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「頷くかと思ったのに」
「勿体ないわよぉ、あんなカッコイイ人」
「マイラもエマさんも他人事だと思って!!!」
閉店後、店の二階の休憩室で着替えながらそんな風に言われたミラは半泣きで二人を振り返る。
「でも顔はミラの好みじゃない?」
「……それは……まぁ………」
「『勇者』だから強いのは確定だし、今回の調査もすぐに終わったから、きっととっても優秀な人よ」
「まぁ、そうなんでしょうけど………」
「「何が不満なの?」」
「太腿しか見てないところに決まってるでしょう!!?会って秒でプロポーズって何!話だってしてないのよ!?」
「でも顔は良いし強いし優しそうだし」
「そうね、何かすごく甘やかして貰えそうな感じだったしね」
「それにきっと王都にだって行けるわよ」
「だったらエマさんかマイラが嫁げば良いじゃない!」
「ミラの太腿くれるならねー」
マイラのその一言に、ミラはがくりと項垂れた。
今やすっかり"ぽっちゃり系のミラ"で通っているけれど、そんなミラだって昔からぽっちゃりだったワケではない。
16の時に漁に出たまま帰らぬ人となった父親以外に身内のいなかったミラは、父の親友でもあったマスターの好意でこの店で働かせて貰っている。
そのマスターの更なる好意で三食全て店のボリューム満点な賄いを食べ続けていたせいで、マイラと同じくスラリとしていたはずのミラは少しばかり横に育ってしまった。
そんなぽっちゃりし始めたミラを良いと言ってくれて、恋人にまでなった人だっている。
だけどその人は、ミラよりももっとぽっちゃりした人を選んだ。
良いなと思って勇気を振り絞って告白してみたけれど「もっとシュッとしてる子が好き」と言われて振られた事だってある。
つまり、人の好みなんてものは人それぞれ、千差万別で、
だからミラみたいなぽっちゃりを好んでくれる人がいる、という事は、ミラも分かっている。
「友達として仲良くなって、それから「実は」って言われるなら、まぁ良いと思うのよ」
「もうお話もしたんだし、友達扱いで良いんじゃない?」
「あんなの話したうちに入らないよね!?そもそも『勇者』って時点で無理!!!」
結局あの後、ミラに手を振り払われたエルラントは少しばかり傷ついた表情を見せたところをエマに席へと案内されて、
そしてミラはマイラに引きずられてこの休憩室に連れてこられた。
ベンチタイムである。
ミラはその場で呆然と立ち尽くしていたようで、マイラが呼びに戻って来た時にはエルラントは食事を終えて店を出ていた。
だから二人の会話──会話と呼べるレベルだったのかは甚だ疑問ではあるけれど──は、今のところあの突風みたいなほんの数分が全てだ。
「まぁもしまた勇者様がうちの店に来たら、その時は落ち着いて話だけでもしてみたら?」
「落ち着いて話させてくれるならねっ」
何だかまともな会話が出来る気がしない、と呟いたミラに、エマとマイラは同意も否定もせず、ただ微笑んだ。
☆゚+.☆゚+.☆゚+.☆゚+.☆゚+.
「ミラ、昨日はすまなかった……いきなりあんな事を言うべきではなかったと、あの後反省したんだ」
この日もたまたまミラが案内に出るタイミングで来店したエルラントは、ミラに会うなり謝罪をして来た。
「……いらっしゃいませ、勇者様。昨日の件に関してはすっぱりさっぱり忘れますのでお気になさらず」
「エルと」
「お席にご案内いたします、勇者様」
ミラはしょぼんとした雰囲気を漂わせているエルラントには全力で気付かないふりをして、店の一番奥のテーブル席にエルラントを案内しようとした。
けれどそれにエルラントが待ったをかけた。
「俺は一人だし、カウンター席で構わないよ」
「……でも」
「これから混む時間だろう?一人でテーブルを埋めてしまうのは申し訳ないからね」
正直店としてはその申し出は有難い。
けれどミラ個人としては、この男をカウンター席に案内したくはなかった。
今空いているカウンター席は一番端の、厨房とフロアを出入りするミラ達が真横を通る席だからだ。
「う……で、では、カウンター席に、ご案内します……っ」
けれどこれからの混雑を考えると、フロア係としてはやはりその選択をせざるを得なくて、ミラは渋々とエルラントをカウンター席に案内した。
案の定ずっとエルラントからの視線をしっかりがっつり感じながら働くハメになって、何だか精神をゴリゴリと削られてぐったりとしていたミラは、エルラントが会計を済ませて店を出る時に何やら柔らかい包みを手渡された。
「昨日のお詫びに。きっとよく似合うと思う」
「似合う………?」
にっこりと微笑んで店を後にしたエルラントのその笑みに嫌な予感を覚えたミラは、開けてみようよ!と言うマイラを振り切って帰宅後に一人で恐る恐るその包みを開いてみた。
そうして中から出来たそれを見たミラは、咄嗟に包みごとテーブルから叩き落とすと声の限りに叫んだ。
「へっ………へんたいっ!!!」
☆゚+.☆゚+.☆゚+.☆゚+.☆゚+.
「お返ししますっ」
こんなの困ります、と顔を真っ赤にして包みを差し出したミラに、エルラントは首を傾げる。
「気に入らなかった?」
「気に入る気に入らないの話ではなくてですねっっ!!!」
「あ、勇者様いらっしゃいませー。今日もカウンター席にしますか?」
「うん、よろしく」
ミラの後ろから声をかけて来たマイラに頷いて、エルラントはさっさとカウンターへと向かう。
「いや、あのっ……これ……!!」
「俺が持ってても仕方ないし、お詫びだし」
「お詫びならもっと普通の物をお願いします!!!」
マイラとエルラントを追いかけながら何とか包みを返そうとしているミラに、マイラはエルラントを見上げる。
「勇者様、一体ミラに何あげたんですか?」
ミラったらちっとも教えてくれなくて、と言うマイラに、エルラントはにっこりと爽やかな笑みを見せる。
「ガーターベルトを」
「………え?」
「きっとミラに似合うだろうなっていうのを見つけてね」
ミラに出逢ったあの日にこの先の店で勧められて、と楽しそうに説明しているエルラントの声は、ミラの悲鳴に掻き消された。
「やだ、もうやだ、あの人ホント意味わかんない」
うっうっうっと店の二階の休憩室のテーブルに突っ伏しているミラの背を、マイラが爆笑しながらバンバンと叩く。
「いやぁ、すごいわ。アクセサリーならまだしも、しっ……下着っ……」
ぶふっとまた吹き出して笑っているマイラに、ミラはもーー!!と叫んで身体を起こすと、テーブルをバンバンと叩く。
「笑いごとじゃないったら!!」
「でもこれ可愛いじゃない。しかもきっと高いわよ、総レースだし」
「きゃーーーっ!?」
結局返す事に失敗した包みから、勝手に中のブツを取り出してぴらりと広げてみせたマイラに、ミラは顔を真っ赤にしてまたテーブルに突っ伏す。
「まぁ、勇者様はムッチリ太腿が好きらしい、ってあの日のうちに町中に広まったもんねぇ。早速売りつける辺り、パウラさんさすがだわ」
エルラントがこのガーターベルトを購入したと言っていた店の女店主の顔を思い浮かべながら、マイラはうんうんと頷く。
「パウラさんに裏切られたっ………!」
ガーターベルトだけでなくブラまでセットになっているそれは、恐らくはミラのサイズぴったりだろう。
なぜなら、ミラはいつだって下着の類はパウラの店で買っているからサイズを全て把握されているのだ。
「まー折角だから貰っておいたら?自分じゃ絶対買わないし、買えないでしょ、こんなの」
「他人事だと思ってぇぇぇ……」
呻いているミラに他人事だもんと軽く流して、マイラはじゃあフロアに戻るねーと楽しそうに階段を下りて行った。
エルラントに返す事に失敗した、けれど高いと言われては捨てるのも勿体ない気がしてしまった貧乏性のミラは、結局その日その"お詫びの品"を渋々家に持って帰って、そしてチェストの一番奥にそっとしまった。
「勿体ないわよぉ、あんなカッコイイ人」
「マイラもエマさんも他人事だと思って!!!」
閉店後、店の二階の休憩室で着替えながらそんな風に言われたミラは半泣きで二人を振り返る。
「でも顔はミラの好みじゃない?」
「……それは……まぁ………」
「『勇者』だから強いのは確定だし、今回の調査もすぐに終わったから、きっととっても優秀な人よ」
「まぁ、そうなんでしょうけど………」
「「何が不満なの?」」
「太腿しか見てないところに決まってるでしょう!!?会って秒でプロポーズって何!話だってしてないのよ!?」
「でも顔は良いし強いし優しそうだし」
「そうね、何かすごく甘やかして貰えそうな感じだったしね」
「それにきっと王都にだって行けるわよ」
「だったらエマさんかマイラが嫁げば良いじゃない!」
「ミラの太腿くれるならねー」
マイラのその一言に、ミラはがくりと項垂れた。
今やすっかり"ぽっちゃり系のミラ"で通っているけれど、そんなミラだって昔からぽっちゃりだったワケではない。
16の時に漁に出たまま帰らぬ人となった父親以外に身内のいなかったミラは、父の親友でもあったマスターの好意でこの店で働かせて貰っている。
そのマスターの更なる好意で三食全て店のボリューム満点な賄いを食べ続けていたせいで、マイラと同じくスラリとしていたはずのミラは少しばかり横に育ってしまった。
そんなぽっちゃりし始めたミラを良いと言ってくれて、恋人にまでなった人だっている。
だけどその人は、ミラよりももっとぽっちゃりした人を選んだ。
良いなと思って勇気を振り絞って告白してみたけれど「もっとシュッとしてる子が好き」と言われて振られた事だってある。
つまり、人の好みなんてものは人それぞれ、千差万別で、
だからミラみたいなぽっちゃりを好んでくれる人がいる、という事は、ミラも分かっている。
「友達として仲良くなって、それから「実は」って言われるなら、まぁ良いと思うのよ」
「もうお話もしたんだし、友達扱いで良いんじゃない?」
「あんなの話したうちに入らないよね!?そもそも『勇者』って時点で無理!!!」
結局あの後、ミラに手を振り払われたエルラントは少しばかり傷ついた表情を見せたところをエマに席へと案内されて、
そしてミラはマイラに引きずられてこの休憩室に連れてこられた。
ベンチタイムである。
ミラはその場で呆然と立ち尽くしていたようで、マイラが呼びに戻って来た時にはエルラントは食事を終えて店を出ていた。
だから二人の会話──会話と呼べるレベルだったのかは甚だ疑問ではあるけれど──は、今のところあの突風みたいなほんの数分が全てだ。
「まぁもしまた勇者様がうちの店に来たら、その時は落ち着いて話だけでもしてみたら?」
「落ち着いて話させてくれるならねっ」
何だかまともな会話が出来る気がしない、と呟いたミラに、エマとマイラは同意も否定もせず、ただ微笑んだ。
☆゚+.☆゚+.☆゚+.☆゚+.☆゚+.
「ミラ、昨日はすまなかった……いきなりあんな事を言うべきではなかったと、あの後反省したんだ」
この日もたまたまミラが案内に出るタイミングで来店したエルラントは、ミラに会うなり謝罪をして来た。
「……いらっしゃいませ、勇者様。昨日の件に関してはすっぱりさっぱり忘れますのでお気になさらず」
「エルと」
「お席にご案内いたします、勇者様」
ミラはしょぼんとした雰囲気を漂わせているエルラントには全力で気付かないふりをして、店の一番奥のテーブル席にエルラントを案内しようとした。
けれどそれにエルラントが待ったをかけた。
「俺は一人だし、カウンター席で構わないよ」
「……でも」
「これから混む時間だろう?一人でテーブルを埋めてしまうのは申し訳ないからね」
正直店としてはその申し出は有難い。
けれどミラ個人としては、この男をカウンター席に案内したくはなかった。
今空いているカウンター席は一番端の、厨房とフロアを出入りするミラ達が真横を通る席だからだ。
「う……で、では、カウンター席に、ご案内します……っ」
けれどこれからの混雑を考えると、フロア係としてはやはりその選択をせざるを得なくて、ミラは渋々とエルラントをカウンター席に案内した。
案の定ずっとエルラントからの視線をしっかりがっつり感じながら働くハメになって、何だか精神をゴリゴリと削られてぐったりとしていたミラは、エルラントが会計を済ませて店を出る時に何やら柔らかい包みを手渡された。
「昨日のお詫びに。きっとよく似合うと思う」
「似合う………?」
にっこりと微笑んで店を後にしたエルラントのその笑みに嫌な予感を覚えたミラは、開けてみようよ!と言うマイラを振り切って帰宅後に一人で恐る恐るその包みを開いてみた。
そうして中から出来たそれを見たミラは、咄嗟に包みごとテーブルから叩き落とすと声の限りに叫んだ。
「へっ………へんたいっ!!!」
☆゚+.☆゚+.☆゚+.☆゚+.☆゚+.
「お返ししますっ」
こんなの困ります、と顔を真っ赤にして包みを差し出したミラに、エルラントは首を傾げる。
「気に入らなかった?」
「気に入る気に入らないの話ではなくてですねっっ!!!」
「あ、勇者様いらっしゃいませー。今日もカウンター席にしますか?」
「うん、よろしく」
ミラの後ろから声をかけて来たマイラに頷いて、エルラントはさっさとカウンターへと向かう。
「いや、あのっ……これ……!!」
「俺が持ってても仕方ないし、お詫びだし」
「お詫びならもっと普通の物をお願いします!!!」
マイラとエルラントを追いかけながら何とか包みを返そうとしているミラに、マイラはエルラントを見上げる。
「勇者様、一体ミラに何あげたんですか?」
ミラったらちっとも教えてくれなくて、と言うマイラに、エルラントはにっこりと爽やかな笑みを見せる。
「ガーターベルトを」
「………え?」
「きっとミラに似合うだろうなっていうのを見つけてね」
ミラに出逢ったあの日にこの先の店で勧められて、と楽しそうに説明しているエルラントの声は、ミラの悲鳴に掻き消された。
「やだ、もうやだ、あの人ホント意味わかんない」
うっうっうっと店の二階の休憩室のテーブルに突っ伏しているミラの背を、マイラが爆笑しながらバンバンと叩く。
「いやぁ、すごいわ。アクセサリーならまだしも、しっ……下着っ……」
ぶふっとまた吹き出して笑っているマイラに、ミラはもーー!!と叫んで身体を起こすと、テーブルをバンバンと叩く。
「笑いごとじゃないったら!!」
「でもこれ可愛いじゃない。しかもきっと高いわよ、総レースだし」
「きゃーーーっ!?」
結局返す事に失敗した包みから、勝手に中のブツを取り出してぴらりと広げてみせたマイラに、ミラは顔を真っ赤にしてまたテーブルに突っ伏す。
「まぁ、勇者様はムッチリ太腿が好きらしい、ってあの日のうちに町中に広まったもんねぇ。早速売りつける辺り、パウラさんさすがだわ」
エルラントがこのガーターベルトを購入したと言っていた店の女店主の顔を思い浮かべながら、マイラはうんうんと頷く。
「パウラさんに裏切られたっ………!」
ガーターベルトだけでなくブラまでセットになっているそれは、恐らくはミラのサイズぴったりだろう。
なぜなら、ミラはいつだって下着の類はパウラの店で買っているからサイズを全て把握されているのだ。
「まー折角だから貰っておいたら?自分じゃ絶対買わないし、買えないでしょ、こんなの」
「他人事だと思ってぇぇぇ……」
呻いているミラに他人事だもんと軽く流して、マイラはじゃあフロアに戻るねーと楽しそうに階段を下りて行った。
エルラントに返す事に失敗した、けれど高いと言われては捨てるのも勿体ない気がしてしまった貧乏性のミラは、結局その日その"お詫びの品"を渋々家に持って帰って、そしてチェストの一番奥にそっとしまった。
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