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第一章
破滅
しおりを挟む重々しい空気に汗が滲み流れ落ちる。未だに事態を掌握し切れていないが、約束通り新たな奴隷を送るしか今はしようがない。
「ビビアン様…以前の件は現在調査中でして…もう少しお待ち頂ければと…。商品に関してはまた直ぐにでもご用意できますので…いつものようにお力をお貸し頂ければ…」
「何故私が助けなければならないのです?転移魔法陣は私の“血”が必要なのです。何故貴方の失敗の為にまた私が血を流さないといけないのですか」
「…しかし、それ以外に私がこの国から奴隷を連れ出すなど…」
ビビアンに協力の意思がない事を悟ったトットは爪を噛みながら大きな音を立てながら貧乏ゆすりをする。怒りの感情を隠しもせずに態度を露わにして、もうごますりも顔色伺いもしない。そんな姿に後ろに控えていた両者の従者達も当惑している。
「では、先日お話しした通り10日後に。また商品が納品された事が確認できなかったら…分かっておりますね?」
「…はい、司教様」
消え入るように言うトットの声を聞き終わるか否かにビビアンは部屋を後にする。
この後トットがどう出るか。
なんらかの方法で帝都から奴隷を輸送するのか。はたまた、他領、他国から引っ張ってくるのか。実物だろう。
「レスター、聞いてたな。今すぐどうにかして此処から商品を外に出さなければならない。しかし、今はトレースもハーベスターも抑えられている。他の領地は見込みがない…どうにかしろ!」
「それでしたら、2つしか方法がありません」
「どうするのだ!」
縋るようにレスターの足元に膝をつき裾を引っ張るトットの姿を見て思わず笑いそうになる。
「一つ目は借金奴隷を装って他国の商館に売ると言う大義名分を使う。しかし、彼女らにまともな生活をさせていませんので、契約違反で捕まるリスクがあります。もう一つは以前やったように夜中に業者を装って噴水の魔石を外して外に出す。勿論これもバレるリスクがあります」
「…バレるよりは、違反金を払う方がマシだな」
馬鹿は馬鹿なりに分かっているようだ。しかし、前者にも後者にも他のリスクがある。まず前者は彼女達の身元を確認されれば、確実に失踪者とバレる。確実に捕まる。
後者は前回魔石を外した際に5人がかりで何とか外したが全員魔石に触れた部分が焼け爛れて、仕事は愚か食事や歩行にも支障が出ており、此処にいる全員がそれを知っている為、この仕事を勝手出る人材がいないと言う事。
元々、トットなら前者を選ぶと予想していたレスターにとっては後者は保険のようなだ。寧ろ他領でゴロツキあたりに適当な金を支払って見繕う方が色々と楽だ。バレても捕まるのはゴロツキだけだろうし、受け渡しさえ終われば此方の用件は済む。
しかしながら、奴隷にも幾つか条件がある。それはそうだろう、何でもいいなら何もリスクを犯してまで帝国でこんな大掛かりな事をする必要はない。
聖王国からの条件は
元、現在、路上生活者ではない事。
歳は20までの若い女。
そして生娘である事。
なお、平民でも構わないがそれなりの家柄があるなら尚よしとする。
路上生活者なら簡単に調達できる。言葉巧みに言い含めることも容易いだろう。それに身分も人権(税金を納めている人に与えられる)もない事から、居なくなった事で大騒ぎにはならない。
これだけの条件を掻い潜れるのは、領主と結託しているか、帝都のように条件が整っているかだけだ。
本来ならビビアンのように転移魔法陣を使える者が1人でもいれば容易い事なのだろうが、ビビアンは教皇との協定で帝都からは出られない。後魔法陣を使えるのは教皇と枢機卿だけなのだ。
「…とりあえず時間がない。レスター、今回はお前が付き添って確実に商品をお届けしろ」
「かしこまりました」
まだ先程のビビアンの言葉に恐怖しているトットはレスターに怒りを向ける気力もないのか、普段よりも大人しい。小刻みに震える巨体にまた笑いが込み上げてくる。
笑っては計画が台無しだとレスターは口元を手で隠し、部屋を後にした。
「猊下、流石の演技でした」
「まだ“猊下”にはなっておらん」
「そうでしたね。では計画通りに」
「分かっている」
風を切る音が鳴りそうなほどに早足で歩き去るビビアンを見送る。下げていた頭を上げるともうビビアンはそこには居なかった。
レスターはそのままの足で裏口にまで回る。
「お待たせしました。準備は宜しいでしょうか」
「「「「…はい」」」」
古びた馬車に乗って待っていた少女達に声をかける。彼女達は声を顰めて返事をした。彼女らは前回の“商品”として送り出されリーン達が助けた少女達だ。
「今回はこのまま出るのか?」
「ああ。借金奴隷を連れていく事になっている。商会長も罰金は払う覚悟だそうだ」
「なら良いけどな」
チベット商会のロゴがハッキリと書かれた馬車。そして、商会のバッチを身につけた御者。
「出してくれ」
いつものように送り出すが、今日は気分がいい。
馬車を見送ってレスターは踵を返す。
ーーーーー
揺れる馬車の中は緊張感で溢れている。
「作戦通り、ね!」
「うん」
「緊張してきた…」
「大丈夫よ。だって門の所でライセン様が待ってるって言ってたわ」
お互いに顔を合わせて頷く。
「おい!止まれ。馬車の中を改める」
「おいおい。よしてくれよ。いつもの奴は何処だ?いつもは見てないぜ?」
「そんな訳はない。我々の中にそんな事をする者があったならクビになってるだろうな」
睨みつけられた拍子にビック、と体を揺らす御者は口を噤む。
「…おい。なんだこの子供達は」
「…あぁ、借金奴隷だよ」
「こんな子供がか?」
「…いや、親かな?俺は主人に言われて乗せてるだけだから事情は良く知らない」
「親の借金を、子供が肩代わりすることは禁じられている」
目の泳ぐ御者に詰め寄る兵士。
カタカタと震えている御者はどうする事も出来ない。
「しゅ、主人に言ってくれ!俺は雇われてるだけなんだ!本当だ!…あ!そうだ!そう言えば主人は罰金を払うって言ってたらしい!そう聞いた!」
「罰金?何の罰金だ?」
「え?…えーと、何の?…奴隷を連れて行くから?」
「…身元を改めさせてもらう」
「え!俺の身元はさっき…」
「彼女達の身元を、だ」
「…そ、それは…、まっまってくれ!お、俺が捕まるのか?俺は何にも知らなんだ!命令されただけなんだ!信じてくれよ」
「隊長!…確かこの男、前に暴行事件で…」
「あ、あれは酔ってて!」
「酔って、だ?お前はそれで5回は捕まってるだろ」
「いや、7回だ!」
「そんな事はいい!彼女達の身元を改めさせてもらう」
慌てた様子の男。こんな事になるとは思っても居なかっただろう。
「名前を教えて貰おうかな?」
「「「「ライセン様!」」」」
「しーっ。作戦通りね?」
「はい」
4人の少女達は大きく息を吸う。
「「「「助けてください!私達攫われたのです!!」」」」
その声を聞いて青ざめる男。
何が起こっているのかは何となく理解できる。
でも、何に対してこの感情をぶつければ良いのか、全くわからない。今までは成功していた。空の馬車を引いて、外に出て少女達を川から回収する。そしてそれを運ぶだけ。そんな簡単な仕事だった
じゃあ、今回こんなに違うのは?あのレスターが騙したのか。そもそも優秀な彼がこんな失敗をするだろうか。トットが無能なせいか。それは元々分かっていた事だろう。
色んな事を考えるが、混乱している頭ではまるで答えは出てこない。
「君たちは何処でいつ攫われたのかな?」
「私は3週間前に、お使いの途中で…」
「わ、私は1ヶ月前くらいに友人と遊んでいたら…」
すらすら話せるのは事前に全て話す内容を決めていたからだ。勿論、彼女達の証言は全て本当の事だ。
「…その間食事もまともに貰えず、私たちの他にも沢山の子達が捕まってます!助けてください!」
「では、チベット商会長にお会いできるかな?御者くん?」
笑顔で言うが目は笑っていないライセン。有無を言わせないその表情に御者は首を縦に振る事しか出来なかった。
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