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第四章
兎の畑
しおりを挟む「リーンさん、とおっしゃいましたか?私に一体何の御用で?」
街で一番大きな屋敷。
と言っても六畳ほどの空間が三つあるくらいのこじんまりとした家だ。
更に残念な事に茅葺の屋根は風でミシミシと音を立てているし、隙間風も相当酷く、何処からともなく砂煙が室内にも飛んでくる。
島国だからか、沿岸からそれなりに距離があっても風は鋭く尖っている。それを少しでも和らげようと街を囲うように防風林が設置されていて、背が高過ぎる木のせいで海側は昼でも割と薄暗い。
有難いのは此処一体は年中暖かく、凍えることはないと言うことだ。
「少し交渉を、と思いまして」
「交渉…?ですか。うちは他の島と比べても飛びきり貧しい島なんですよ。他の島を回られた方がいいと思いますがね」
「商品を売り付けようとしているわけではありません。兎族の栽培の腕を見込んで共同経営と言う奴です」
「きょう、ど?」
「一緒に商売しませんか?と言うお誘いです」
兎族の長は長い髭を撫でて、困ったように目尻を下げる。心優しい一族である彼らはどんなに危なそうな話でも丸め込まれ、最後には頷いてしまう。
「…いや、その。うちはそう言うのを受けてきて失敗してこの状況なのですよ。もう、これ以上村の者達に迷惑をかける訳には…」
「そうですか。矯正するつもりでないのです。お話しを聞いてくださりありがとうござ…」
ーーーコンコンッ
「今、来客中なのですよ!」
「そ、それが…お客人から貰った棚を植えたら、隣の畑まですくすくと大きく育ってて…」
「…お客人。どう言うことかな?」
「私は広い畑も、人材も持っていません。しかしながら、部下にとても素晴らしい種を作る者がいまして、折角の種なのに持て余すのもどうかと思いご相談させて貰ったのです」
村長は重い腰を上げて、外の様子を見に行く。素晴らしい種とは?隣の畑まですくすく育つとは?
そんな疑問にリーンの返事では足りなかった。
「なんじゃこりゃ…!」
「本当になんじゃこりゃです!」
「凄いですね」
呼びに来た兎族の男性の背丈よりも少し上辺りまで伸びた何かの茎。
目が見えない村長も光は感じることができるようで、いつもなら影なんてない場所が何処もかしこも日陰になってしまっているのだから大変驚いていた。
真ん中の畑は先程リーンが持ってきた種を植えたばかりの畑で、その周囲の畑全てで食物の急成長現象が起きている。
ただ、説明を求めようにも種を持ってきた本人も驚いているのだから、彼らからはため息しか出ない。
「これは一体何の種なのですか、」
「これは魔法の種です」
「魔法の…ですか。それで此処まで大きく?」
村長の二倍にはなるだろう背丈に思わず見上げていた視線をリーンに向けて疑いの色を見せる。
「種自体はツキノミチクサと言う貴重な薬草の物です。売れば一輪銀貨5枚は下らない物です。ただ他の野菜については私も予想外でして」
「村長、ただ大きくなってたなら困るですが、喜ばしい事に標準くらいの大きさに成長して、取れる量も増えているんです。寧ろ有難いと言いますか…」
「ふむ…リーンさん。先程のお話はまだ有効でしょうか?」
「えぇ、勿論。お話しを詰めましょうか」
「宜しくお願い頼みます」
先程よりも更に丁寧な態度に、エイフリアはとても満足そうに彼の後ろをついて歩く。いつも澄まし顔の彼女だが、今は何処となく子供っぽい嬉しそうな表情だった。
屋敷に戻ってくると、村長が今度はお茶まで用意してくれた。
「あの薬草の種はおいくらでお売り頂けるのでしょう」
「種は麻袋一個で銀貨1枚で如何でしょう」
「そんなお安くてよろしんで?」
薬草を栽培出来るなんてこと自体珍しい。それにツキノミチクサだ。上級ポーション作りには勿論のこと、そのまま使っても傷を癒したり、軽い毒気なら抜くことも出来る大変貴重な薬草。
栽培に成功し、あることが出来れば一攫千金も夢ではない。
そして何より、あの痩せ細った畑が蘇り、通常よりも多くの収穫が見込めるようになる魔法の種。
それが手の平サイズとは言え、袋いっぱいに詰められて銀貨1枚。一番安い野菜の種で麻袋一個で銀貨2枚なのだ。とても信じられる訳がない。
疑いの視線を向ける村長にリーンはニッコリと笑ってみせる。
「…の代わりに、売り上げの1/3を頂きたい」
「…なるほど。それは薬草の売り上げと思って宜しいですかな?」
「えぇ。それで結構です」
彼は目が見えていないのでそんな事をしても無駄なようにも思うが、決してそんなことはない。
彼は目が見えないが故に出来ることがあるのだ。
ただこれだけ聞いても自分たちにしか利がない。野菜は今までより二回りぐらいは大きく、収穫量も数倍はある。その上で、薬草の収入2/3が入ってくるとなるとどんどん怪しさが増していく。
「…これでも変わらぬか」
相変わらず笑顔のままのリーンを見ることもなく、村長は困ったように頭をかいた。
「変わらないとは…?彼は何を仰っているのです?」
「彼は人を色で見ているのです」
「色で…あの、そもそも神様って人なのでしょうか?」
「「…」」
それは是非とも知っておきたい事実だ、と村長へ笑顔のまま視線を向ける。
それはそれは引き攣った顔を返されているが、今はそんなことはお構いなしだ。
「…一応、色は見えているが…ぼやけていてね。感情がない、と言うか…薄いと言うか…」
「なるほど。…では、これなら如何でしょう」
ゆっくりと身体の力を抜くリーン。
ロイドの時も『サトリ』の効果が効かなかったように、多分リーン自身が意識的に心を開かないと相手には何も見えないようだ。
「…確かに、先程よりは何かモヤモヤしたものが見えます」
「そうですか」
「でも、やっぱり何色なのかはわからないですね」
少し残念そうに笑うリーンにエイフリアも残念そうにガクッと肩を下ろす。
エイフリアがリーンと旅を共にすることになり、それはそれはやる気に満ち溢れていた。
でも結果はただついて回っているだけでなんの役にも立っていない。初めにお願いされたきり、お願いされることも、指示されることもない。
だから、コロンの家に着いた時、是非私にやらせてください、と仲介役を買って出たのにも関わらず、結果、迷惑行為と変わらなかった。
しかし、リーンが何を考えているのか全く分からない。笑顔だが、表情はいつも変わらず、怒られることもなければ、驚くところも見たことがない。
やっとリーンの感情に触れられるのか、と少し期待したのだが、やはり神相手に魔法なんてものが簡単に効くわけもないのだと悟ったのだ。
とりあえず彼女のキャラが崩壊しつつあるのは気にしないことにしたリーンは口を開いた。
「それで契約は如何しますか?」
リーンの声と共に慌ててエイフリアが差し出した契約鍮を見て、安心したように村長は頷く。
「この条件…は?」
「もし、また安く買い叩かれそうになったらこれを見せてくれて構いません。そもそもこの島国では野菜を作っている場所は少ない。小さくても野菜は大変貴重なのですよ」
「そ、そうだったのですか…」
簡単に契約を済ませてもう一度畑の様子を見て回る。
野菜などは育ち過ぎていたりするのも良くないし、大きければいいと言うものでもない。
何故ならそれが味を水っぽくさせたり、大味になって旨味が感じられなくなったり、と品質の面で劣ってしまうからだ。
かと言って売れないわけではないが、職人である彼らの仕事に水をさしてしまったのなら申し訳ないと思ったのだ。
「どうですか?売れそうですか?」
「えぇ。寧ろ今までのは栄養が足りず、標準の大きさまで育たないものが多くて、安く買い叩かれていたのです。こっちの問題なので文句も言えず…。これだけのものなら十分味も大きさも最高品質だと言えます。だから、村の者達は皆、本当にあなたには感謝しているのですよ」
「それは何よりです」
品質には問題はなさそうだし、感謝されているのならそれなりの距離感は築けたように思う。
「お姉さんありがとう!」
「いいえ、貴方もお手伝いをしているのですか?」
「うん!これね、私のお家の畑で取れたの!いつもより大きくて、とっても甘くなったんだよ!」
少女の後ろの方でぺこり、とお辞儀をしているのがきっと彼女の両親だろう。
真っ赤に熟れた野菜を受け取る。
少女からの期待の眼差しにリーンは一口齧り付く。
「とっても美味しいです」
「でしょ!パパもママも毎日頑張ってるからこんなに美味しいんだよ!」
「そうですね」
微笑ましい限りの堂々とした態度にご両親が慌てたように彼女を連れて行く。
「いい街ですね」
「そう言って貰えると頑張ってきた甲斐がありました」
「一ヶ月後、私はこの村外れに住んでいるコロンという者に会いにまた此処を訪れます。良い報告が聞けることを願っております」
「いやはや、もう行かれてしまうのですか…?」
「少し用事がありまして。またお会いしましょう」
「…はい、また。歓迎の品を用意してお待ちしております」
ニッコリと笑ったリーンはパチン、と言う音と共に姿を消した。
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