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第三章
航海
しおりを挟むダーナロ王国を出て次に向かうのは海の向こうの大陸ヴェルスダルムにある帝国ウェールズの帝都アルチェンロ。
ディーンの主人だという人に会いに行く為である。ディーンの反応からするとかなり地位のある人なのは容易に推測できる。あのものぐさはあれでも伯爵家の子息だ。それを有無を言わせずに顎で使う立場にある人物。
「それで何故彼がここにいるのでしょうか?」
「…彼?…何故か分かりません」
リーンが分からないと言うよりも先に彼を引っ捕まえて海へ放り投げようにしたレスターを周りがミモザが必死に止める。リーンは止める気はない。それはどうでも良かった。レスターが本気になればもう死んでるはずだ。
「で?何故君が貸切の船内に居るのですか?」
レスターの怒り声はドスが効いてて中々迫力がある。死にかけたと言うのに彼にはあまり反省の色は見えず、ずっとうっとりとした表情でリーンを見ている。
「リーンハルト様のご案内役をディーンから任されましたので、私セントフォール・ポートガスがアルチェンロの主人の城までご案内させていただきます」
「では、ディーンはどちらにいらっしゃるのですか?」
「はい!リーンハルト様!ディーンは先に主人に報告に行っております」
レスターは有無を言わさずにリーンに自身の上着に袖を通させてボタンを上から下まできっちりと閉める。
「レスター様、それではリーン様を着飾った意味がないありません」
「ミモザ。お言葉ですがリーン様がお風邪を引かれでもしたら責任を持てるのですか?」
「勿論、責任を持って結こン…グッ」
ーー何するんですか!
ーーお前如きがリーン様と結婚など戯けた事を
ーーあーら、男の貴方より私の方がまだ可能性がありますわ
ーーふッ、お前は知らぬだろうがリーン様は…
何が起こったのかは全く見えなかったが、レスターとミモザが口喧嘩をしているのは珍しい。2人ともどちらかと言えば落ち着いているからだ。(リーンの事以外に関しては)因みにリーンには口論だと思われてない。
(2人で仲良く何を話してるんだろ?)
リーンは2人を笑顔で見ていた。
何となく察した人も居るとは思うが、船に乗って数日。元気なのはこの2人だけ。使用人、職人達、更にはイアンまで船酔いで寝込んでいる。
初めははじめての船にみんな興奮して居たのだが、1人、また1人と脱落して行った。1人違う酔いの人もいるが。(ガンロ)
「また、リヒト様ですか」
「あれから毎朝マメなお人ですね」
「心配だそうです」
イアンの体調が落ち着いてくれれば、リーンも少し部屋でゆっくりしたいところなのだが、船の上は案外安全ではない。
海も魔物が突然現れて襲ってくる。
船乗り達は果敢に挑んでいるが、イアンやリヒト達の戦いを見てきたリーンからして見れば、不安にしかならない。
「そう言えば、何故ディーンが貴方に案内役を頼んだのでしょう」
「あぁー、実はですね?私の家、ポートガス男爵家はお金で買った爵位でして。ほら、あの国はお金好きだから!幾らでも爵位売ってくれるんですよね。私も元はディーンと同じくウェールズの伯爵家の出身です。ポートガス男爵は私の父の弟で私の叔父ですね。ディーンや叔父はダーナロの監視役を担っていたのです。まぁ、監視に関してはダーナロだけでは無いですが!私共の主人は私達監視を通して、ダーナロ王国の現状を打開する機会を待っていました」
彼らはスパイだ。
自国にとっての危険分子の監視を行い、更には助ける算段も考えていたのなら、かなりお人好しな主人だという事だろうか。
まぁ、現状からの発言で主人が誰なのかはハッキリしたのだが。
「で?彼は要らないのですが、リーン様。海に投げても?」
「え?海にですか?」
「リーン様が許可して下さった」
「…レスター様。あの、許可出てないと思うのですが…ギャーーーー!!!!」
とにかく船は貸切にして正解だった。
手配をしたのはディーンで、それが主人の命令だったのか、リーンへの気遣いなのか、それ以外の理由があるのかは知らないが、もし一般人が今のリーンを見て仕舞えばダーナロでの二の前、いやそれ以上になった事だろう。ミモザの気合のせいが大きい。
美しさを最大限に引き出す為に露わになった頸。風に靡く後毛。日差しを避けて伏せられた瞳。手足の長さが引き立つ細身の黒いボトムに白のシャツ。汗ばんだ額を拭う仕草すら色っぽい。
「リーンハルト様…その御髪のお手入れを…」
「ありがとうございます。先程の風で乱れてしまったようです」
「リーンハルト様、喉は渇かないですか?船員お勧めのフルーツジュースが御座いますよ」
「ありがとうございます。少し渇いたかもしれません」
「…リーン様…」
レスターの言いたい事もよく分かる。リーンはこの状況を楽しんでいる、と同時に少し煩わしく思っているのだが、だからと言ってどうする事もない。これはこれで慣れるだろう、と呑気なだけなのだ。
ため息を吐くレスターは、自身の両頬を赤く染める程強く叩き、目を見開いてリーンに向ける。
「レスター?」
「リーン様、ディーンが彼に船に乗るように言ったのなら大丈夫でしょう。お部屋へ戻りましょう。先程のお話もまだ伺っておりませんし」
「あぁ、そうでしたね」
スッと立ち上がったリーンを見つめる船員達。好意的なのは有難いが、もちろんレスターとミモザからすれば邪魔者。勿論それは2人だけの意見でリーンが許しているのなら、邪魔する権利はないのだ。
「今後の話をしましょうか」
「なら、大広間をご利用下さい」
船長室から出てきた恰幅の良いお爺さんが帽子を取りながらお辞儀をする。
「魔物退治のご協力ありがとう御座います。お陰で今までで一番安全な航海です」
「それは何よりです」
「それなのに先程は船員達が失礼しました。船の上に長く居るので女性に飢えておりまして。美しい方を見ればあのように飛び付く勢いでして…」
リーン達を案内しながら小さな声で申し訳無さそうに言う。男だと認識されてないのかと少し戸惑った。船員達からすればマイルセン同様、美し過ぎで性別以前の問題だったのだが。
「リーン様。嫌なものは嫌とハッキリおっしゃられて下さい」
「面倒だと思った事も言った方が良いのでしょうか?」
リーンはニッコリ笑い、レスターは小さく頷く。
会議室き入った2人。ミモザはセントフォールの監視役に置いて来た辺り、レスターは割と独占欲が強いようだ。
「此方では何をされる予定なのですか?」
「今は約束がありますから、とりあえずウェールズに行きます。直ぐに彼に逢えれば、腰を落ち着ける為にまた何処かに家を構えるつもりです」
「今回はもう少し大きな屋敷にした方が良さそうですね」
レスターは予定を立てる為に、軽くメモを取りつつ要望をリーンに聞く。
陽射しが傾いてきた頃に2人は甲板に戻ってきた。
涙目のセントフォールはリーンを見つけるや否やミモザに押さえつけられたまま近寄ってきた。どうやら飢えた船員達に詰め寄られていたようだ。残して行ったことには少々申し訳なく思うが、可愛らしい彼も罪深いと思う。
「もう!私は神に支えているのです!私を汚す事はリーンハルト様の逆鱗に触れますよ!」
「…ハハハ!神?この…え?神様?」
「そうです!見れば変わるでしょう!碧眼に白に近い銀髪!そしてこの美しさ!神様!本物の!分かるでしょ!ね!リーンハルト様!」
「「「「「…」」」」」
「「「「「…」」」」」
一同押しだまる。
「船長は分かっていたようですよ?持ち場に戻られては如何ですか」
しっとりと語るリーンだが、その美しさは時に畏怖にもなる。
笑顔も時には背筋を凍らせる事もある。
それを痛感した船員達はコクコクッと大きく頷きながら早々に持ち場へ戻って行った。
「助かりました!リーンハルト様!いえ、今はアポロレイドール様ですね!私が美しいばかりに…私は罪深い男です…」
キラキラ輝かせてリーンを見つめる瞳は嘘偽り、ましてやジョークなどを言っている気はないようだ。
薄々そうなのでは?と言うのに言えなかった事がある。少し前にリヒトの部屋で見た絵本の登場人物に容姿がそっくりだと言う事を。ただ、少女は赤眼、女性は金眼。若干の違いから確信を持てなかった。
そしてダーナロ王国に行き、まさかの碧眼の男性。確信に近づいた事、リヒト達の対応、レスターの反応。もしかしたら…と心の中で思っていた。
「リーン様…」
レスターは不安そうな顔で覗いてくる。レスター達からしたら、リーンはお忍びで遊びに来ている、と言うような認識で隠しているから何も言わないのだと気付かないフリをしていた。
と言うのも同じように金眼の人もいるし、碧眼の人もいる、勿論赤眼、緑眼の人もいる。ただ銀髪の人は居ない。リーンの銀髪は白にも見えるし、灰色や白は少ないが実在するので誰もが神だと気付いている訳ではない。
実際には珍しいのでそのような容姿で産まれると神様の色としてとても大事にされるのだ。
「あれ…?隠してたのですか?それならカツラとか被らないと!それにヴェルスダルムでは、神がこの地に降り立った時に【錬金王】が啓示を受けられたので周知の事実ですよ?」
当然のようにいうセントフォールに頭を抱えていたのはリーン以外だけだった。
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