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閑話.「ウィンダム・マカダム。第二王子。そして王位から遠き者」

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閑話になります。ウィンダム王子目線の話です。






何年前だったか……まだ俺が5年の頃だから2年前になるのか、公務に忙しくめったに顔を合わすことの無い家族や親族が全員集まったことがあった。


名目は父の即位30周年を祝う私的プライベートな集いであったように覚えている。


両親と、兄夫婦、海外留学中の姉、そして叔父や叔母。従兄弟達。総勢40人はいただろうか。
ちょうどリンゴの花が咲き始めたとても暖かな日で、王宮の最奥にある王族専用棟の中庭でも寒さを感じなかった。
 

「皆、今日は集まってくれてありがとう。私がこれまでこの職務を果たせて来れたのも、皆の尽力があってこそだ。感謝する」


父は親戚の前にたち、今日の集いの礼と今までの苦労をねぎらった。


父グレアム4世はもうすぐ初老の坂に指しかかろうとする年だ。
自分と同じ赤毛は半分近くが白髪になり顔の皺が目立ってきたものの、気力体力ともに充実し、先代に引き続き名君と呼ばれている。


生きてるのに名君ってよばれるとか。
父上も大変だよな。


つれづれ思う。


「この場を借りて内々にだが発表しようと思う。王太子妃に子が出来た。年末には生まれる予定だ。次々代の王になりデイアラを支えてくれるだろう」
 

父は誇らしげに宣言すると、兄夫妻は親戚中から祝福を受けた。



絶望という感情があるのなら、この時ほど感じたことは無い。


デイアラでは自分が生まれる2年前に、王位継承に関する制度が法により改定された。


これまでは男子のみが継承権を持ち長男が次代の王位に付くのが因習であった。
それが性別関係無く長子が継承する制度に変更されたのだ。


自分ウィンダム・マカダムは今上の次男ながらこの時点で王位継承順位は3位。


長子であり長男の兄、そして姉、自分……だったのが、一回り年上の兄に子が生まれるとなるとさらに自分の継承順位は下る。
兄は若い。
子ももっと生まれるだろう。


自分の価値は落ちる一方だ。



――穀潰し。


というやつか。


リーランド公爵という爵位タイトルを持ってはいるが、治めるべく領地もなく担うべき役もない。


――自分は如何生きるべきか。


答えが出せないまま俺は女遊びに逃げた。


王子という立場は遊ぶには都合がよかった。
女は声をかければすぐに年齢問わず例え処女でも股を開いた。
女の肌は柔らかく優しかった。

その肌に触れている間だけは、全てを忘れられたのだ。


何人目かの女と関係を持ち順当に終わらせた頃、姉からある少年の話を聞いた。
 

「少し前の学会で面白い子と会ったのよ」 


彼はまだデイアラの中等学校の生徒でありながら、厳しい審査のある学会の研究会への参加を許されたのだという。


しかもグレンロセス王立学園の生徒で、自分よりも年下であるらしい。
貴族階級の人間だが特待生を許されさらに国から奨学金を得るほどの才覚の持ち主であると。
 

「なかなかのハンサムだったわよ? ウィンも同じ学校でしょう? 学年は違っても会った事があるんじゃないかしら」

 
姉は思い出しながら笑った。


学園へ帰って友であるイビス・アイビンとライオネル・ヴァーノンにその話をすると、すぐに答えが出た。


「それはテオフィルス・ソーンのことでしょう。モーベン地方のソーン男爵の嫡子です」


恐ろしいことに僕の幼馴染です、とイビスは言った。
黒髪・黒瞳の怜悧な男で人望もあるという。


そんな完璧な人間いてたまるか!


嫉妬が心の底にうずくのを感じた。


「殿下、ほらあそこを歩いているのがソーンです」

ライオネルが窓の外を眺めながら指差した。
 

両手いっぱいに書類を抱えて、職員棟に向け歩く黒髪の少年がいた。
表情は硬く、黒い瞳はまっすぐ前を向いている。


天才《あいつ》には輝かしい未来が用意されているのか!
王の子である自分には何も無いというのに。


一度認識してしまうとおかしなもので、今まで目に付かなかったのに度々姿を見かけるようになった。


大抵は難しい顔をして足早で歩いているが、時に同伴者が居るときもあった。
同伴者に対しては無表情は一変し、それはもう紳士のお手本ではないかという表情で対応していた。


演技をしている姿はさらに自分をイラつかせた。


あいつは機械か何かなのか。


何回目かの遭遇の時、ソーンは1人の女子生徒と並んで歩いていた。

淡い茶色の癖の無い髪の少女は何かしらをソーンに話しかけ、ソーンも少女に答えると朗らかに微笑みかけた。

明らかに他者との対応が違っている。
少女と話しているときはソーンの表情も年相応に豊かで楽しそうだった。


仏頂面のソーンが相好を崩す相手は一体誰なのだ。


心に残ったまま時はたち自分はグレンロセス王立学園での最終学年を迎えた。


12月に入り文化祭が一週間後に迫ったある日、その少女の正体を知った。


文化祭準備が落ち着き休憩ではいったカフェでの事だ。
イビスの開くスマホの中に、その少女の写真があった。


ドレスアップし化粧も施されているが、ソーンが微笑み返していたあの少女だ。


「は? エマ?」


イビスは声を漏らした。


あぁ、常に自分と居る友イビス・アイビン、この美丈夫には妹がいたはずだ。
二つ年下とか言っていたか。
そうか、エマというのか。



――エマ・アイビン。


なかなかの美形だった、ソーンが特別扱いする少女。
ソーンが囲い込んでいるらしいが、奪ってやったらどうなるだろう。
 

完璧な人間はどう崩落していくのか。


試してみたい。


ソーンが崩れ落ちたときには、自分の底でくすぶる嫉妬、自分の苦しみも消え失せるはずだ。
その時こそ自分を包む焦燥から開放されるだろう。
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