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第二章
献上品
しおりを挟むこれ程までに眠たい日はあるだろうか。
心地よい日差しと揺れで降りてくる瞼を持ち上げられない。早くに寝ても遅く寝ても遅く起きていたリーンにとって早起きは珍しい。
昨日は迷惑をかけた事を誤りにきた使用人や従業員達が大勢押し寄せて、食事もままならない程に謝られた。それはもう怒涛の勢いで泣き出す者もあれば、お詫びに指を落とすと言ってきた者までいた。『ヤクザか!』とツッコミでも入れようか、と思ってやめた。通じないからだ。それでも床を汚されたら困るし、血は見たくもないし、仕事の効率も下がるのでそれはやめて貰った。
此方に来てからも表に出る様な殆どの事をレスターとイアンに任せっきりで何もしていなかったリーンが今回ばかりは逃げ道がないのだから彼らからすればとても大きな罪に感じ取ったに違いない。
当の本人はなるようになる、ぐらいに考えていてそれ程には気にしていなかった。どちらかと言えば良いタイミングだった、と腹を括る良い機会になったと思っている。
なんだかんだで仕事もせず“遊び”を4ヶ月もしていたのだ、このまま決着を先延ばしにしていてはただのニートだ。
「では参りましょうか」
口を付けていたカップを受け皿に戻しながら立ち上がる。何も言わずに控えているメイド達は昨日散々誤り倒していたのにも関わらず、まだ申し訳なさそうに目を伏せている。
「5日は戻りませんので屋敷の事はミモザとアンティに任せます」
「かしこまりました、レスター様。お気を付けて」
部屋を出るリーンとレスター、イアンに見送りのためついていく。静かな時間ははそのまま玄関に着くまで続いた。
「お待ちしておりました、リーン様。準備は整っております」
待っていたシュミットとラテが頭を下げる。
初めは慣れなかったこの対応も8ヶ月たった今はもう自然に感じる。
今回は献上品チョコレートを納めに王都ローナへ向かう。片道2日の旅になる。商品の説明役にシュミット、リーンの従者としてラテに同行をお願いした。
今回の配役は様々な事を瞬時に的確に対応する為、“タブレット”の所持者である事と対応力がある事を条件に選定した。
半日ではあるが観光をする余裕も若干はある。それはそれで楽しめそうだ、とリーンも心なしか頬を緩めている。
ロビティーに来て8ヶ月と長く居たが、実は王都には一度も足を踏み入れた事はなかった。行きたくなかった訳でも避けていた訳でもないが、何となく行く理由がなかったので今回が初めてになる。
本日中には王都から半日程の距離にある小さな町に到着する。そこで一泊の後、お昼頃には王都入りする予定だ。
「リーン様。ひとつお伺いしてもよろしいでしょうか」
「どうぞ」
「大変光栄なのですが、何故今回は私が同行をお許し頂けたのでしょうか」
今回モカに同行をお願いしたのには理由がある。王都に住む人間の殆どは上流階級や高所得者層だ。礼儀作法がとにかく求められる場面が多いだろう。災厄の場合、礼節を弁えない、という事で罪に問われる可能性もある。そこの所はかなり不安があり、その面のサポートとしてラテを選んだ。
彼女は実は元男爵家の出身である。レスターも末端ではあるが貴族の端くれ。作法はしっかりしているのだが、如何せんリーンに対して甘過ぎもいいところで何をしても注意を受けたことが無い。食事中音を鳴らそうが、仕事をせずにダラダラしてようがリーンのする事なら全てが許されてしまう。
流石にそれでは無礼を振る舞い続けそうなので今回彼女を連れてきた。
「注意役がいなかったもので」
「注意役…そうですね。ハルト様を注意出来るものは屋敷にはいないでしょう。主人なのですから」
「いいえ。間違いを正すのも使用人の仕事ですよ?それで主人が罪に問われたり、災厄死罪になったらそれこそ主人の為になりません」
「…おっしゃる通りでございます」
彼女の不運は10年前の厄災が発端だった。彼女の本来名前はラテーリア・ライザー。ライザー男爵家に生まれ、優しい両親にとても大切に育てられた。
父親の仕事の関係で1歳の時に3ヶ月だけダーナロに滞在する予定だったのだが、そんな時にあの大流行が起こった。ダーナロ出身ではない両親がポーションの蓄えを持っている訳もなく、1歳のまだ思考も感情も伝えられない未熟な時期に両親が他界したのだ。
そんな彼女を育ててくれたのは昔から仕えていたという使用人のマーティン。歳を召しているが外で働いて何とか育ててくれたのだ。
いつか家が復興した時の為にと文字の読み書きや礼儀作法などもみっちり教え込まれ今の彼女に生きている。
しかし、彼女が6歳の時過労で倒れ、そのまま帰らぬ人となってしまった。医者のいないこの国で唯一の救いであるポーションも手に入れる事も出来ず、そのまま死なせてしまった事に無力を感じた。
それでもマーティンが残してくれた僅かなお金と家で細々と暮らして居たのだが、そんなある時に亡くなった母の兄だと名乗る男が現れ、母国に連れて帰るとラテを唆した。そして連れてかれたのは売春宿だった。まだ6歳という幼さ故にそこがどういう所なのかも分からない彼女は嫌な雰囲気を感じ取りつつも言われるがままだった。
両親の顔も覚えていない。唯一の家族のマーティンも亡くし、1人で生きるにはまだ寂しさを拭えない年頃だ。仕方ない事だった。
そこで救ってくれたのがカールとキールだった。彼らはもう3年も路上で暮らしているという。そしてあの場所がどう言う所なのかも教えてくれたのだ。
彼らは時折、子供が連れて来られる場面を目撃していて、あそこから一度も出て来たところを見てないと言う。今回は偶々助けられたのだと知った。
それからはお腹を空かせながらも路上で暮らしていた。初めはマーティンの残してくれた家に2人と共に戻ろうともしたが、母の兄が見に来ている事を目撃し、連れ戻されかねない状況から路上を選んだのだった。
それは未来の見えない悲しい現実だったが、マーティンの残してくれた思い出と知識で必ず家を復興させるのだと強い心で彼女は生きていたのだ。
彼女はそれを隠しているので他言する事はないが、彼女がこう言った場面に強いのはそう言う気質を両親から受け継いでいるのかもしれない。
「今回は対応力が必要です。お二人はそう言う場面にお強いでしょう。頼りにしております」
「ご指示は全て頭に叩き込んで来ました。リーンハルト様のお手を煩わせないよう精進致します」
ふふっ、と小さく笑ったリーンにラテも小さく笑った。
先の見えない生活を一瞬で変えてくれたリーン。自分の諦めかけていた夢をもう一度取り戻す事が出来たラテにとってリーンの存在は大き過ぎて尊敬や忠誠などで足らない破裂しそうな程の強い思いを表現できずにいた。
それから2日後の正午過ぎ。
たどり着いた王都は思っていた以上に疲弊していた。魔物の群れはスタンピードほどでは無いがほぼ毎日続いていて、それに対応する者、不安で仕方がない者、恐怖する者達は寝れない日々を送っている。
ただ昨夜は襲撃が無かったのか心なしか安堵の表情を受け取れる。
如何やらリーンの噂は王都で大流行らしく、様々な噂が聞こえてきた。
元々あった噂とモナミ伯爵家次男が流したポーションの噂に加えて、商会の噂、容姿に関しての噂、少し性的な憚られる噂なども聞こえてくる始末。そして今回はチョコレートを献上する為に王宮に呼ばれたとなるとまた何かしらの噂が飛び交うのだろう。
「この度はお招きいただき有難く存じます。また王の御尊顔を拝し、恐悦至極に存じ奉ります。本日は献上品をお持ちしました。私どもが作った“チョコレート”を気に入っていただいたとの事で大変光栄に存じます」
すらすらと話すシュミットは流石と言う言葉に尽きる。王を目の前にしても微動だにしないラテも中々の度胸だ。
「うむ、ご苦労だった。王妃がかなり気に入ったなぁ。すぐ其方達だと分かって良かった」
シュミットとラテによる軽い雑談が続くがリーンは頭を上げる事はない。頭を下げている事を良い事に欠伸でもしそうな様子だ。
そうしろと謁見室に入る前に使者として来たあの男にしつこく言われたのは寧ろ好都合だったようだ。
「貴方、その者のお顔を見せて下さいな」
「主人のリーンハルトと言ったか。表を上げよ」
リーンは言われた通りに顔を上げる。王妃と目が合いにこりと微笑む。
王妃は少し表情を歪ませたが直ぐに戻す。
その表情の意味は誰にも分からなかった。
「其方の商会で出していると言う“にゅうえき”なる物がとても良いと話に聞いた」
リーンはシュミットとラテに視線を向ける。
2人とも今回の役割通り会話を合わせる。
「“乳液”ですね。確かにとても良い物です」
「…どう良いのでしょう」
リーンは話さない。そして王妃も敢えて“くれ”とは自分からは言わない。献上とは名ばかりでただの貢物。別に恩を売る必要も無いし、寧ろ迷惑だ。こんな人達にあげる気はサラサラない。今更何かされても商会はもうないのだから。
「王妃殿下。大変申し訳ございませんが、正直に申し上げますと、商会は潰れました。破格の商品では利益が上がらず…ですのでもう“乳液”も“化粧水”も何も売ってないのです。ですので、今回は泣けなしの貯金を使って献上に参った次第です」
「…在庫もない、と言う事ですか」
「はい、商会が潰れた時に館も含めて全て親切な貴族様が買い取って下さり、少し色を付けてもらいました。私どもはそのお金で他国へ渡るつもりです」
「…そうですか」
帰りを催促するかのように献上品をレスターが頭を下げたまま王へ両手で差し出す。
「チョコレートの方は此処にいる間は何とか工面させて頂きます。本日は両陛下にまかり越しました事、大変光栄でございました」
最後にもう一度挨拶をして謁見は終了した。
終始リーンは一言も発する事はなかった。
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