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第一章

02.『核』と『核』

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混乱する頭を落ち着けるために息を深く吸い込む。
今はもう起きてしまったことに気を割いている時間はなかった。
早急にこの事態をどうにかしなければならないからだ。この小さい体で今の育っている状態の異能を持ったままでは体が壊れてしまう。

僕の今の異能の段階は3段階目、3段階目でここまでしんどいのだから、ランゲツだったら転生直後に頭破裂しているんじゃないかな。

あの人に無理やり異能を開花させられた時もそうだった。
この嫌な感じ、体と脳を拒絶する感覚は忘れようにも忘れられない。
あの時はまだ本当に初期段階だったから何とか適応できただけだ。でも今は違う、ともかく「気」を練らないと…

「…」

駄目だ。まったく反応がない、この体新品みたいに空っぽだ。吟遊詩人がいた空間でも息を吸うように「気」や能力を使えたのに全然できない。
全部が最初からになるなんて思ってもいなかった。
まさか『核』を作るところから始めないといけないなんて。これ間に合うかな、ともかくやらなくちゃ。

いつもやってたことだ、剣仙をあきらめた後もずっと続けていた修行法。毎日当たり前のように繰り返していた、大丈夫出来るはずだ。

僕は震える体を押さえつけながら、まず右の小指に意識を集中させる。
まずは感覚でいい、体の流れを感じるように、深く深く。
それを今度は段々と薬指・中指へと広げる想像力…ランゲツ曰く『イメージ』を作っていく。
脳は覚えているから子供の頃よりは早く感覚がつかめてきた。
手のひらに体内の流れのようなものを想像が出来てきたら、今度は腕全体に気を流すイメージに切り替えていく。
血液が流れるよりも早く、何度も体に循環されるイメージ、うん、出来てる。

ほんのりと右手が温かくなる感覚かある、このイメージを保ち続けながら体全体に広げていくことが重要だ。

腕全体に行き渡せられたら、次は左の小指からまた同じことを繰り返す。
右手・左手・右足・左足…とても順調に進んでいる、20年以上続けていた成果は出ているみたいだ。

本来は右手・体・左手・体…と体を基盤に流していくのが良いらしいのだが、ランゲツ曰く「『欠損』した場合に不具合が出ない為」という彼の持論から僕も同じ方法で気の巡りを行っている。
確かに体を軸にして全体的に管理するよりも、個々に管理する方が何かあった時の喪失感は少ないよね。因みに頭と体は一緒の部類に考えている。頭は脳から一番近い場所だから操作しやすいし、何よりこれが『欠損』したら即死以外はないと思うからだ。

「はぁ…」

う、苦しい、息をする事すら辛くなってきた。口の中が鉄やら胃液やらの味で気持ちが悪い。ひたすら吐き過ぎて気持ちが悪い。
あの死に際の別れの時よりもきつい、このまっさらな体は本当に脆弱で、今後はこれを育てていかないといけないのだ。
まずは生きたい、集中、集中しろ僕。

次は胴体と頭、体に今度は気を流すイメージを。
心臓を中心に考えてゆっくりと、体全体に気を巡らせるイメージで拡げていき満たしていく。
次は個々に整えた右手・左手・右足・左足の順に体に繋げていく。
バラバラだったものが一つになっていく。今僕は自分の身体を意識的に認識している。
ここから一気に全ての箇所に「気」を順々に巡らせていく。体・手・足全てがうまく流れていった。体全体が温かい、体の冷えはなくなり震えが止まった。頭の割れるような痛みも大分軽減した。
涙も止まり、かわりに強烈な眠気が襲ってくる。今はまだ駄目だ『核』が作れていない。

ここまでくれば後は『核』を作るだけだ。体の中心部分に全て気を集めて『核』と呼ばれる『気の管理部分』を作ればいい。
僕は胸の辺りに気を集め、小さな円形状のものをイメージし、気を練りあげて創っていく。金色に輝くそれが僕の『核』。とりあえずこれでいい、今は小さい『核』だけれどゆっくり時間をかけて増やせばいい。
これをいつもの場所に…ん?

いざその作業に入ろうとした時だった。これまた思いもよらない事態が起きたのだ。
核を置く場所はいわゆる丹田と呼ばれる場所だ。ここが一番安定するからだ。


「えっ…」


なぜ『核』を置かなければならない場所に既に『核』が存在しているのだろう。
存在に気が付いたのは「気」が体中に十分に満ちたからだ。当たり前に存在していたから気がつかなかった。
僕の中に何か『別の核』が存在している。


「…」


これ何?すごく強い、感じたことのない『核』がある。
もしかしてこの世界の人間が生まれながらにして持っているものなのかな。
とても強くて大きい、僕の生前持っていた指二関節分ほどの金色の『核』に対して、こちらはどこまでも無色に近い色の拳大の『核』だ。
なんの『核』かはわからない、この大きさのものは生前でも自分は持ちえなかった、とても強そう、でも…


「邪、魔…」


今の自分に必要なのは、求めているのはあのちっぽけな金色の『核』だ。
あの『核』じゃなければ「気」は使えない、異能が使えなければ『剣仙』にはなれない。
これがあるなら僕がなりたいものにはなれない。


「…っ、…」


頭の中で必死にイメージをする。どかす、避ける…ううん、『壊す』だ。
どんな力であろうと要らない、僕はあの世界で育てた弱くてちっぽけな力が良いんだ。
『核』を壊したことなど一度もない、そんなこと考えたこともない。
恐らくはやってはいけない、でも僕にはこれが不要だ。


「…っ」


『核』が二つ存在した事なんて一度もないし、『核』を壊すなんて事をしたことすらない、全然想像がつかない。

異能を使うにはそれに耐え得るだけの『気』を体に巡らせる、これは体を守るための大切な機能。
異能を展開・創造・育成するためには元になるものが『精神力』と『想像力』になる。これは頭により行われる機能だ。
その為僕は普段から他の人よりかは少しばかり『想像力』は豊かなほうだと思っている。ほんの少しばかりだけれど。

なのに全く想像が出来ないことを、現状今すぐに行わなければならない。すごいよ試練ばかりが襲い掛かってくる。しかも失敗すれば死に直結だ。


「… … …」


『核』同士をぶつけてみるのばどうだろう、いっそ削っていって一気に壊せないかな?浮かんだのはこれだった。

元ある『核』に僕は自分の『核』をぶつけながら削り取る。
うん、少しずつだけれど、削れている。
嬉しい反面、もうそろそろ体が限界だ。
削れると分かれば話は早い、僕は自分の『核』を高速回転させて無色の『核』を削り取っていく。
『核』はそもそも「気」なのだから体内で循環させるのは可能だ、ましてやまだ定着をさせていないのだから動かす事は自由自在だ。

早く 早く 早く

焦る気持ちを抑えながら無色の『核』をひたすらに削る、段々と、かなり小さくなってきた。


「っつ…!」


まずい、もう意識が落ちそうだ。僕は咄嗟に目の前にある自分の手のひらの親指の付け根部分を思い切り嚙んだ。
口に広がるのは新しい鉄の味、もう少し、もう少しだから。


「っれて…」


削り取れるだけ取りとったのだが、小指の爪ほどの「芯」のような部分が出てきてそれ以降は全く削れなくなってしまったのだ。
もう無理やり『核』同士をぶつけている、なかなか「芯」の部分が壊れない。


「…って…」


何度も何度も何度も何度も何度も、僕は無色の『核』に金色の『核』をぶつけ続ける。
『核』の置けない、定着されない状態で気を失えば全身に巡らせた『気』が一気に消滅する。
つまり『核』が置けなければ僕は死ぬ、次に死ねば流石にもう『転生』のようなチャンスが訪れることはないだろう。

もう、目の前が暗い、曖昧になってきた。

焦りや焦燥、迫りくる恐怖に段々と精神状態まで追い詰められていって、止まったと思った涙がまたあふれ出した。
子供の身体のせいなのか、全く感情のコントロールができない。
嫌だ、まだ死にたくない、こんな所にまで来たのに、まだ何もしていないのに一人で死にたくなんてない。



「  壊   れ   て   !!!!! 」



腹の底から声が出たんだと思う、ちょっと分からない、もうこれ無意識だ。

パキリと無色の『核』が壊れたのは声と同時だった気がする、僕は急いで自分の『核』を置き、定着されるように願いながら意識をゆっくり手放していく。

全身俯せた状態、床には足跡が響く、凄い勢いで目の前の木で出来た扉が開き、誰かが僕に向かって近づいてくる。
もう指一本動かせない。何かされてもどうにもならない。どうか殺されませんように、それだけ祈った。

何か叫んでいるけれどそろそろ認識することすら難しい。今日はこんなことばっかりじゃないかなと、そんな事を思って思わず笑ってしまった。


ここから以降の記憶はもうない






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