その勇者、変態につき。

桜月みやこ

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03.

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そして翌日──
昼の混雑のピークを過ぎた頃にやってきたエルラントから再び何やら柔らかい包みを差し出されたところで、話は冒頭へと戻る。

「困ります、頂けませんっ」
「ミラに似合うと思って買ったんだ。受け取ってくれるだけで良いから」

ね?とエルラントに柔らかく微笑まれて、ミラはブンブンと首を振った。

「こっ……恋人でも何でもない方から、こんなものは頂けませんっ!」
「俺は、ミラ。君が欲しいんだ、一人の男として」

するりと手を握られて、もう片方の手で頬を撫でられて、真っ赤になって固まったミラの耳には周りの男たちから飛んだ野次など入っていなかった。

「ミラ──俺の運命。何度だって言うよ。どうか、俺の妻になって欲しい」
「そっ……そういう……色々すっ飛ばされる感じがですね……っ」

もごもごとそんな事を言ったミラに、エルラントは僅かに首を傾げて、それならとミラの指先にそっと口付けた。

「店が終わった後にでも、デートしようか」


それを聞いたマスターによってミラはこの日、夕方に店から追い出された。
曰く、「頷くでも断るでも、とっとと決着つけて来やがれ。毎日毎日腑抜けられてちゃこっちも迷惑だ」だそうだ。

「お待たせ、しました……」

ミラの普段着は足をしっかり隠すロング丈のスカートだったせいかエルラントは少し残念そうな顔をしたけれど、すぐに笑顔を見せるとミラに向かって手を差し出した。
たっぷり5拍程悩んでからおずおずと重ねられたミラの手をしっかりと握って、エルラントはゆっくり歩き出す。

「少し早いけど、夕飯食べちゃおうか?」

オススメの店とかある?と言われて、ミラはすぐにオシャレなカフェを上げた。
普段男性客ばかりの騒がしい店で働いているから、たまに他の店に行く時は落ち着いた雰囲気の店を選んでしまうのだ。

けれどすっかり町中の噂になってしまっているミラとエルラントが揃って来店したものだから、当然のように店内では好奇の視線に晒されてしまって、落ち着くはずの店内も、美味しいはずの食事も、ミラはちっとも楽しむことが出来なかった。

そんなミラに気を遣ったのか、エルラントはカフェを出た後に焼き菓子が評判の、ミラもお気に入りの店に寄るとお土産を買ってくれた。
だけどそこでもやっぱり視線が気になって、ミラはそそくさと店を後にするハメになった。

「少し歩こうか」
「……はい」

菓子店を出たところでそう言われて、確かに店に入ったりするよりはブラブラと歩いている方がまだマシかもしれないと思って頷くと、エルラントは今度は手を繋ぐことはせずにミラの歩調に合わせて歩き始める。


どうやらエルラントは海の方へと向かっているようだった。
結局今までまともに会話が出来なかったから、ミラはエルラントに聞きたかった事をこのブラブラ時間で聞いてみようと、口を開く。

「あの……勇者様は」

その呼び掛けにちらりと、少し拗ねたような視線を向けられて、ミラは一度口を噤んで、言い直す。

「エル様は、いつまでここにいるんですか?」
「様も要らないんだけど……。早く出て行って欲しい?」
「い、いえ、そういう意味ではなくてっ……その、魔獣が増えた原因は分かったんですよね?だったら、そろそろ帰らなくちゃいけないんじゃないのかなって……」

冒険者は自身の気の向くままに旅をする事が出来るけれど、『勇者』の称号を与えられた人たちは国からの要請で動いている事がほとんどらしい、と聞いた事のあったミラは、次のお仕事とか決まってるんじゃないんですか?とエルラントを見上げる。

「今回この辺りに魔獣が増えた原因は、あの山に強い魔獣が棲み付いていたからなんだ」

町からも程近い、それほど高くはない山を指さしたエルラントに、ミラはあんなところに?と驚く。

「強い者の側には庇護を求めて、あるいはその気配を隠れ蓑にしようと弱い者が集まる。それでこの辺りにも色々集まって来てたみたいでね」
「でも、もうその魔獣は倒して下さったんですよね……?」
「うん。これが内陸だったらそれで終わるんだけど……ここは海が近いから」
「?」

きょとんと首を傾げたミラの様子に小さく笑みを浮かべて、エルラントは視線を海へ移す。

「海の魔獣も引き寄せられてるかもしれないからね。海で被害は出ていないと聞いているけど、海の奴らの気配は探りにくいから、もう暫くは様子を見ておこうかと思って」
「海、の……」

怯えた様子を見せたミラの手を、エルラントがゆるりと握る。
ミラはその大きな手に安心感を覚えてしまって、だけど町の皆に見られたらまた……と慌てて周辺に視線を向けたところで、いつの間にか賑やかな通りを抜けていた事に気付いた。
こういう気遣いが出来るなら何であんな変なプレゼントを選んだりするんだろう……と、ミラはぼんやりと握られている手を見つめる。

「船に乗せて貰ったりして周辺の様子は見てるから。大丈夫だよ」

当分は町に魔獣が出るような事にはならないと言ってくれたエルラントの手から、ミラはするりと自身の手を引き抜いた。
そしてぴたりと足を止めてしまったミラに、エルラントが心配そうに呼びかける。

「ごめん、怯えさせるつもりは……」
「『勇者』は、こんな風に国のあちこちへ、行くんですよね」
「うん、呼び出されればね」
「危ない事ばっかり、ですよね」
「うーん……まぁ、絶対安全というわけではないかな」

「──私の父は漁師だったんです」

ミラはぽつんとそう言うとエルラントの横を通り過ぎて、そして前方に見えている砂浜へと足を進める。

「少し大雑把なところがあって時々ドジで、だけどいつも笑ってて優しくて。私の事大好きって。世界一可愛い娘だって──母は私が小さい頃に流行り病で死んじゃったから、父は母の分も目一杯私の事可愛がって、暑苦しいくらいに愛してくれてました」

港から外れた砂浜には、暗くなり始めた今はもう人はいなくて、二人分の砂を踏む音が小さく響く。

「あの日はすごく良い天気で、海も荒れてなんてなくて……なのに、いつまで経っても、父は帰ってこなかったんです」

砂浜の一角に建てられている碑の前で足を止めたミラの後ろで、エルラントも足を止めた。

「皆が何日も、何回も、探してくれました。でも船の残骸すらも見つからなくて……きっと、海で魔獣に遭ってしまったんだろうって、言われました。だけどある日ひょっこり帰って来るんじゃないかって思って、お墓なんて作れなくて……。1年経った時に、ここに名前を刻んで貰いました」

もう暗くて読むことは出来ないけれど、ミラが指でなぞっているその場所に父親の名が刻まれているのだろう。

「大切な人が突然いなくなってしまうのはもう嫌だから……だから私、決めてるんです。好きになるのは、マスターみたいに『お疲れ』『お帰り』って迎える人にしようって。漁師や警備や商人や──冒険者や。そういう、町の外に出る人を好きになるのはやめようって」
「ミラ……」

ミラはエルラントに向き直ると、ぺこんと頭を下げる。

「だから、ごめんなさい。私、『勇者様』とはお付き合いも、結婚も、出来ません」

そのまま頭を下げてエルラントの反応を待っていたミラの耳に、溜息と共に「分かった」という呟きが届いたから、ミラはほっとして顔を上げる。
けれど次の瞬間、ミラはエルラントに腰を抱き寄せられて、ひぇっ!?と悲鳴を上げた。

「なら俺は勇者を辞めよう。そしてミラとこの町で何か店を──何の店にするかはこれから考えないといけないけど、まぁミラと二人なら……いや、子供の一人二人出来ても数年は暮らせるくらいの蓄えはあるから、二人でゆっくり考えよう」
「………え?え?あ、あの、勇者ってそんなにすぐに辞められないのでは……」
「まぁ、多少揉めるかもしれないけど、ミラの為だ。何とでもするよ」
「い、いやいやいや!そもそも私達、お互いの事何にも知りませんしっ!!」
「何にも、ではないよ。ミラの太腿が素晴らしい事も、声が可愛い事も、くるくる変わる表情が愛らしい事も、知ってる──好きだよ、ミラ」

ちょんっと、唇に触れるだけのキスをされて、ミラは悲鳴すら上げられずに固まってしまった。
ミラが腕の中で大人しくなったのを良い事に、エルラントはもう一度、今度はゆっくりしっかりと、ミラの唇を塞いだ──。


その後何度もキスを繰り返されて、ミラはすっかりと足の力が抜けてへにゃへにゃとその場にへたり込んでしまった。
エルラントはごめんと、ちっともごめんなんて思っていなさそうな様子でミラを抱き上げると、教えてもいないのに真っすぐにミラの家へ向かった。

「な、何で家を………」
「毎日帰りが遅いだろう?夜道を一人で歩かせるのは心配だからね」

悪びれもなくそう言われて、ミラはひぃっと今日何度目になるのか分からない悲鳴を上げた。

「つ、つけてたんですかっ!?」
「そんな人聞きの悪い。護衛をしていたんだよ」
「つけてたんですねっ!?」
「護衛だって」

逃げ出したいのにまだふわふわしてしまっているし、身動ぎすらも出来ないくらいしっかりと抱えられているから、だからミラはその温かい腕の中で「へんたい……」と呟くことしか出来なかった。

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