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いつか離れる日がくると知っていたのに~βに恋したΩの話~
ずっと一緒にいられたら、と幼い夢を見た
しおりを挟む鋭い雨が、ぬかるんだ地面に突き刺さる。
鼓膜を乱暴に叩く雨音が、俺の嗚咽を隠してくれた。
「貴志、愛してる」
車道から外れた暗い林の中。
濡れ鼠二匹が冷たい体温を分かち合っていた。
「本当の、本当に……誰よりも、愛していたよ」
離れていく唇を追うことも出来ず、俺はその場に頽(くずお)れる。
優しすぎるほどに優しい掌が、俺の頭をそっと撫でた。
「幸せを、祈っているから」
これが最後のキスだと、信じた。
***
アルファの父と、オメガの母から生まれた俺の性は、アルファである確率とオメガである確率が、半々だった。
けれど生まれたときから、きっと俺はオメガだったのだろう。
第ニ次性徴を迎えるずっと前から、俺は幼馴染の修一のことが欲しくて欲しくて仕方なかった。
子供にありがちな『仲良し』への独占欲なんて生半可なものではなく、それは明らかな欲望だった。
物心つく前から発揮された執着心は年々激しさを増していき、それを押し隠すために自制心と理性もめきめきと鍛えられた。
修一に嫌われたくなかったから、俺は己の獣じみた願望を、死に物狂いで腹の底に押し込んでいた。
けれどヒートのたびに思い描くのは、己のフェロモンに酔った修一に、強引に奪われるという妄想だ。
夢の中の修一は俺を情熱的に求め、快楽の絶頂で俺の項に歯を立てる。
首の皮膚からたらりと鮮血が垂れて、ぎりりと食い込む八重歯が甘美な媚薬を注ぎ込む。
そして俺たちは更なる悦楽の底に沈むのだ。
我ながらおぞましい夢物語だ。
ヒートの熱の中で、薄汚い望みを抱き、生真面目で優しい幼馴染を頭の中で汚してしまうたびに、俺は絶望した。
そして俺は己の醜さを、全てオメガという性のせいにして、運命を呪っていた。
修一は、ベータだから。
結ばれることは、あり得てはならなかったから。
それなのに、優しくて、友達想いな修一は、高校一年の時から俺のヒートに付き合ってくれている。
獣欲に支配されるオメガの性を嫌った俺が、ヒートをいつも一人で蹲り、汗と涙と精液でベタベタになりながら、絶望感とともにやり過ごしていた事を知ったからだ。
泣きながら助けを求めた俺の手を取る事を、迷う修一ではなかった。
発情期のたび、俺は修一に手を伸ばした。
ぐずぐずに溶けた俺を拒むことなく受け入れてくれる優しい腕に安堵し、そして同時に、俺のヒートに誘発されて欲情した修一の熱い体温に満足する。
そして官能の吐息を吐きながら、底の見えない欲情のまま、俺は修一を貪るのだ。
修一は本当に、馬鹿な男だ。
アルファであっても体力がなければ根をあげるというオメガの無尽蔵な性欲に、ただのベータが弱音一つ上げずに、五年も付き合っているのだから。
何度解放してやろうとしても、修一は笑って首を振る。
「今の俺には、お前が一番大事だから。お前が嫌じゃなければ側に居させてくれよ」
翳りのない笑顔で、眩しそうに目を細めて俺を見つめる。
まるでとても綺麗なものでも見るように
「どうせそのうち、離れなきゃいけないんだ」
オメガである俺は、そのうちアルファと番うのだと、信じ切ったように。
今だけは一緒にいようと、澄み切った目で俺をまっすぐに見つめる。
俺はその、ひどく無邪気で残酷な優しさに甘え続けた。
柔らかな心臓の裏側で、血を流しながら。
「修一は、彼女とか欲しくないの?」
「へ?カノジョ?」
大学からの帰り道。
突然の俺の問いかけに、素っ頓狂な声を上げた修一は、盛んに瞬きを繰り返している。
「いや、え?どうしたんだよ、急に」
俺の発言の理由がわからないのだろう。
俺を見下ろした修一は、困ったような顔で首を傾げていた。
「いや、だってさ。ベータは、男と女が付き合うのが『普通』じゃん?」
アルファとオメガが番うことが『普通』であるように、ベータは男女で番うことが『普通』だ。
そして、二十歳になった修一は、ベータの女の子達にとてもモテる。
無駄に整った容姿のせいで幼い頃から絡まれやすかった俺を守るため、小学生の頃から鍛え上げられた体はアルファ顔負けで、絶世の美貌とは言わないけれど顔立ちも端正に整っている。
優しく真面目な性格がよく現れた立ち居振る舞いと、裏表なく爽やかな言動。
おまけに優秀だとくれば、女の子達から人気が出ない訳がなかった。
「うーん、カノジョ、彼女ねぇ。まぁ、当分いいかな」
「どうして?」
答えはわかり切っているくせに、俺は意地悪くも尋ねた。
「だって、貴志といる時間減っちゃうだろ。それは嫌かなぁ」
当然のように返ってくる言葉は、もう何百回と聞いた台詞だ。
修一はいつもそう言った。
今の修一にとっては、俺が一番大事なのだ、と。
「学生時代くらい、お前と居たいよ」
「……そっか」
一気に噴き上がるような喜びと、じわじわと染み込んでくる絶望。
相反する感情を胸の中で馴染ませて、俺はクスリと笑った。
「ずっと、一緒に居られたらいいのにな」
不可能だと分かっている願いを呟く。
そよ風に紛れるほど、小さな声で。
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