58 / 188
第二章
ダーナロ王国
しおりを挟む「皆さま、ロビティーに到着致しました。大変お疲れ様でした」
リヒトが用意してくれた馬車で帝都を出発する。余計な気を使わせないようにと早朝の出発を選んだのだが、結局屋敷中の人達がお見送りしてくれて、寧ろ迷惑だったように感じる。
あの後、ディアブロからの干渉も無く、怪しい人影も無く、諦めては居ないと思うが、如何やらこの件からは手を引いたらしい。
アリスが罪を償うと言って聞かなかったのを何とか宥め、《錬金術師》となる為、ハロルドの仕事を手伝いながら勉強する事を約束してくれた。男爵家の令嬢としてこれからとても忙しくなるだろう。聡明な彼女ならしっかりやっていけるだろう。
ハロルドは今後の資金調達の為にリーンが購入した商品を揃えるのに大忙しだ。
色々お世話になったロベルトのブティックにも挨拶に行ったが、ロベルトの願いについてはまだその時では無いと分かっていたようで、それまで上手くやっておきますよ、と言われた時には改めてロベルトの凄さを痛感する事になった。
騎士団への挨拶はカートを中心にいじり倒され、泣かれ、騒がれで、屋敷に戻る頃には疲労困憊で寝落ちしてしまった。
グランドール家への挨拶はリリアの発狂を見たくないと言うポールの提案で外での会食と言う形で幕を閉じた。
パン屋もトットが居なくなってから元通りお客さんがたくさん来るようになり、食パンと惣菜パンの売り上げも順調で以前より忙しくしているようだ。
聖王国の教皇入れ替わり、そしてラミアンの罪が明るみになり、帝国、聖王国は色んな意味で騒然としていた。更には聖王国に居た【賢者】が偽物で尚且つ、ラミアンの隠し子だった事が判明してもう一波乱あったそうだ。体制もかなり変化したようでビビアンとティリスのツートップで頑張っているそうだ。この騒ぎが落ち着くまでにはもう暫く掛かるだろう。
お世話になった人達とのお別れを早々に済ませて、アーデルハイド家にいる間、これまで以上に皆から構われて続けとても楽しく、慌ただしい1週間を過ごした。
そして、たった今、目的のダーナロ王国、ロビティーに到着した。1ヶ月にも渡る長旅が漸く終了したのだ。道中特に問題もなく順調に進めた。
昼時に到着した為か町は帝都には遠く及ばないが、それなりに活気溢れていて、そこら中からいい匂いが立ち込めている。今にも腹の虫が鳴りそうだ。
ロビティーはダーナロ王国の第2の都市で片側がエンダの森に隣接している。森から取れる薬草の恩恵を受けているのと同時にその加工、生成の技術が進んでいてポーションと言えばロビティーというほどにとても有名だ。
リーンがダーナロ王国の中でもロビティーを選んだのには単純にポーションに興味があったのに他ならない。味、色、形、効果の出方、どこまで直せるのか。神示で知っている。だからこそ、実際に自分の目で見てみたかったのだ。
…だったのだが。
「ハロルド様に聞いてた話と全然雰囲気が違いますね」
「なんか、なんもない所だなー」
「イアン。そう言えば帝都では自由な時間は間楽しめましたか?」
イアンはブンブンと大きく首を振る。
「いーや。結局何したらいいか分からなかったから、いつも通りプラプラ散歩したり、昼寝したりだったなー」
結局リーンがあげた褒美にも手はつけられておらず、トットの屋敷から出てからはレスターが用意した宿にレスターに言われた通りにしていたらしく、本当に何もしてなかったようだ。
「イアンがしたい事がないのなら、お手伝いして頂けますか?それか、“したい事”を提案いたしますよ」
イアンは今回の旅に同行して欲しいと頼むと、んーんー唸りながらも承諾してくれた。旅が終わったら自由か?とまた“自由”を気にしていた。彼自身したい事がなく、トットの所を出た後レスターの言われた場所で言われた事をこなし言われた通りに大人しく過ごしていたようで、自身の意思は全く感じられない。ここまで来ると“自由”という言葉に固執しているように感じる。
「“したい事”の提案?」
「例えば、ダーナロ王国発祥のメトロンという美味しいケーキを食べます。それから、この国には刀鍛冶で、有名なドワーフのガンロ様がいまして、素晴らしい剣が買えます。他にもエンダの森の中に行くツアーもあります。自由なので何処に行ってもいいのです」
イアンはふむふむ、と顎に手を当てながら想像を膨らませているようだ。その表情はどっから如何みても子供だ。
イアンはその境遇から子供の心のまま身体だけが大きくなって、身体に追いつかない心が色んな物を抑制し続けてた結果、考えることを辞めたようだ。
幼い頃の体験からそうなったと言うのは大変理解できる。凛も同じような境遇だったからだ。だからと言って凛はこうはならなかった。それは地球と言う整備の整った環境がそうさせなかったからだ。リーンが居た世界が同じく無秩序だったならばこうなって居たのか、と悟る。
「リーン様。私は宿の手配が御座います。何処にいらっしゃるかは直ぐ分かりますので、観光をお楽しみ下さい」
レスターは軽く耳を触りながらリーンに一言告げるとイアンにリーンを手渡し宿を探しに人混みの中に消えていった。
「あのさ、俺なんか食いたいかも」
「そうですね。お好きな食べ物は御座いますか?」
「好きな…食べ物か?」
趣味趣向も特に無いらしい。無欲なのか。無知なのか。したい事、見たい物、食べたい物の好みも無いのだろうか。
神示で彼の境遇を除き見ても、出来事は分かっても彼がこうなった心内は分からない。神示で分かるのは何があったか、だけなのだ。
「では、色んな物を少しずつ食べてみましょうか?」
初めは露店で扱っている塩が若干効きすぎている何かの串焼きや甘酸っぱい木の実のジュース、ポーンという小さなカステラのような焼き菓子などを2人で分けながら摘む。
お金の使い方もあやふやで覚束ないが、それさえも楽しそうに見える。
「これは、自由か?」
「はい。これは自由です」
イアンはそんな質問を繰り返し、リーンが肯定すると嬉しそうにこれも自由か…と呟いた。
街を歩き回り、お洒落な雰囲気のカフェに立ち寄ってみたり、ポーション屋も覗き、入り口に屋根に差し掛かるくらいに本を積み重ねた本屋に立ち寄ってみたり、観光を楽しんだ。
勿論、エンダの森ツアーも参加してみたし、メトロンも食べて、イアンの短刀も新調してみた。
夕日が落ちてきて街が赤く染まる。街の子供達の姿が少しずつ減って、ロビティーは次第に夜の街へ変わっていく。ライトオパールで照らされた店先。色っぽいお姉様達が男性達の視線を攫う。殆どが暗がりで人の気配は少ない。
「観光客が多いようですね」
「そうでもない」
イアンに視線を向ける。真剣な眼差しを暗がりに合わせて少し悲しそうな表情をする。いつも飄々としている彼のそんな顔は初めてだ。
「イアン。さっきのポーンはまだ残ってましたよね?」
「ん」
お腹が空いたのかと思ったのか、麻布に包まれたポーンを一つ取り出しリーンの口元に差し出す。こう言う行動から見ても彼は意外にも子供の世話には慣れているようだ。
リーンはニッコリ笑ってもうお腹いっぱいで食べれない事を伝えると不思議そうな顔をする。
「イアン。“したい事”を提案しますね。この余ってしまったポーンをあの子達に上げるのは如何でしょう」
イアンはリーンをジーと見つめた後、また暗がりに目を向ける。見窄らしい身なりの子供達が身を寄せ合っている。
「あげるのは“自由”なのか?」
「はい。あげなくても良いですし、あげても良いです。だから“自由”です」
スタスタ暗がりに近づくイアン。元々彼特有の猛獣のような雰囲気はそのままで途端に震え上がる子供達。泥だらけの皮膚。伸び切った髪は目元を隠し、蛆虫がつき、傷ついた膝や腕は化膿していて見た事のない色になっている。路上での生活はこんな小さな子供達には壮絶だろう。
「食え。俺は自由だから、お前達にやる」
「さぁ、皆さん。気にせず食べてください」
そう言うと、1人の少年が恐る恐る近づいてイアンの手から包みごともぎ取り、それを皆んなに配り始める。彼はこの子供達のリーダーなのだろうか。イアンはそんな彼らの様子をジーと何も言わずにただ見つめていた。
屈んでいたイアンが不意に立ち上がる。
「リーン様。宿の準備が整いました」
「では、皆さんまた明日」
レスターの気配を感じたのか。何も言わずにレスターに近づき、そのままリーンをレスターに返す。
子供達はと言うとリーンのその言葉に不思議そうな表情だが、返事は返ってこなかった。
「イアンは大丈夫でしたか?」
少し前を飄々とした様子で歩くイアンを見ながらレスターはコソッと囁く。リーンはにこりと笑って頷く。
「今日一日で色々学んでくれたのなら嬉しいです。それより、用意は出来そうでしたか」
「はい。何件か候補を見つけて参りました」
「では、明日はそれを見に行きましょう」
吸い込まれそうな黒い空に向けてイアンが歌う小さな鼻歌。リーンはそれに耳を澄ませて、明日の事を考えていた。
11
あなたにおすすめの小説
無能勇者の黙示録~勝手に召喚されて勝手に追放されたので勝手に旅に出ます~
枯井戸
ファンタジー
力も強くない、足も速くない、魔法も使えないし、頭も大してよくない、どこにでもいるちょっとオタク趣味の主人公・東雲真緒が白雉国に勇者として転生する。
同期の勇者はそれぞれ力が強かったり、魔法が使えたり、回復ができたりと各々の才能を開花させ頭角を現していくのだが、真緒に与えられた才能は異世界転生モノでよく見る〝ステータスオープン〟のみだった。
仲間には使えないと蔑まれ、ギルドには落第勇者の烙印を押され、現地人には殺害されかけ、挙句の果てに大事な人を亡くし、見ず知らずの土地の最底辺で生きていくことになった真緒だったが、彼女はまだ〝ステータスオープン〟の可能性に気づいていないだけだった。
─────────────
※投稿時間は多少前後しますが毎日投稿は続けていくつもりです。
※タイトルは予告なしにガラリと変わる場合があるのでご了承ください。
※表紙は現在の主人公のイメージ図です。もしまた別の国へ行く場合、彼女の装いも変化するかもしれません。
魔法使いが無双する異世界に転移した魔法の使えない俺ですが、陰陽術とか武術とか魔法以外のことは大抵できるのでなんとか死なずにやっていけそうです
忠行
ファンタジー
魔法使いが無双するファンタジー世界に転移した魔法の使えない俺ですが、陰陽術とか武術とか忍術とか魔法以外のことは大抵できるのでなんとか死なずにやっていけそうです。むしろ前の世界よりもイケてる感じ?
転生したらスキル転生って・・・!?
ノトア
ファンタジー
世界に危機が訪れて転生することに・・・。
〜あれ?ここは何処?〜
転生した場所は森の中・・・右も左も分からない状態ですが、天然?な女神にサポートされながらも何とか生きて行きます。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初めて書くので、誤字脱字や違和感はご了承ください。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
MP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
ガチャと異世界転生 システムの欠陥を偶然発見し成り上がる!
よっしぃ
ファンタジー
偶然神のガチャシステムに欠陥がある事を発見したノーマルアイテムハンター(最底辺の冒険者)ランナル・エクヴァル・元日本人の転生者。
獲得したノーマルアイテムの売却時に、偶然発見したシステムの欠陥でとんでもない事になり、神に報告をするも再現できず否定され、しかも神が公認でそんな事が本当にあれば不正扱いしないからドンドンしていいと言われ、不正もとい欠陥を利用し最高ランクの装備を取得し成り上がり、無双するお話。
俺は西塔 徳仁(さいとう のりひと)、もうすぐ50過ぎのおっさんだ。
単身赴任で家族と離れ遠くで暮らしている。遠すぎて年に数回しか帰省できない。
ぶっちゃけ時間があるからと、ブラウザゲームをやっていたりする。
大抵ガチャがあるんだよな。
幾つかのゲームをしていたら、そのうちの一つのゲームで何やらハズレガチャを上位のアイテムにアップグレードしてくれるイベントがあって、それぞれ1から5までのランクがあり、それを15本投入すれば一度だけ例えばSRだったらSSRのアイテムに変えてくれるという有り難いイベントがあったっけ。
だが俺は運がなかった。
ゲームの話ではないぞ?
現実で、だ。
疲れて帰ってきた俺は体調が悪く、何とか自身が住んでいる社宅に到着したのだが・・・・俺は倒れたらしい。
そのまま救急搬送されたが、恐らく脳梗塞。
そのまま帰らぬ人となったようだ。
で、気が付けば俺は全く知らない場所にいた。
どうやら異世界だ。
魔物が闊歩する世界。魔法がある世界らしく、15歳になれば男は皆武器を手に魔物と祟罠くてはならないらしい。
しかも戦うにあたり、武器や防具は何故かガチャで手に入れるようだ。なんじゃそりゃ。
10歳の頃から生まれ育った村で魔物と戦う術や解体方法を身に着けたが、15になると村を出て、大きな街に向かった。
そこでダンジョンを知り、同じような境遇の面々とチームを組んでダンジョンで活動する。
5年、底辺から抜け出せないまま過ごしてしまった。
残念ながら日本の知識は持ち合わせていたが役に立たなかった。
そんなある日、変化がやってきた。
疲れていた俺は普段しない事をしてしまったのだ。
その結果、俺は信じられない出来事に遭遇、その後神との恐ろしい交渉を行い、最底辺の生活から脱出し、成り上がってく。
『スローライフどこ行った?!』追放された最強凡人は望まぬハーレムに困惑する?!
たらふくごん
ファンタジー
最強の凡人――追放され、転生した蘇我頼人。
新たな世界で、彼は『ライト・ガルデス』として再び生を受ける。
※※※※※
1億年の試練。
そして、神をもしのぐ力。
それでも俺の望みは――ただのスローライフだった。
すべての試練を終え、創世神にすら認められた俺。
だが、もはや生きることに飽きていた。
『違う選択肢もあるぞ?』
創世神の言葉に乗り気でなかった俺は、
その“策略”にまんまと引っかかる。
――『神しか飲めぬ最高級のお茶』。
確かに神は嘘をついていない。
けれど、あの流れは勘違いするだろうがっ!!
そして俺は、あまりにも非道な仕打ちの末、
神の娘ティアリーナが治める世界へと“追放転生”させられた。
記憶を失い、『ライト・ガルデス』として迎えた新しい日々。
それは、久しく感じたことのない“安心”と“愛”に満ちていた。
だが――5歳の洗礼の儀式を境に、運命は動き出す。
くどいようだが、俺の望みはスローライフ。
……のはずだったのに。
呪いのような“女難の相”が炸裂し、
気づけば婚約者たちに囲まれる毎日。
どうしてこうなった!?
神の手違い転生。悪と理不尽と運命を無双します!
yoshikazu
ファンタジー
橘 涼太。高校1年生。突然の交通事故で命を落としてしまう。
しかしそれは神のミスによるものだった。
神は橘 涼太の魂を神界に呼び謝罪する。その時、神は橘 涼太を気に入ってしまう。
そして橘 涼太に提案をする。
『魔法と剣の世界に転生してみないか?』と。
橘 涼太は快く承諾して記憶を消されて転生先へと旅立ちミハエルとなる。
しかし神は転生先のステータスの平均設定を勘違いして気付いた時には100倍の設定になっていた。
さらにミハエルは〈光の加護〉を受けておりステータスが合わせて1000倍になりスキルも数と質がパワーアップしていたのだ。
これは神の手違いでミハエルがとてつもないステータスとスキルを提げて世の中の悪と理不尽と運命に立ち向かう物語である。
悪徳貴族の、イメージ改善、慈善事業
ウィリアム・ブロック
ファンタジー
現代日本から死亡したラスティは貴族に転生する。しかしその世界では貴族はあんまり良く思われていなかった。なのでノブリス・オブリージュを徹底させて、貴族のイメージ改善を目指すのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる