚というなら、銀灰皇国の先先代の淫蕩帝オウエウスが参考になるかの。
幼馴染の公爵家の長女と、仲が良く、いずれは正妃にと周りも認め、婚約までしていたが、肝心のご令嬢は、結婚直前に勇猛な辺境伯の息子と駆け落ちしてしまった。
結婚するまでは、清い中でいようと誓っていたのが裏目にでたのかもしれぬ。
もちろん、大変な騒ぎにはなったが、かの公爵家もすでに外戚となることを前提として、様々な地位を手にしていた。皇室側でも自慢できることではないので、当人たちの行方の捜索を最優先したため、婚約は解消もされずにずるずるとときが過ぎたのじゃ。
一年後、乳児を抱いて、ご令嬢は宮中に舞い戻ってきたが、国内の政治はもはや公爵家を外戚として、動き始めていた。
淫蕩帝は、明らかに自分の子ではない男子を我が子と認め、彼女と結婚した。妊娠と出産のため、式がのびたのだと、内外に言い訳しながらな。
その後、淫蕩帝は、彼女のとの間に、二人の息子と一人の娘をもうけた。家庭は円満で、幸せな生涯であったし、政治的な安定は、国に繁栄をもたらした。
新たにうまれた子どもたちのうち、淫蕩帝のタネでないものがいたことは、公然の事実として噂されていたが、まあ、それでも悪くない家庭であり、淫蕩帝はほかに側室もおかずに、生涯で女は正妃しか知らなかったと伝えられているな。」

「なんだか、よくできたお話だけど。」
とアキルは不満そうに言った。
「辺境伯の息子はどうなったのよ。」

「3人の息子のうち2人と、娘は淫蕩帝の子ではないといっただろう?
皇妃付きの武官として、いつのころからか、若い男が仕えるようになった。皇妃への忠誠は類をみないほどであり、皇子たちを我が子のようにかわいがったそうじゃ。」
「それって、皇帝陛下があんまりじゃないの?」
アキルは言った。
「なんていうか・・・托卵ってやつでしょ? それも旦那のほうは気がついててそれをみとめてるなんて、地獄じゃない?」
「まず第一に、皇室の予算はある程度、潤沢であって」
いわゆる「庶民」のアキルにどう説明したものか、オルガは言葉を探した。
「いわゆる財政に問題となるほどの無駄遣いは、離宮建設などの土木工事があるものや、連日の大規模なパーティなどじゃのう。
子どもの養育費などは、ふつうにしていればそれほど金はかからない。クローディア家でもすぐれた才能をもった者を猶子として家族の一員にしているじゃろ?
似たようなものだ。
それに確かに、男として見た場合は、プライドが傷つくであろうし、辛いものはあるだろう。だが、それをこらえて、家庭を乱さなかったということで、淫蕩帝の評価はすくなくとも皇室まわりでは高いな。実際にあとをつがせたのは、血をわけた実の息子であったわけだし。
まあ、これは、自分の子を次の帝位に、と画策せずに、そこは辛抱した皇妃と近衛武官も褒めてやるべきか。」

「子どもたちはどうなったの? 帝位を繋がなかった子どもたちは。」

「かの辺境伯のもとに、引き取られた。うちひとりは辺境伯家を継いだな。なにしろ、一人息子が出奔してしまって、跡継ぎに困っていたところだ。あちらさんにもわたりにふねだっただろうよ。」

「噂ばっかりじゃない。どのくらい信憑性があるの?」

「わらわは、銀灰の姫君なのでな。いろいろと真実に近いところの情報はある。」
闇姫はあまり楽しそうでもなく笑った。
「マネをしろとは言わないが、これと添い遂げようと思ったら、お互いに目をつぶらないと、無理な部分があるのは理解せよ。
なぜ、と言われても、そういうものだ、とか言いようがないのだよ。」



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