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第8部 残念姫の顛末
第361話 理由をください
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それは、実戦ではなく、試合だったが、ある意味では命のやり取りよりも、凄惨なものだってのかもしれない。
のちのち、道化師たちにとっても黒歴史となるこの一連の出来ごとは、さまざまな憶測をもって、語られることになる。
とにかく、サーガの主人公たるルトがあまりにもひねくれていたため、ことの推移よりも登場人物たちの心情がよみにくいのだ。
その中でも、「最も道化師に近い者」として語られる「光の公女」リア・クローディアの言葉を指針として解読するのが、ふさわしいのかもしれない。
彼女曰く
「誰の行動が最も異常か」
この視点において、この陰惨な出来事を紐解くのが最も相応しいとされている。
この視点からすれば、一位は大賢者ウィルニアであった。
彼は、千年にわたる友人であるバズズ=リウを己の理論の証明のために、子を産ませようとした。かれにしてみれば、そんなことは、彼が魔王宮を作り、リウを封じ込めた千年前から予定されていた行動であり、なにを非難される余地があるのだ、と反論しただろう。
彼は、自分の理論において、リウと番となるものの出現を待っていただけであり、ようやくと、ルトまたはフィオリナというそれに相応しい個体が出現したからには、予定された実験を粛々と実行した。ただそれだけに過ぎない。
結果としては
「神々でも今少しは人情に通じている」
「賢者は悪では無い。ただただ異常なだけた。」
「賢者との友情は敵対よりも恐ろしい」
などなど「賢者伝」は、毀誉褒貶のいちじるしいものとしてかたられることになったのであるが。
さて、その次に異常だと語られるのは、ルトである。
それは、主にこのときの行動による。
彼は、フィオリナをひたすら傷つけ続け、ただし、失神や戦闘不能になることを許さず、ひたすら回復魔法をかけつづけた。
異世界人であるアキル(そう、あの!勇者アキルである!)は見届け人として、この試合の最後まで、見守ることになるのであるが。
ルトを非難するものたちに、アキルはこんなふうに言っている。
「最後に、フィオリナがルトを殴り倒した時、なんだかあいつは、吹っ切れたような顔をしていたよ。
だから、あれはあれでよかったんじゃないかな。」
ただし、こう付け加えるのも忘れなかったが。
「それにしてももっと、ましな方法はいくらでもあったも思うけど。」
殴りたおしたルトを、フィオリナは治癒しようと試み、それが果たせぬと分かった瞬間にオルガに助けを求めた。
結果としては「危ないところ」であった。
ルトはもともと、数日来の体調不良に加えて、自分自身をまったく回復させていないために、完全に意識を失っていたのである。
「ハルト殿下。」
呼ばれて、ルトは目を開けた。
健康そうに日焼けした田舎郷士の御婦人は、バスケットをさげて、寝室のドアをあけた。
「ザザリ、いやメア陛下。」
「母上とお呼びなさいな。」
メア王太后は、バスケットの蓋をあけた。焼きたてのパンと葡萄酒の瓶が現れた。
「調子はどう?」
「いい香りですね。少し食べさせてもらえますか? いや」
ルトは、眉をひそめた。
「ぼくは何時間眠ってました? 結婚式は?」
「新郎が倒れてたら、結婚式ははじまらないわよ。」
メアは、用意していたパンナイフで、一口大にパンを切り分けた。
ホテルに備え付けのグラスに、葡萄酒を注ぐ。
「安心してね。あなたが眠っていたのは、だいたい八時間。まだ時間はあるわ。」
そう言って、パンをルトの口に運んだ。そこまではいいです、と言ってルトはじぶんで、パンを手に取った。香りは食欲をそそるものだったのだ。
「フィオリナはどうしてます?」
「ミュラ誘って、どこかにしけこんでるわ。」
「はあ」
ルトはため息をついた。
「あっちもふっきれたか。」
メアの探るような視線に気がついて、ルトは聞き返した。
「なんです? いやそもそもなんでぼくの様子を見に来るのが、あなたなんです?」
「つまりそれは」
メアは顔をしかめた。
「誰もあなたに嫌われたくないからよ。あなたを殺そうとした、そして今でもあなたとは完全に和解していないわたしならば、これ以上嫌われてもさして問題ないだろうという考えよ。
ねえ、あらためて言うけど、まだフィオリナと結婚する気はあるの?」
「どうも。」
ルトは困ったように笑った。
「お互いにお互いがいないと、劣化がひどいのがわかりました。やっぱり、ぼくとフィオリナは一緒にいたほうがいいみたいです。
そしてお互いに、相手に別のパートナーがいると、胸がもやもやする。その相手との間に子どもでもつくられたら、と思うだけで。」
ルトはひらひらと手をふった。
「このザマです。やっぱり結婚という形の縛りはいれたほうがいいんでしょうね。」
「わたしもそのほうがいいと思う。」
純朴そうな主婦の姿の後ろに、別の影がうかんだ。
その影の名は、闇森のザザリという。
「だが、いまではないほうがいい。クローディアの淫乱娘はもう少し遊ばせてやったほうがいい。おまえもその妙な潔癖症をなおして、今少し恋愛の機微をいうものを学べ。」
「正論のような気がします。」
素直にルトは頷いた。とにかくそっちのほうを考えるだけで、吐き気がおそってくるようでは、結婚どころではないだろう。
「なら、せめて理由をください。」
「理由?」
「そうです。神々がいう運命の空白などというわけのわからないものでもなく、ウィルニアの陰謀にのせられたのでもなく、フィオリナのその、積極性のためでもなく、そのあげくにぼくが秘事にたいして、こんなに過敏な体質になってしまったからでもなく。
結婚を延期する正当な理由です。」
のちのち、道化師たちにとっても黒歴史となるこの一連の出来ごとは、さまざまな憶測をもって、語られることになる。
とにかく、サーガの主人公たるルトがあまりにもひねくれていたため、ことの推移よりも登場人物たちの心情がよみにくいのだ。
その中でも、「最も道化師に近い者」として語られる「光の公女」リア・クローディアの言葉を指針として解読するのが、ふさわしいのかもしれない。
彼女曰く
「誰の行動が最も異常か」
この視点において、この陰惨な出来事を紐解くのが最も相応しいとされている。
この視点からすれば、一位は大賢者ウィルニアであった。
彼は、千年にわたる友人であるバズズ=リウを己の理論の証明のために、子を産ませようとした。かれにしてみれば、そんなことは、彼が魔王宮を作り、リウを封じ込めた千年前から予定されていた行動であり、なにを非難される余地があるのだ、と反論しただろう。
彼は、自分の理論において、リウと番となるものの出現を待っていただけであり、ようやくと、ルトまたはフィオリナというそれに相応しい個体が出現したからには、予定された実験を粛々と実行した。ただそれだけに過ぎない。
結果としては
「神々でも今少しは人情に通じている」
「賢者は悪では無い。ただただ異常なだけた。」
「賢者との友情は敵対よりも恐ろしい」
などなど「賢者伝」は、毀誉褒貶のいちじるしいものとしてかたられることになったのであるが。
さて、その次に異常だと語られるのは、ルトである。
それは、主にこのときの行動による。
彼は、フィオリナをひたすら傷つけ続け、ただし、失神や戦闘不能になることを許さず、ひたすら回復魔法をかけつづけた。
異世界人であるアキル(そう、あの!勇者アキルである!)は見届け人として、この試合の最後まで、見守ることになるのであるが。
ルトを非難するものたちに、アキルはこんなふうに言っている。
「最後に、フィオリナがルトを殴り倒した時、なんだかあいつは、吹っ切れたような顔をしていたよ。
だから、あれはあれでよかったんじゃないかな。」
ただし、こう付け加えるのも忘れなかったが。
「それにしてももっと、ましな方法はいくらでもあったも思うけど。」
殴りたおしたルトを、フィオリナは治癒しようと試み、それが果たせぬと分かった瞬間にオルガに助けを求めた。
結果としては「危ないところ」であった。
ルトはもともと、数日来の体調不良に加えて、自分自身をまったく回復させていないために、完全に意識を失っていたのである。
「ハルト殿下。」
呼ばれて、ルトは目を開けた。
健康そうに日焼けした田舎郷士の御婦人は、バスケットをさげて、寝室のドアをあけた。
「ザザリ、いやメア陛下。」
「母上とお呼びなさいな。」
メア王太后は、バスケットの蓋をあけた。焼きたてのパンと葡萄酒の瓶が現れた。
「調子はどう?」
「いい香りですね。少し食べさせてもらえますか? いや」
ルトは、眉をひそめた。
「ぼくは何時間眠ってました? 結婚式は?」
「新郎が倒れてたら、結婚式ははじまらないわよ。」
メアは、用意していたパンナイフで、一口大にパンを切り分けた。
ホテルに備え付けのグラスに、葡萄酒を注ぐ。
「安心してね。あなたが眠っていたのは、だいたい八時間。まだ時間はあるわ。」
そう言って、パンをルトの口に運んだ。そこまではいいです、と言ってルトはじぶんで、パンを手に取った。香りは食欲をそそるものだったのだ。
「フィオリナはどうしてます?」
「ミュラ誘って、どこかにしけこんでるわ。」
「はあ」
ルトはため息をついた。
「あっちもふっきれたか。」
メアの探るような視線に気がついて、ルトは聞き返した。
「なんです? いやそもそもなんでぼくの様子を見に来るのが、あなたなんです?」
「つまりそれは」
メアは顔をしかめた。
「誰もあなたに嫌われたくないからよ。あなたを殺そうとした、そして今でもあなたとは完全に和解していないわたしならば、これ以上嫌われてもさして問題ないだろうという考えよ。
ねえ、あらためて言うけど、まだフィオリナと結婚する気はあるの?」
「どうも。」
ルトは困ったように笑った。
「お互いにお互いがいないと、劣化がひどいのがわかりました。やっぱり、ぼくとフィオリナは一緒にいたほうがいいみたいです。
そしてお互いに、相手に別のパートナーがいると、胸がもやもやする。その相手との間に子どもでもつくられたら、と思うだけで。」
ルトはひらひらと手をふった。
「このザマです。やっぱり結婚という形の縛りはいれたほうがいいんでしょうね。」
「わたしもそのほうがいいと思う。」
純朴そうな主婦の姿の後ろに、別の影がうかんだ。
その影の名は、闇森のザザリという。
「だが、いまではないほうがいい。クローディアの淫乱娘はもう少し遊ばせてやったほうがいい。おまえもその妙な潔癖症をなおして、今少し恋愛の機微をいうものを学べ。」
「正論のような気がします。」
素直にルトは頷いた。とにかくそっちのほうを考えるだけで、吐き気がおそってくるようでは、結婚どころではないだろう。
「なら、せめて理由をください。」
「理由?」
「そうです。神々がいう運命の空白などというわけのわからないものでもなく、ウィルニアの陰謀にのせられたのでもなく、フィオリナのその、積極性のためでもなく、そのあげくにぼくが秘事にたいして、こんなに過敏な体質になってしまったからでもなく。
結婚を延期する正当な理由です。」
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